第七十六話 「四位一体」
「……よし、治ったわね。どう? 動きに支障は無い?」
リメリアからの治療を受けて全快した肉体を確かめるように、軽くその場で身をひねり拳を握る。
「……あぁ、バッチリだ。凄いな、中級治癒魔術も使えるのか」
「コレくらいは当然よ。まぁ、あんまり得意では無いけど……」
「十分過ぎるさ。ありがとう、リメリア」
「別にいいわよ。それで? これからどうする気? 魔術の通りも悪い、アンタの打撃も決定打にはならない。打つ手は有るの?」
「…………有る。鱗を除去して、肉体に直接攻撃をぶち込む」
策と呼ぶにはあまりに粗末な、原始的な手段。
だが、今の俺にはそれ以外の手段は思い浮かばなかった。
しかし、この方法が有効な事は事実。
三年前の赤龍戦でも、グウェスが鱗を剥がし剥き出しになった肉体に魔術と打撃を叩き込んだ事が決定打となった。
実現しなかったが、当時持ち込んだ『巨獣殺し』の原理も同様だ。
「随分と雑な策ね……それ、誰が鱗を剥がすの?」
「俺が行く。ってか、俺しか無理だろうな」
「じゃあトドメは?」
「それは……」
トドメの一撃となる必殺の火力。
魔術は通りづらいため、直接的な、質量によるゴリ押しが必要になる。
俺の打撃も限界がある。
だが、さらに研ぎ澄まされた一点集中の一撃なら。
つまり――魔弾なら。
「瞬間的な火力なら、ルコンだ。五本での一点集約魔弾なら、間違い無く龍の身体も射抜ける筈だ」
「…………分かったわ。なら、私はそれまで龍を足止めしてあげる。
――必ず成功させなさいよ。アンタ達ッ!! 戻って来なさい!」
リメリアが前に出て前線の二人を呼び戻す。
すぐに戻って来る二人だが、同時に龍の注意もこちらへと引きつけてしまう。
「ライルは作戦を共有しなさい! 共有後は即行動ッ! いいわね!?」
「あぁ!」
「なら任せなさい! 姉弟子の力――見せてあげるわ! 吹雪!」
猛烈な冷気が龍を襲い、足元から徐々に凍りつかせていく。
凄い……! 俺が使った時とは桁が違う!
っと、見惚れている場合では無い。
「ルコン、五窮閃火だ」
「へ? あれを使うんですか?」
「あぁ。それも、一点集中だ。イズリさんとの決闘の時みたいなバラ撃ちじゃなくてな」
「ライル・ガースレイ、貴様! 姫に無茶を――」
「良いんです。むしろ、嬉しいです。やっと、やっと頼ってくれたんです! ルコンの力を、ルコンの事を信じて、任せてくれるんです……!」
「出来るか?」
「やってやりますっ!!」
「よし。突破口はリメリアと俺が開く。イズリさんは引き続き龍の注意を引きつけて下さい」
「姫が是とするならば……姫の為だ、やってやろう」
「えぇ、それで構いません。それじゃあルコン、頼んだぞ」
「はいっ!」
信じて任せる。
たったそれだけの事なのに、随分と長い間、決心がつかなかった。
だけど今は――――
「地割れ!」
リメリアが新たな魔術を唱え、さらに龍の動きを鈍らせる。
右前脚が地面の亀裂に飲まれ、その場に釘付けになっている。
「ちょっと! まだ終わらないの!? いい加減私一人で片付けても良いのよ!?」
「さて、お待ちかねだ。頼むぞ、ルコン」
「任せて下さい! ぶち抜いてやりますっ!」
ルコンが五本を発現するのを合図に、俺とイズリはリメリアの前へと出る。
「ありがとうリメリア! 後は援護を!」
「ようやくね……やってやろうじゃない! 風撃矢ッ!」
豪風の矢が俺達の間を突き抜け、赤龍の胸元へと突き刺さる。
少し鱗が欠けた程度、しかし今はそれで十分。
「俺が潜ります! イズリさん!」
「分かっている! 四尾――」
四尾状態のイズリが赤龍の顔へと駆け上がり、鼻先に立つ。
「姫への花道――いざ開かん!」
手足と尾を使った猛烈な連撃が赤龍を襲う。
顔の直下にいる俺にまで振動が伝わる。
負けてられない。
妹の道を開くのは兄の役目だろう!
目前の鱗に手をかけ、力の限り引き剥がす。
「ぬうううぅぅぅぅぁぁああアァァァァッ!!」
繊維が千切れるような音を立てながら鱗が乖離する。
それと同時に、逆鱗に触れたかの如く赤龍が暴れ出し、翼をはためかせその場から離れようとする。
マズイ! ルコンはッ!? ッ、まだ溜まり切ってない――
「逃がす訳無いでしょ!! 氷牙!」
翼を噛み砕く様に、上下から出現した氷柱が突き刺さる。
これはナーロ村で俺を助けてくれた時の……
「ハハっ……ホントに、先生の教え子だな……ルコーーーーンッ!!」
「姫ッ!」
「やってやりなさい!」
呼びかけが重なる。
後は託すと、それぞれが己の役割を果たしバトンを繋ぐ。
「五窮閃火――いきますッ!!」
五本の尾が束ね上げた魔力塊は矢の様に成形され、ミサイルの如き勢いで突き抜ける。
地を抉り、空気を裂き、着弾と同時に龍の肉をかき分け臓腑を散らす。
衝撃は一直線に肉体を貫き、魔弾は宙で霧散する。
以前のような再起など到底不可能な、完璧な終わりを告げる一撃。
龍の目から命の輝きが失せ、首は力なく垂れ落ちる。
――――勝った。
「はっ! ルコン!」
「姫!」
イズリも同時にルコンの元へと駆け出す。
失念していた。
全身全霊の魔弾、魔力切れは必至だ。
ふらふらと足元がおぼつかないルコンをリメリアが支え、ゆっくりとその場に座らせる。
「えへへ……やり、ました……」
「えぇ、本当に大したもんよ」
「ルコン! よくやったな……」
「姫! お疲れ様でした。今はどうか、安静に……」
「ふぁ……ねむ、い……です……」
瞼が落ちて安らかな寝息をたてるルコン。
その愛らしい寝顔を見守りながら、残った三人で勝利の余韻へと浸る。
この日俺は、俺達は、二度目の龍伐を成し遂げた。
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