第七十五話 「VS龍種」
眼前の赤龍は低く唸りこちらを見下ろしている。
推定一五メートル弱、龍気も無い。
恐らく三年前の赤龍よりも幼い個体。
大丈夫、恐怖は無い。
俺は、俺にやれる事をするだけだ。
離れた所で轟音が響く。
他所でも戦闘が始まったのだろう。
「ライルッ!」
リメリアが後方の屋根上から叫ぶ。
龍の前足が振り上げられ、横に薙がれる。
躱すのは容易い、これならば――
「ッ!?」
視界の隅、丁度俺の真横の物陰に逃げ遅れた子供がいるのに気付けた。
避けるわけにはいかない!
「暴狂魔! ッ、グウゥぅぅ!!」
重いッ! 横合いに押し込まれそうになるが、耐えなければ子供ごと潰されてしまう。
「ッ……行け! 走れ!!」
「ひっ……! あ、ありがとう!」
「氷柱!」
隙を潰す様にリメリアが魔術を唱えると、赤龍の真下から氷柱が立つ。
首を狙って生えた氷柱は、肉を貫くこと無く砕けてしまう。
「硬い……!」
「リメリア、魔力は温存しておけ! ブレスを最大警戒しろ! 炎が見えたらすぐに水性魔術を用意!」
「分かったわ!」
三年前、ナーロ村での赤龍には俺の魔術は届いた。
そして、今のリメリアの一撃は少なくとも現在の俺の魔術出力より高い。
種は同じでも龍によって魔術への耐性に個体差がある……?
いや、考える暇は無い! 今はとにかく動いて、周囲の避難を完了させるのが先決だ。
「リメリア! 俺が抑えている間に周囲の避難を!」
「任せていいのね!?」
「あぁ! 行ってくれ!」
「了解、すぐ戻るから!」
リメリアが行ったのを確認し、すぐさま龍の懐に潜り込む。
まずは一撃!
「怒り狂う鉄槌ッ!!」
下腹部にアッパーの要領で拳を叩き込む。
衝撃が走り、龍が僅かにえずく。
効いている! 俺の打撃は部位によっては有効だ!
このまま――
「なっ、しまったッ!」
龍の体が浮かび、徐々に地上との距離が離れる。
まずい、このまま移動されては避難民達への被害が拡大してしまう。
なんとしても阻止しなくては――
「風撃矢!」
「岩砲弾!」
龍の左右より魔術が飛来する。
ダメージこそ無いものの、のしかかる質量は確実に飛翔を妨げる。
「坊主、援護するぞ!」
「魔術士は翼を狙えーー!」
「アタッカーは脚だ! 細切れにしてやれッ!」
「ウオォォッ!!」
他の冒険者達か!
よし、これなら数で押し込める!
決定打に事欠いても、時間と手数で確実に削り切る!
そんな考えは甘かったと、すぐに思い知る。
「ブレスが来るぞ! 魔術士!」
「防壁ッ! 全員壁の後ろへ!」
「ばッ!? ダメだ! 逃げろッ!!」
警告虚しく、ブレスが俺達を襲う。
防壁など何の意味も成さず。
数秒と持たずガラス細工の様に崩れ去り、後ろに隠れていた冒険者達を黒炭へと変えていく。
「あグァぁぁぁッ!? ッウゥぅぅ!」
皮膚が焼かれ、全身に火傷が広がる。
痛みに叫びそうになるが、今口を開ける訳にはいかない。
力を振り絞り、なんとかブレスの射線上より退避する。
危なかった! 暴狂魔鎧に瞬時に切り替えて出力を上げなければ、俺までああなっていた。
「あ――そんな……」
「ッ、ぼさっとするな! 次にブレスの予兆が来たら出だしを潰すんだ! 間に合わなければ水性魔術だ!」
俺が甘かった。
数で押し切れる? 他の冒険者が来たからもう大丈夫? 俺は馬鹿か! あの三年前、今まで、いったい何を見てきた!?
これはフィクションでも、全て上手くいくファンタジーでもない。
正真正銘、生きるか死ぬかの現実だぞ!?
「くっ、ハァッハァッ……」
ダメだ、一度鎧を解かなければ、負担が大きすぎる。
「坊主ッ! 避けろーー!!」
「あ――――」
一瞬の油断、疲労とダメージによる意識の隙間。
たったそれだけで、俺は迫りくる龍の前足に気づく事が出来なかった。
既に鎧は解いてしまい、ブレスのダメージでボロボロだ。
これ、死ぬやつか……?
