第七十九話 「新たな幕開け」
年が明け、新たな一年が始まった。
と言っても、この世界ではあまり年越しを盛大に祝うことは無い。
せいぜい、過ぎた去年に多少の想いを馳せるくらいだ。
なので学校も特に休みなど無く通常通り授業が行われる。
「――こうして、旧歴千年に起こった人魔大戦は以後十年間に渡りその戦火を燃やし続けた。
互いに損耗し、それ以上の無益な犠牲を拒んだ両陣営は旧歴千十年、つまりは人魔歴元年に和平を結んだ」
教壇の上で歴史学の教師がつらつらとテキストを読み上げる。
日本史や世界史、地理なんかはてんで興味が無かった俺だが、この世界の歴史は別だ。
異世界の歴史や地理なんてのは、要はゲームや漫画の設定資料みたいなものだ。
これらの知識を修得することに何の抵抗も忌避も無い。
なのだが、こうして教師が読み上げる内容は既にロディアスにいた頃に学んだ内容だ。
今のところは拍子抜け、年度内で受講可能なカリキュラムは用無しかもしれないな。
「お兄ちゃ〜ん!」
授業を終えて廊下に出ると、タイミングよくルコンが向こうから駆け寄ってくる。
「ルコンちゃん……マジ天使……」
「一回で良いからあのモフモフに埋もれてぇ……」
「兄、ユルスマジ」
周囲からキモ――物騒な声が聞こえるが無視だ。
万が一コイツらがうちの可愛い妹に何かしようものなら、その時は理性を忘れて暴れるのも辞さないだろう。
「早くお昼食べに行きましょう! 食堂でネリセちゃんが席を取ってくれてます!」
「はいはい、転ぶなよ」
つい数週前の龍災が嘘の様に、俺達は日常を取り戻した。
多少の犠牲に市街の損壊はあったものの、時間の力は残酷なまでに偉大だと改めて実感せざるを得ない。
パルヴァスには白龍の事などを聞きたかったが、翌日には早々に帰国してしまった。
レイノーサは城での会議に出席したらしいので詳しく話を聞こうとしたが、こちらは守秘義務によって口外を禁じられているらしい。
結局のところ、王都を襲った規格外の力を持つ謎の白龍を筆頭とした龍種襲来の真相は謎のまま、という訳だ。
「あ、お兄さんお疲れ様です」
「やあライル君、ルコンちゃん」
「お疲れネリセちゃん。ポーフス君も」
食堂ではすでにネリセとポーフスが席を確保してくれていた。
王都龍災の際には避難していた二人も、怪我等も無くなによりだ。
「そういえばライル君達は春季休暇はどうするの?」
「へ? 春季休暇?」
「あ、お兄さん達は知らないんでしたね。一月の中旬から三月いっぱいまでは休校になるんです。
人によっては寮に残って街で働いたり、家が近い人は実家に戻ったりするんですよ」
大学での春休みみたいなもんか……にしても、二ヶ月近い休みか。
社会人だった頃は一週間以上のまとまった休みなんて取れたことは無かった。
この世界に来てからは仕事こそしてないものの、常に使命というか、やるべき事はあったのであまり休んだ気も無い。
かといって長期休みか……何をすれば良いんだ?
この世界には当然ゲームや漫画は無いし、娯楽の類は限られている。
食事に運動、チェスみたいなテーブルゲーム等や狩りに乗馬、男なら娼館なんかも。
正直、どれもそそられないんだよなぁ……
「ネリセちゃんとポーフス君はどうするの?」
「私は家が市街にあるので、そっちに戻って両親の仕事を手伝います」
「僕も家の仕事を手伝うよ。将来は親の後を継いで料理人になりたいから、今のうちに経験を積んでおかなきゃ」
「そっか、ポーフス君は偉いなぁ」
同じく半魔であるポーフスの両親は、二年前から王都に移り小さな食堂を営んでいるらしい。
ポーフスはそんな両親に憧れ、自分もその道に進むと決めている。
同族として彼の事は尊敬できるし、何か目標に向かって努力する事は応援している。
反面、今の俺には特段やりたいことが無い。
今の俺がしたい事ってなんだ? 俺の目標はなんなんだ……?
