第七十話 「見覚え」
「何度も言わせるんじゃないよ! 全部寄越せって言ってんのさ!!」
強まる語気に呼応して魔力が跳ねる。
まずい、こいつ本気で言ってやがる……!
とにかく、これ以上機嫌を損ねる訳にはいかない。
「どうぞ! 全て持っていって下さい!」
「最初からそうしな。そんじゃあ――」
カーシガは両手を伸ばしてそれぞれの手におにぎりと唐揚げを握る。
そしてそのまま一息に、大口を開けて片っ端から口に放り込んでいった。
きちんと咀嚼しているのかすら怪しい程の速度で、次々とおにぎり達が消滅していく。
ボロボロと食べカスを零しながらも、そんな事は気にもとめず食事は続く。
汚い。シンプルに食べ方が汚い。
見てくれだけなら魔族の美女でも、中身があまりにも品が無い。
「ふいぃ〜〜喰った喰った! 貧相な見た目の割に味は良かったよ、ごちそーさんね!」
「あ、はい……どうも……」
気づけばテーブルの上は空っぽ。
おにぎりは三十個以上、唐揚げは六十個はあった筈。
それが、五分とかからず消え去ってしまった。
あり得ない。だが、もっとあり得ない事はカーシガの腹が全く膨れていない事だ。
カーシガは食事前と変わらないプロポーションを維持している。
どうなっている? 質量保存の法則は死んだのか?
「さてと、そんじゃあ次はあっちの――」
「あ、すいません! お代を……」
「はぁ!? このアタシから対価を取ろうってのかい!? エェッ!?」
「なんでもありません……」
「フンッ! ……あぁ? そっちにいるのは獅子王んとこのガキかい?」
「は、はっ! ご無沙汰しております、カーシガ様!」
「あんたからもこの半魔に言っときなっ!」
「承知しました!!」
踵を返してズカズカと歩き去るカーシガを黙って見つめることしか出来ない。
嵐が去った、今はそう思って胸を撫でおろすばかりだ。
「ん? カーシガの魔力、あんなに大きかったか……?」
「あれはカーシガ様の持つ魔素喰い体質によるものだ。この世の物質には僅かであっても魔素が含まれるが、カーシガ様は食料からその魔素を効率的に摂取して魔力へと変換する。その強化も一時的ではあるらしいが、喰えば喰うだけ強くなる。
それが『暴食魔王』カーシガ・ウーダ様だ」
「喰えば喰うだけ、ね……本人はそんなの気にして無さそうだけどな。てかレオって様付けするのな」
「父上より幼き頃から教えられた事だ。『魔王には逆らうな。敬意を持って接せよ』とな」
たまに育ちが良いとこ見せてくるなコイツ。
おっと、それよりも……
「商品が無くなっちゃったな……また作るのにも時間がかかるし、今日はもう店仕舞いにしようか」
「うむ、仕方なかろう」
「えぇ!? 私、たくさん握りますよ!」
奥から悲痛な叫びを挙げるレイノーサ。
だがどうしようもない。
今から米を炊いても時間がかかるし、唐揚げだけ並べてもな……
楽しみにしていたところ申し訳無いが、今日は自由に祭りを回る時間にしよう。
レイノーサは不貞腐れながらも納得してくれ、自室へと帰っていった。
政務で疲れているだろうし、ゆっくりしたい気持ちもあったのだろう。
レオドロンは、『わざわざ人混みに飛び入る気が知れん』といって同様に自室へと帰っていった。
ポーフスは魔王との連続エンカウントにバテてしまい、今日は休むらしい。
結局俺だけがその場に残り、片付けをしながらルコン達を待つことになった。
「ただいま帰りましたー! お兄ちゃん、お土産の油揚げを――って、あれ? みんな売れちゃったんですか!?」
「え、凄い! やりましたね、お兄さん!」
「いや、実は――――」
帰ってきた二人に事の次第を話す。
魔王という単語を聞き、片や尻尾を振りながらワクワクと、片やミーハー魂を燃やしながら一目見たかったと。
こちらは当分勘弁して欲しいところだ。
レオガルドはともかく、カーシガの様な理不尽な魔王とは関わらない方が身のためだろう。
「魔王様が来てたなんて……お会いしたかったな〜!」
「でもでも、私たちも街でアトラ王国騎士団の団長さんたちを見てきましたから! 師匠達ほどじゃないですけど、カッコよかったです!」
「へ〜王国騎士団か〜。俺も見てみたかっ――」
ちらりと、ほんの一瞬、ルコン達の後方の人混みに見覚えのある杖が。
赤・青・黃・緑の四つの魔石が先端に納められた、純白の杖。
間違い無い、あれはゼールが持っていた『四元の杖』だ。
「ルコン! 先生だ!」
「え? ホントですか!?」
「先生って、あっ!? ちょ、二人とも〜!?」
気づいた時には走り出していた。
後ろからネリセの叫び声が聞こえるが、今は許してくれ。
何処だ? 何処に行った?
「――いた!」
姿は見えないが、人混みの間から杖の先端が見える。
「先生! 先生ッ!」
もう当分は会えないと思ってたのに、どうしてまだこんなところに?
聞きたいこと、話したい事が沢山ある。
まだ別れてたった三ヶ月程だが、随分と昔の友人に会うような、そんな高揚感だ。
もう少し、もうちょっと!
「ゼール先生!」
「――ゼール、先生……ですって?」
ようやく人混みをかき分けて杖の持ち主をハッキリと視認した時、その人物がゼールとは全くの別人だということにやっと気づけた。
セミロングの赤毛に綺麗な白いリボンを付けた、十五歳ほどの美少女。
着ているローブもゼールのものとは似て非なる別物だ。
だが、手にしている杖だけは『四元の杖』に間違い無さそう、なのだが……
いや待て、よく見ると魔石のサイズ感やら全体的にどこかチープというか……レプリカ……のような?
「ちょっとアンタ。今、『ゼール先生』って言ったわよね?」
「え? あぁ、いや、それはその、人違いだったもので――」
「説明しなさいよ、ゼール先生は私の先生よ?」
突如鼻先に杖を突き立てられ、高圧的な態度で迫られる。
待て、この子今、『ゼール先生は私の先生』って言ったか?
いったい、この子は……?
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