第六十九話 「魔王相対」
人混みが割れて現れたのは、レオドロンよりも少し小柄の(とはいっても二メートル近くある)、老ライオンと言っても差し支え無い獅子族だった。
鬣は白く、顔にはシワが寄り、左頬には大きな傷跡が有る。
そして、レオドロンと同じく四本腕。
なのだが、右の副腕が肘の先から無い。
その威容だけで、彼が死線をくぐり抜けた歴戦の強者ということは明らかだ。
彼こそが『獣和国』を統べる魔王、レオガルド。
側にいる御付きの獅子族達が、こちらを指差してレオガルドに何やら語りかけている。
それを聞き、真っ直ぐにこちらへと向かって来る。
まだ距離があるにも関わらず、真っ直ぐに相対しただけで異様なまでの圧を感じる。
これが、魔王――。
緊張に身が強張るも、失礼が無いように細心の注意を払わなくては。
レオガルド一行が店の前まで来たとき、レオドロンは既にテントから出て待ち構えていた。
「父上、遠路はるばる御足労頂き――」
「息子よ」
「ハッ!」
「負けたな?」
「なっ……何故、それを……?」
「顔を見れば分かる。敗北を知り、己の糧とした者の顔だ――良い顔になったな。さて、ふむ……君が、息子に勝ったのかね?」
見た目に反してレオガルドの声色は柔らかく、瞳は穏やかであった。
が、向けられた声が自分に対してのモノだと認識した瞬間に全身の毛が逆立ちそうになる。
危うく、もう少しで戦闘態勢に入るとこだった。
「そうです。はじめまして、ライル・ガースレイと申します。
息子さんとは入学時に少し揉めまして、その際に決闘を行いました。今では良い友人関係を築けている筈です」
「ほう、息子に友人とは――これはこれは……子の成長とは、目を離せばあっという間だな」
今のところのレオガルドは、久々に会う息子の成長に感心しているくらいのものだ。
話した感じも、放たれている圧とは裏腹に穏やかだ。
「王よ、此奴の名前――」
従者の一人がレオガルドに耳打ちする。
恐らく俺の名前を聞いての事だろう。
さて、いったいどんな反応が来る?
「ほう、ほうほう! 君がか! 成る程……」
「父上、このライル・ガースレイの実力は我が身を持って思い知りました。ライルの力は本物です」
「バカモン、そんなことは見れば分かるわ。
儂はその強さの正体が分かった事に納得したのだ」
「し、失礼しました!」
「ふっふ……お前に友人、それも半魔とはな……。して、ライル君よ。君は何族との半魔かな?」
「闘魔族です」
「闘魔ときたか! 成る程、それならばその強さにも説明が付くな。奴ら、怒らせると手がつかんのだ!
見たまえよ、この腕を。これは昔……六十年ほど前だったか? 儂が王になって間もない頃だ。一人の闘魔にまんまと千切られたのだよ」
「これを、闘魔が?」
「あぁそうとも。よく覚えておるわ。
あやつめ、仲間を逃がす殿を買って出たかと思えば鬼神の如き戦いぶりで我らを掻き乱しおった!
終いにはこの通り、儂の腕まで持っていきおって!
忘れたくても忘れられん。グウェスめ……」
「――え?」
「む? どうかしたかね?」
今、聞き覚えのある名前が出なかったか?
それも、とびきり親しい者の名が。
「今、その、誰って言いましたか?」
「グウェスだ。儂のこの腕はグウェスという闘魔族にしてやられたものだよ」
口では忌々しいと言いつつも、先の無い腕を見つめるレオガルドの瞳は、好敵手を想う友としての目であった。
「父です」
「なんだと?」
「グウェスは、僕の父です。グウェス・ガースレイ、それが父の名です」
「…………グウェスは息災かね?」
「三年前の赤龍討伐の際に亡くなりました。自慢の、誇れる父です」
「――そうか。寄る年波には勝てんということか……ライル君、獣和国に来た時には歓迎する。いずれ、また会おう」
まさかの接点を持っていたレオガルドはそう言って店を後にする。
去り際にレオドロンの肩を強く叩いて何事かを語りかけてはいたが、俺には聞き取れなかった。
そういえばこの間、ポーフスはずっとテントの中でビクビクと震えて立ち竦んでいた。
流石に魔王と相対する勇気はまだ無かったようだ。
レイノーサも見つからないようにとテントの奥に引っ込んでいる。
「おぉ、そういえばもうじき此処に『暴食』めが来るぞ。悪い事は言わん、食い物は仕舞っておいた方が良いぞ」
「『暴食』?」
「まさか!? 父上! カーシガ様までこちらに!?」
「うむ。アトラの城で歓待の飯を平らげた後は学校にと言っておったぞ」
「まずいな……ライル、今すぐ――」
またもや正門付近がざわつきだす。
同時に、肌で感じる魔力の圧。
既にレオガルドという魔王と相対したからこそ分かる、異様なまでの圧。
紛う事無き魔王の気配。
これはレオガルドだけで無く、その従者、ひいてはレオドロンにも言えるのだが、魔土に住む魔族は己の魔力を隠そうとしない。
これは住む土地柄というか世界の違いなのだろう。
己の力を誇示してこそ、力を示してこそ価値のある世界に住む者達。
その最たる者がまた一人、現れる。
「んん~〜〜〜!! 旨そうな匂いがプンプンするじゃないかい! さぁ〜て、どこから喰らってやろうかねぇ!?」
他を憚らぬ、欲望に塗れた大声。
薄緑の肌に、腰まで伸ばした茶色い巻き毛。
グラマラスな体躯を惜しみなく披露するかの様な、民族衣装を想起させる服装。
一見するとただの魔族の美女だ。
そう、その両手と御付きの従者に持たせている大量の食料を見るまでは。
「クソッ、間に合わなかったか!」
「ライル君よ、あれが『暴食』の異名を持つ魔王。
名をカーシガ・ウーダ。オーク一族の頭首にして、凡人土に対しても友好的である魔王の一人だ。
それも、彼女の食欲を満たす限りはだが――」
「おや? なんだい獅子王までここにいたのかい?」
「もう帰るところだ。貴様、まだ食うのか」
「バカ言うんじゃないよ。アタシはどれだけ喰っても満足出来ないんだ。せっかく来た凡人土、楽しませてもらわなくちゃねぇ!」
舌舐めずりをして辺りを見回すカーシガを尻目に、その場を去るレオガルド。
レオドロンは既に頭を抱え、ポーフスはまたも現れた新手の魔王に怯える一方だ。
どうする? 忠告通りに今からでも食料は隠すべきか……?
「おい、そこのアンタ」
「へ? 僕ですか?」
「他に誰がいるんだい。ソレ、何てモンだい?」
「えーっと、おにぎりと唐揚げって言います……その、お米を握ったものに、鶏肉を油で揚げたものです」
「ふーーん…………いいね、寄越しな!」
「あ、ありがとうございます! ちょっと待って下さい、すぐ包んで――」
「何言ってんだい、全部寄越しな!」
「……はい?」
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