第六十三話 「練習、準備」
「今日はレイサさんもいるんですね! 嬉しいですっ♪」
「ふふ、私もこのような貴重な体験が出来て嬉しいです。もちろん、ルコンさんをはじめとしたお友達の方々とご一緒なのも」
「あわわわわわわ…………レイノーサ王女まで……」
「ネリセちゃん、落ち着いて。キリが無いから」
「俺様も暇では無いのだぞ。今日は何をするんだ?」
「とりあえずは前回同様に握る練習だな。
当日はドンドンやって来るお客に対して大量のおにぎりが必要だから、それに応じて握る速度も上げないと」
「道理だな。どれ――」
レオドロンはおもむろに炊き上がった釜の蓋を開け、熱々の白米を左右の手に握り、更に余っている二本の腕を用いて蓋をして二つ同時に握りだす。
十数秒で成形された二つのおにぎりは緩やかな三角を描いている。
驚いた……前回は握る力が強すぎて米をグチャグチャにしたり、二本ずつ腕を使って同時に握る事に苦労していたレオドロンが……
「おいおい、いったいどうしたんだよ! 凄いぞレオ!」
「フン……この程度一度やればコツも掴む。造作も無いわ」
「まぁ……敷地の隅で泥をこねていたレオドロンさんをセバスが見たと言っていましたが、この為だったのですね!」
「執事よォォォォォォッ!!」
絶叫が響き渡り、俺達をはじめとした周囲の生徒も耳を塞ぐ。
やめてね、近所迷惑だから。
にしても、まさか泥を使っての自主練をしていたとは。
驚きを通り越してもはや可愛らしい。
「さて、じゃあ今日もやっていこうか! ネリセちゃんはもう大丈夫だろうから、レイサさんにコツを教えてあげて」
「ひえぇぇ……私なんかが、王女様に!?」
「ネリセさん、どうぞよろしくお願いします。そんなに緊張しないで下さい」
「ネリセちゃん、いつも通りで大丈夫だから」
「わ、わかりました……! それじゃあまずは――」
こうしてレイノーサを加えての二回目の試作会は順調に進んでいった。
レオドロンは四本腕での同時握りをしっかりとものにしており、まさかのエースとなってくれた。
慣れないどころか、自分で料理を作ることすら無かったレイノーサにはネリセが親身に教えてくれている。
ルコンも負けじとせっせと握り続けている。
よしよし、順調だなと胸を撫で下ろして俺は油を貯めた鍋と向かい合う。
唐揚げは俺の担当だ、しっかりとバリエーションや味付けを工夫して貢献しなくては。
「ライルよ、先日のイダチとやらだが――」
気づけば横にはレオドロンがいた。
器用にもおにぎりは握り続けたまま。
「何か分かったのか?」
「ある者の使いであった。スタリオルという名に聞き覚えはあるか?」
スタリオル、スタリオル・アトラか。
直接面識がある訳では無いが、先日廊下で目撃した赤髪のあいつか。
「レイサさんの兄貴だろ」
「ならば話が早いな。イダチとやらはスタリオル率いる生徒会のメンバーだ。
人族であるが魔土辺境の出身であり、騎士団や冒険者達が使う剣術とはまた違った独自の剣術を使う様だ」
「お前それ、調べたのか?」
意外と言えば意外。
まさかこうして情報を集めてくるとは、レオドロンの風体からは想像もつかない。
「俺様とてコネは有る。学校には独自の情報網を敷く者もおるのだ」
「へぇ~……」
情報屋か……今度俺も接触してみようか。
そういった筋とはある程度繋がりがあった方が便利かもしれない。
それに情報屋って聞くと少し中二心がムズムズするのは気のせいだろうか?
「ともかくだ。今の俺様達はスタリオルに目を付けられている可能性が有る」
「それってつまり……どうなる?」
「奴にとって何かしらの不都合が生じれば、何らかの形で接触を図ってくるだろう。
現に先日のイダチは一種の牽制であろう。
だがまあ、命を狙われる、といった事は無いだろう。狙われたところで俺様達であれば問題無い」
「バカ野郎、ネリセちゃんも一員と見られてたらどうするんだ。あの子は戦え無いだろ。
それに、ウチのルコンを危険な目に合わせたらいくら王子といえど許さねぇ……!」
「貴様は時折沸点がおかしなところにあるな……」
冗談はさて置き、いや実際にルコン達が狙われたら冗談では済ませないが。
スタリオルか……少しは調べておいた方が良いのかもな。
「わっ!? ルコンちゃん凄い!」
「まぁ、そんな事が!?」
突然背後からネリセとレイノーサの驚く声が聞こえる。
振り返った先には、得意気な顔でおにぎりを二つ同時に握るルコンの姿が。
それも、九尾励起で尾を二本生やした三本状態で。
ルコンは左右の手と増えた尾を手に見立て、レオドロンの様な擬似的四本腕を再現したのだ。
「どうですかお兄ちゃん!」
これでもかとドヤ顔を決めてくるルコン。
いや、凄い。素直にその発想力と機転には感心せざるを得ない。
「凄いぞルコン! けど、無理はするなよ?」
「ふふん、三本なら二時間は維持できますからね! これでバンバン握っちゃいますっ!」
とりゃーっとおにぎりの山を築くルコン。
あれなら心配無さそうだ。
そういえばレイノーサはどうだろうか?
「熱っ、熱! やっぱり熱過ぎます!」
「レイノーサさん、頑張って下さい! ああっ、落とさないように!」
悪戦苦闘だな……まあそのうち慣れるだろう。
後ろで見守るセバスチャンの目は殆どおじいちゃんのそれだ。
「ところでライルよ、試作したこの山はどうする気だ? まさか全部俺様達で食うと?」
「流石にそれは無理だろ。
まあ待て、考えはあるからさ――」
商品を売る前には事前の宣伝が肝心だ。
ましてや異世界の人々には馴染みのないものならば尚更。
何事も、事前の準備が重要なのだ。
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