第六十七話 「祭り、二日目」
二日目の朝は念の為、昨日よりも多く料理を用意することにした。
果たしてどれだけの人が来てくれるかは分からないが、準備するに越した事は無いだろう。
ネリセも揚げ物を担当してくれ、ルコンとレオドロンがそれぞれ尾と腕を使って器用におにぎりの山を築いていく。
「あ、あの!」
テントの外から弱気ながら勇気を振り絞った声が聞こえてくる。
見ると、そこには先日イジメっ子貴族のリョールとやらにイジメられていた半魔の少年、ポーフスが立っていた。
もみあげの辺りから首にかけて羽根のような体毛を生やしたポーフスは、恐る恐るといった様子でこちらを覗き込んでいる。
「ポーフス君、だっけ? どうかした?」
「その、僕にも、えっと……何か手伝えないかなって……」
驚いた。
気弱で自己主張をしなさそうな彼だからこそイジメられていた、と思う。
それが、たった数日で自らあの日の恩を返しに来たのだ。
一人で奮い立ち実行に移す、それがどれだけ難しいことか。
「本当に? こっちは大助かりだけど」
「僕、本当は昨日にでも手伝いたかったんだけど……昨日は物凄い人で溢れてたからタイミングが無くって」
「あ〜……まあ昨日は特別、じゃないかな? って言っても、初めての出店だからどうなるかは分からないけどね」
「む、先日の半魔か」
「れ、レオドロンさん!」
「ポーフス君だよ。手伝いに名乗り出てくれたんだ」
「ほう、感心だな。よかろう! 何が出来る?」
「何でそんなに偉そうなんだよ……」
「その……何が出来るかは分からないんですけど……」
そりゃそうだよな、揚げ物はおろかおにぎりなんて握ったことも無いだろう。
だが、それでも人の手が増えてくれるのは有り難い。
やれることをやってくれればこっちとしては文句は無い。
「よい、では貴様がやることは――」
「い、いらっしゃいませ〜〜!!」
こいつ、鬼か……!
いや、それよりもポーフスは良くやってくれている。
あれだけ気弱そうだった彼が、今や店先で大声を出して客寄せしてくれている。
昨日の評判もあってか、行列とはいかなくても店には引っ切り無しに客が訪れる。
それも一般客よりは生徒の方が多い印象だ。
これは非常にいい傾向だ。
実際に訪れた生徒達は、俺やレオドロンを見て顔が引きつるものの、いざ関わってみると予想外に普通な為か皆笑顔を見せながら店を後にしてくれる。
ルコンやネリセの可愛らしいスマイルが添えられているのも効果大だろう。
「失礼、おにぎりと唐揚げのセットを頂きたいのだが」
「はーい! ありが――ってイズリさんか」
「あ、イズリおに……さん。来てくれたんですね!」
「お疲れ様です、姫。皆も一緒ですよ」
そう言うイズリの後ろには狐族の仲間達が控えている。
しっかしまあ、俺が言うのもなんだがこいつらは本当にルコンの事が大好きなんだろうな。
長い間離れていても、ルコンを想う気持ちは変わらなかったのだろう。
「姫、こちら差し入れです。どうぞお召し上がり下さい。ライル・ガースレイ、貴様のは無いぞ」
「はいはい」
「差し入れ……わぁ!? 油揚げです! やった〜〜!!」
ルコンの目がキラキラと輝く。
油揚げでここまで喜べるのは凄いと感心しつつ、俺のは無くて別に良かったなと胸を撫でおろす。
この世界の油揚げは、いや限らずだが、種族的な相性が合わないと美味しいと感じられない。
DNAに刻まれた相性とでも言うべきか。
そもそも油揚げって単体で食べないよね? よね……?
ルコンの隣でネリセも『えぇ……?』って顔をしている。分かる、分かるよ。
「――はっ!? 閃きました!!」
「え? ちょ、ルコン!?」
急にルコンが貰った油揚げごとテントの奥へと引っ込んでしまう。
釜から炊き上がった米を掬い上げておにぎりを握り出したかと思うと……まさか!?
「完・成ですッ!!」
それは、油揚げに包まれた黄金に輝くおにぎり――いなり寿司だった。
ただ、中のお米はちらし寿司でもなければ酢飯でもない。
白米に油揚げを被せただけのおにぎりである。
美味しいか? きっと大して美味しくない。
が、
「姫……! やはり、貴方は天才だ……」
「美しい……」
「これは芸術だ!」
狐族はバカしかいないのか?
いや、本人達が楽しそうなんだから外野の俺がとやかく言う事では無い。
「皆の分も作ってあげますから、待ってて下さい!」
「あぁ、姫……感謝を……!」
やめてくれ、店の前で集団で泣かないでくれ。
「おいおいなんだぁ? 魔族が泣いてるぞ……」
「あー気にしないで! いらっしゃ――」
っと、こいつは確かリョールとかいったか。
ポーフスをイジメてた奴だな。
リョールの顔を確認してからはポーフスも少し張り詰めた表情をしている。
リョールはレイノーサとレオドロンに糺されたあの日、当日中に反省の色を行動に移して証明してくれた。
きっと大丈夫、大事にはならないはずだ。
「リョール、君。何か用……?」
「店に来たんだ、飯買いに来たに決まってんだろ……それに、その――悪かった。許してくれとは言わない。
恨んでくれて構わない……」
「リョール君……」
「それに! 俺達はレオドロンさんに待ってるって言われたから来たんだ! だからその、勘違いするなよ!」
「ふ、ハハハ! うん、わかった。僕もそう簡単に許す気なんて無いから」
雨降って地固まる、か?
いやいや、さっきから店の前の情緒がうるさいぞ。
「おーい! ライル君、ルコン君! 今日は騎士団の皆で昼ご飯を買いに来たぞお〜!」
「見て! パルヴァス様よ!」
「きゃーー!!」
その後は、またもパルヴァス効果により溢れる人で更にめちゃくちゃになってしまった。
必死になって握り続けるレオドロン、楽しげにジャグリング感覚で尻尾で握るルコン(魔力尾なので衛生面はセーフ)、テンパるネリセ、組んず解れつで何処かに流されるポーフス。
そうして二日目も終わりを迎え、なんとか片付けも終わったところで予想外の客人が訪れた。
「何の用です? もう店仕舞いですけど」
「いやなに、近くに寄ったものでな。先日の非礼でも詫びようかと思ったまで」
飄々とした態度で現れたのはイダチ・ケンマ。
青線が入った制服を着流しの様に改造し、黒髪を後ろにかき上げて結った侍の様な出で立ち。
自分から煽っておいて先日の非礼とはよく言ったものだ。
レオドロンが既に帰っていて良かった。
居たらきっと修羅場になったに違いない。
「時にライル殿よ、知っているか? 半魔共生に異を唱える者達の存在を」
「…………知らない」
「いつの世も、時代に付いて来れん者はいる。己が信念からか、はたまた妄執とでも呼ぼうか。
理由はなんであれ、受け入れられん連中がいるということだ」
「……何が言いたいんです?」
「『龍殺しの半魔』ライル・ガースレイ。きっかけはどうあれ、間違い無く半魔共生という新たな時代の礎となった貴殿を、良く思わない者もいる。
ではな、邪魔した」
「…………なんだったんだよ。結局謝って無いし」
イダチからの忠告が、どういう未来を暗示しているのか。
悪い先の未来など、今は考えるのをやめよう――
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