第七十二話 「警報」
「ねぇ、何でアンタとお茶しなきゃいけないのよ」
「こっちこそ、初めて会った姉弟子と魔術比べなんかしませんよ。まずは親睦を深めるのが先では?」
「だーかーら! その親睦を深めるのに魔術比べをしようって言ってるのよ!」
俺はリメリアを連れて喫茶店へと入っている。
せっかく会えた姉弟子だが、残念ながら思考はサ◯ヤ人に近いものであった。
魔術比べをしようという彼女の意思は一旦置いて、落ち着ける場所を探し求めた。
幸いにも近くの喫茶店は通常営業中であり、一席だけ窓際のテーブルが空いていた。
話をしようにも、祭りの最中の道のド真ん中で立ち話なんてしてられない。
「はーい、お待たせしました。コーヒーがお二つですね!」
「ありがとうございます」
「ねぇ、ミルクも頂けるかしら?」
「えぇ、ちょっと待って下さいね」
「ありがとう。――先生、ブラックで飲んでたっけ……まだ私には苦いなぁ」
「…………リメリアさんって、本当に先生のこと尊敬してますよね」
「はぁ? 当たり前でしょ。アンタはしてないの?」
「勿論してますけど、なんていうか……リメリアさんのとはまたベクトルが違うっていうか」
リメリアはゼールを慕っている。
そんな事は彼女と出会ったこの小一時間で十分に伝わってきた。
当然俺だってゼールの事は慕っている。
それは魔術の師として、ここまで俺を導いてくれた一人の人間として。
だが、リメリアは?
彼女のそれは、きっと違う。
「――私はね、先生を超えるの」
「超えるって、魔術士として?」
「えぇ、そうよ。いつかは先生の様な『全一』に。そして、先生すら成し得なかったその先の特級魔術すらもこの手に修める!」
リメリアの瞳に炎が揺らぐ。
煌々と燃え盛る執念が、固く握りしめられた拳へと伝わる。
ゼールすら超える魔術士。
それは新たに歴史に名を記す偉業であり、これまでもこの先も多くの者が目指す高み。
一級魔術を修める事がどれほど困難な事か、魔術に身を置いて改めて痛感してきた。
卓越した才と弛まぬ努力の果てに至る高みこそが一級魔術。
それを全属性修めたゼールの凄さを、リメリアだって分かっている筈だ。
そのうえで、口にしている。
「……凄いですね」
「笑わないのね」
「なんで笑うんですか? ハッキリと困難な目標を口にするリメリアさんを、僕は尊敬しますよ」
「なっ!? ……んん! そ、そう。
私のパパは笑ったわ。他の皆も笑った。『ちょっと才能が有るだけ。お前は一級には届かない』って」
酷いな、親なら応援してやれよ。
改めてうちの両親の有難みを痛感するな。
グウェスとサラはいつも応援してくれた。
こうして魔術学校にだって通わせてくれた。
他所の家庭事情に口出しするつもりは無いが、少しくらいは応援してやっても良いのではないか?
「――でもそんなの関係無いわ。私の目標は私が決める。私の才能の伸びしろは私が決める。
私は、必ず先生を超える。――超えなきゃ、ならないの」
思わず気圧されそうになる。
言葉に宿る覚悟から、彼女の思いの丈は痛いほど伝わってくる。
「ねぇ、ところで」
「はい?」
「さっきから後ろに張り付いてる魔族の子はなんなの?」
「へ? 後ろって……うぉぉ!? ルコン!?」
振り返るとガラス越しにルコンが張り付いている。
ジト目でこちらを見つめるルコンからは黒いオーラすら漂っている。
その隣ではネリセがどうしたものかと狼狽している。
しまった、完全に忘れていた。
リメリアの影を追いかけるのに夢中で、人混みに飛び込んでから後ろを確認していなかった。
「いらっしゃいま――」
「あそこの連れです。失礼しますです」
「すす、すいません! すぐに出ますので!」
あーーーー、まずい。ホントにまずい。
完全に怒ってるわ。
どうしようか、とりあえず土下座でもするか?
「お兄ちゃん、楽しそうですね。先生を見つけたんじゃなかったんですか? なんで違う女の人と一緒にいるんですか?」
「ねぇライル。この子誰よ? 先生って、この子もなの!?」
「二人とも、ちょっと待って。一旦落ち着かせてくれ」
幸いにも隣のテーブルが空いたので、二人にはそちらに掛けてもらうことにした。
漆黒ルコンになんとか事の成り行きを説明して誤解を解き、リメリアにもルコンが教え子の一人であることを説明した。
二人とも納得はしてくれたものの、お互いにどこか煮え切らない部分が有るようで。
「リメリアさんが先生の教え子なのは分かりましたけど、なんで王都に来てるんですか?