「広耀紅葉ッ!!」
薄紅色の巨大な紅葉が、俺と龍との間に広がる。
眼前で龍の足とぶつかり、勢いを殺す。
「お兄ちゃんっ! 大丈夫ですか!?」
「ルコン!?」
「待たせたわね! 避難が完了する時に、丁度ルコンと鉢合わせたのよ」
「そうか……助かったよルコン。ありがとう」
「もう大丈夫ですからね! 心強い助っ人もいます!」
「助っ人……?」
オウム返しで呟く俺の横を、ルコン同様薄紅色の尾を持つ狐族が駆け抜ける。
「ライル・ガースレイ、時間は稼いでやる。とっとと傷を治せ」
「イズリさん!」
「イズリお……さんともさっき会ったんです。付いてきて力を貸してくれるって……」
「今はとにかくライルの傷を治すわ。ほら、見せて」
「ルコンも時間を稼いできます!」
「待て! ルコン!」
「お兄ちゃん、ルコンはもう――」
「気をつけて」
「――はい!」
「それと、五本は止めておけ。動いて注意を引くだけなら三本でいけるはずだ」
「分かりました! 行ってきます!」
もう可愛いだけの妹じゃない。
ルコンは立派な、頼れる仲間であり家族だと、再認識させられた。
龍に向かい駆ける小さな背中が、こんなにも頼もしく感じる日が来るとは。
「何よ、頼りになるじゃない……」
「あぁ……本当にな……」
――――
「ウルアァァァァッ!!」
「フンッ!」
拳と剣が、碧龍の首筋を捉える。
しかし、依然として決定打には足りず。
それに加え碧龍が足を振るい、翼を羽ばたかせる度に飛来する毒鱗により状況はジリ貧に近いものであった。
(俺様の拳も、イダチの剣も通らぬ……これでは……)
「ふむ……足りぬとなれば致し方無い……獅子よ、時間を稼げるか?」
「策が有るのか?」
「しばし集中したい。十秒だ」
(こいつはスタリオルの腹心、信用ならん。だが、こうして俺様と並んで戦う理由も無い……ならば)
「よかろう。その程度、いくらでも稼いでやるわ」
「では、預けたぞ」
「フン……行くぞッ!!」
レオドロンが駆け、碧龍を翻弄する。
元より粗暴な一面が目立つ彼だが、持って生まれた抜群の戦闘IQと身体能力は、冷静に運用することさえ出来れば正に一級品である。
(十……九……八……)
着実に攻撃を躱し、時間を作る。
逃げに徹すれば十秒を稼ぐ事自体は難しくはなかった。
しかし。
(これでいいのか……? 俺様は、俺様はいつから……)
獅子の胸中に渦巻くは葛藤と鬱憤。
ライルと出会い、己に足りなかった多くを知り、短い期間で自身でも実感する程に成長した。
しかし、だからこそ。
足りぬと、欲しいと、届かない友への背中に伸ばす手に、力を収めたいと――
残り五秒、何事もなく達成されたであろう目標に、獅子は自ら重さを足した。
(――いつから端役で収まる事に満足していたッ!!)
力強く、獰猛に、碧龍の体を駆け上がる。
鱗が足裏に刺さる事など気にも留めず、ただ一点、爛々と輝く黄玉の瞳を目指して。
「グルアアァぁぁぁぁッ!!」
振り下ろされた爪は宝石の様な瞳を裂き、碧龍は痛みによりその鎌首を大きくもたげる。
「今だ! やれッ!」
「カッカッカ! 見事ッ! では――」
既にイダチは龍の至近、二メートル程の位置まで近づいていた。
腰を低く落とし、剣は鞘へと納められている。
練り上げられた魔力がピンと張り詰め、彼自身が一振りの刃のように研ぎ澄まされている。
「龍退治、いざ。剣間流――」
居合斬りの如く抜かれる剣先が、目にも止まらぬ速さで鎌首へと入る。
対象の重さや厚みを感じぬ程に、滑らかで流麗な一閃。
血油すら刃に乗らぬ、芸術的な一振。
「居断」
鮮血が噴き出す。
龍が痛みに悶え、咆哮が轟く。
「――!? 浅いか!」
イダチの刃は確かにその首を捉えた。
しかし、あと一歩その命を断つには届かず。
首元から噴き出した血がイダチを濡らす。
「この血……! やはり毒か!」
「ぐゥゥ……!? 身体が……!」
レオドロンは手足の麻痺から着地に失敗し、イダチも痙攣と焼けるような痛みに悶える。
(先程の鱗からかッ! いかん、これでは……!)
毒で動けない二人に、瀕死の碧龍も最後の力で追い討ちをかける。
「万事休す……か……」
これも天命と天を仰ぐイダチ。
その視界に、今正にこちらへ落下する人影が映り込む。
「ハッハーーッ!! どきな餓鬼共ッ! ドンチャンしてるかと思えばデカいトカゲとはねぇ!!
こいつはアタシが頂くよッ!」
「か、カーシガ様!?」
「魔王のおでまし、とは……これもまた、天恵かな……?」
人々が避難し無人となったテントの食材を食い荒らした暴食魔王カーシガ。
未だ見ぬ未知の食を求め、降り立つ。
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