「お兄ちゃん、ルコン達はどうします?」
「え? あ、あぁ……そうだな……」
思わず言葉に詰まる。
別に難しく考える必要は無いはずだ。
ただ――
「えぇい! 寄るなッ! どけ!」
少し離れた所から怒声が聞こえる。
見ると、周囲より頭一つ大きいレオドロンが多数の生徒から囲まれており、それを鬱陶しそうに払い除けている。
「相変わらず人気者だな、レオ」
「やかましい。手のひら返しもいいところだ、鬱陶しい……」
レオドロンは龍災時にその身を挺した事により、以降周囲からの心象が激変。
近寄り難く尊大な傍若無人から、勇者へと様変わりである。
口や態度では辟易としているものの、王たる器量を示すという意味では結果オーライ、むしろ劇的ビフォーアフター大成功だろう。
「なぁ、レオは休暇は何するんだ?」
「俺様は獣和国へ帰省する。半年は戻らんつもりだ」
「半年って……休み終わってんじゃん!」
「長期休学の申請は既に済ませてある。俺様はやるべき事がある」
「やるべき事って……」
遠くを見るような目で虚空を見つめるレオドロン。
龍災以降、レオドロンはどこかナーバスいうかなんというか、考え事をしている時間が増えた気がする。
何かしら物理的な、あるいは精神的な事があったのだろうが、話を聞こうにも濁されて終わってしまう。
しかし、本人が『やるべき事』があると言っているのならば俺に止める道理も無い。
むしろ、それで解決するならば友人として喜んで送り出すべきだろう。
「まあそっか。んじゃ、少しの間はお別れだな。
男子三日会わざればなんとやらって言うしな」
「なんだそれは?」
あ、しまった。慣用句を言っても伝わるわけ無かった。
「あーえっと、ロデナスの方の言葉だよ!
男なら三日あればめちゃくちゃ成長出来るだろ? みたいなさ!」
「んん? ルコンも初めて聞きました」
「ルコンはほら! 女の子だから!」
現代社会であれば怒られそうな発言だが、今だけは許してくれ!
「三日もあれば、か……フッ……ハッハッハ! そうだ、そうだな!」
「え? 急に怖。なに?」
「うるさいわ! 貴様が言い出したのだろう! ともかく、次に俺様と会う時を楽しみにしていろ」
何がなんだかわからないが、今のレオドロンは憑き物が落ちた様にスッキリとした表情だ。
「お兄ちゃん! だからルコン達は――」
おっといけない、そうだった。
他人はともかく俺達の予定が決まって無い。
そうだな、難しく考えるのは辞めて一度原点回帰してみるか。
この世界に来た時の俺の大目的。
生前からの夢。
そう――――異世界ファンタジーを楽しむこと。
でも結局のところ、『異世界ファンタジーを楽しむ』って何をすればいいんだろうか?
こうしてこの世界に生きて、魔術も使えて様々な死闘も乗り越え、学校にも通っている。
これは十分に目標を達成出来ているのではないだろうか?
うーーーーん……さて……
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「それで? やること無いから三人で依頼にでも行こうですって?」
「まあ、そんなとこかな。アハハ……」
「よろしくお願いします、リメリアさん!」
結局、休みを迎えた俺とルコンは以前に交わした約束もあったので、リメリアと共にギルドの依頼をこなす事にした。
なんだかんだ、異世界と言えば冒険だよね……?
「そりゃ、私は構わないけど。三人なら安定して危険度の高い依頼もこなせる訳だし」
「三人なら楽勝です! やったりましょう!」
「いや、あんまり危ないのは……」
嬉々として掲示板と睨み合う二人に若干引きながら、あまり危なそうじゃないものを勧めてみる。
「失礼するぞ、ライル・ガースレイにリメリア・テオール、ルコンの三人で間違い無いかな?」
突然背後から野太い声で呼びかけられる。
振り返るとそこには、白髪混じりの短い黒髪に、見える範囲だけでも傷だらけの肉体。
威風堂々とした風格の初老の男性が立っていた。
「えっと、貴方は?」
「ルギオン・バーゼン、ギルド長と言えば伝わるだろうか?」
ルギオン!? ギルド長として名高い、あのルギオンか!
ギルドが抱えるSランク冒険者達、彼らにも引けを取らない強さを持つとされる男性だ。
なるほど、見ただけでわかる……噂通りの実力者だ。
「いきなりですまないが、依頼を探しているなら俺から頼みたい依頼があるんだ。引き受けてくれないか?」
「ちなみに、なんで僕達なんですか?」
「そうね、怪しいんじゃなくて?」
「ごもっともだな。先日の龍災時における赤龍討伐への尽力を加味して、俺から直接任せたいと思ったんだ。もちろん、報酬は弾むし更にサービスもしてやるさ」
「サービス?」
「ルコンにリメリア・テオール、両者の冒険者ランクを試験抜きでAランクに上げよう。そしてライル・ガースレイ、君をSランクに迎えよう」
「なっ、アリなんですか!?」
「もちろん特別措置だ。将来有望な若い芽に水を与えるのは当然だろう?」
条件としては破格だが、それだけ危険が伴う内容ということだろう。
どうする? 二人を危険な目に合わせたくないし、俺だって命を懸けてまでの依頼は御免なのだが……
「やるわよ! 試験無しでの昇級に報酬、合理的じゃない!」
「私もやりたいです!」
そうよね、そう言うのよね……
しょうがない、腹括るか。
「分かりました、やらせて下さい」
「うむ! いい返事だ! では付いて来たまえ、別室で説明しよう」
こうして、俺とルコンとリメリアの三人による新たな冒険が幕を開けるのだった。
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