見たところ学生さんでも無いですよね?」
「私は冒険者よ。王都には先生の目撃情報があったから立ち寄ったまで。
それにしても、アンタが先生の弟子ってホント?
魔力の流れはおざなりだし……そんなんじゃ魔術だってせいぜい四級止まりじゃないの?」
「ふぐっ!? わ、私は魔族だから魔術はちょっぴり苦手なだけです! アナタ、失礼ですよ!
先生だってそんな言葉使いの教え子は嫌な筈です!」
「はぁ!? なんですって!」
「なんですか!?」
「「ふぬぬぬぬぬぬ〜〜!!」」
「ちょ、二人とも落ち着いて!」
「ルコンちゃん、座って! あ、尻尾増やしちゃダメだよ!」
リメリアを宥めつつ、ルコンはネリセに抑えてもらう。
出会い方が悪かったとはいえ、ここまで反りが合わないとは。
なんとか仲良くやってくれないものか……
「そ、そういえば! リメリアさん、テオール性を名乗られてましたよね! テオール家と言えば、アトラ王国領南部の一帯を任されている貴族様ですよね!?
凄いなあ、ご令嬢じゃないですか!」
ナイスだネリセ!
ここは話題をそらして場を収めよう。
俺もリメリアについて知れるなら一石二鳥だ!
「フン、つまらない家よ。パパやママは私に政略結婚させて、良いとこの婿を連れてきたかったみたいだけどね。私はゼール先生と出会ってから魔術の道に進むと決めたの。
あんな家、知ったことじゃないわ」
「あ、そう、だったんですね……その、すみません……」
Oh……逆効果とは……いや、ネリセは悪くない。
察するに、幼い時分に出会ったゼールに感銘を受けて魔術の道へ。
しかし、貴族である両親の意向には沿えず、その後出奔といったところか?
何にせよ、リメリアなりの事情があるのだろう。
「あ、リメリアさんの冒険者ランクっておいくつなんですか?」
「Bランクよ! そろそろAランク昇進試験を受けても良い頃だと思ってるのよね〜」
「な〜んだ、私と同じじゃないですか。お兄ちゃんはAですけどね」
「コラ、ルコン!」
「ちょっと、アンタ喧嘩売ってんの?」
「ホントごめんなさい! いやーでも、リメリアさんの実力ならもうAだと思ってましたよ。
さっきの引ったくり犯の時だって、凄い腕前でした。僕じゃあの距離からの正確な魔術行使は不可能です」
「そ、そうかしら? まぁ? 先生の弟子だものね。あれくらいは当然よ」
よしよし、一時はどうなることかと思ったがなんとかレールを戻せたな。
ルコンは帰ったら説教だ。
「魔術は何級まで使えるんですか? 僕は三級で止まってて……正直、二級の壁が越えられないんです」
「私は全属性二級まで扱えるわ」
「「ぜ、全属性!?」」
思わず大声が出てしまう。
それはルコンやネリセも同様で。
この若さで全属性の二級魔術を扱えるということは、それだけ凄い事なのだ。
俺はゼールと出会ってからこれまでの間、魔術の腕は確かに上がったがそれでも三級止まりだ。
半魔とはいえ魔族故の魔力操作難、そして才能。
つまるところ、魔術とはどうしても持って生まれた『素質』が必要になる残酷なまでの世界なのだ。
「驚くような事じゃないわよ。私が目指すのは先生の先。一級すら扱えない現状じゃまだまだよ」
「いやいや、十分に凄いですよ!」
「……先生が一級魔術を使えるようになった年齢、知ってる?」
「いえ……」
「九歳よ。しかも、十二歳の頃には二属性の一級魔術が使えたそうよ」
「んなっ……」
馬鹿な、とは言うまい。
ゼールならば可能であったのだろう。
そう納得するだけの凄みと、実力が彼女には有る。
そして、リメリアが言いたいことも分かる。
現在十五歳の彼女は、既に当時のゼールより劣っていると、足元にも及ばないと言いたいのだ。
比較対象が規格外な事はともかく、現状の自身に納得せずにいるのも頷ける。
憧れが強い程、目標が高い程、足りない自身に歯噛みするのが彼女なのだろう。
「私の話はもういいでしょう! それよりも、アンタ達の話をいい加減――ッ!?」
「これは!?」
「うる、さいですぅ……!」
突如として、町中に響き渡るサイレンと鐘の音。
それは警鐘であり、生理的に嫌悪感すら抱かせる音は瞬時に事態の深刻さを叩きつけて来る。
「これ……もしかして!?」
「ネリセちゃん、知ってるの?」
「はい、恐らくは……龍襲警報……龍災です!」
龍……だと―――!?
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