第六十一話 「試作会」
校舎の一室。
調理器具などが揃えられたいわゆる家庭科室にて、レイノーサによって手配してもらった食材の一部と調理器具等を前に、俺やその他メンバーが集う。
集まったのは俺にルコン、レオドロンとネリセの四人。
レイノーサとセバスチャンは用事があるらしく、今日の試作会には立ち会えないとのことだ。
教室には当然他の生徒達も居り、やはりというか、俺達のグループはかなり浮いており周囲からは好奇の目で見られている。
「レオさん、ホントに来たんですね。ちょっと驚きです」
「俺様とて好きでこんなことをするわけなかろう。それよりもだ――」
「あわわわわ……魔王様のご子息様が……」
ネリセの反応を見ると、改めてレオドロンが学内でどの様な評価を受けていたのか分かる。
しかし、せっかく手伝いに来てくれたネリセがこれでは困る。
今後のレオドロンとの関係の為にも、早く打ち解けてもらわねば。
「ネリセちゃん、大丈夫だよ。レオは見た目程危ないやつじゃ無いからさ」
「そうです、何かあればお兄ちゃんがボコボコにしてくれます!」
「ルコンちゃん! レオドロン様にそんなこと言ったら……!」
「貴様ら、言わせておけば……!」
「まあまあ。いつも仏頂面で絡みにくいおまえがダメなんだぞ?
ちょっとは親しみやすさを持てよ」
「俺様はいずれ魔王となる者だぞ。親しみやすさなど不要だ」
「んなこと言って、王として人心を得られないと民はついて来ないぞ?
俺はロデナスのダルド王を知ってるけど、あの人は正に人望の塊だ。
親しみやすさってのはなにも話しかけやすいとか、友達になりやすいとかだけじゃなくて、他者を威圧せず遠ざけないってのもあるんじゃないか?」
レオドロンは王になると息巻いているものの、今の状態ではそれも難しいだろう。
魔王とは人の王と違って物理的な『力』が重要なのかも知れないが、結局それでは人の心は集まらない。
これはネリセや俺達のみならず、レオドロンの為でもある。
「む、それも……そうかも知れぬな……分かった、他でも無い貴様の言うことだ。
おい、そこの黒髪」
「ネ・リ・セ、ちゃんな?」
「……ネリセよ」
「ひゃ、ひゃいぃ!」
「これから共に商いをする者同士、へつらうことは無い。友として接することを許す」
「あ、ありり、ありがとうございますぅ!!」
「なんでそんな偉そうなんだよ。ネリセちゃん、気にせず接していいからね」
「そうですよ。何かあればルコンも叩きますから!」
なんとか互いの距離を埋めつつ、ようやく試作会を始められた。
始められた、ものの――
「ルコン、もっとこう、三角っていうか……せめて丸く出来ない?
レオ! 強く握り過ぎだって! 米が潰れてグチャグチャじゃないか!」
魔族二人の不器用さには困ったものだ。
ルコンは炊き立ての米が熱くて上手く握れず、レオドロンは力加減が終わってる。
唯一の救いは……
「よっ、ほっ! 出来ました!」
「おぉ、もうバッチリだね。ネリセちゃんが居てくれて本当に助かったよ!」
チラリと後ろの二人を見ると、申し訳無さそうに肩を竦めている。
慣れないものはしょうがない、回数を重ねて上達すればいい。
それに、まだ一ヶ月弱はある。
おにぎりくらいはなんとかなるだろう。
あとは唐揚げだ。
鶏肉は王都で飼育されている上物を卸してもらい、他の食材もどれも質が良い(セバスチャン談)。
祭りの本番前には、全ての食材を大量に用意してもらえるとのことだ。
衣は小麦粉、下味はとニンニクと生姜、都合よく醤油もあったのでそれも入れて。
こういうのは無難でいいんだよ、そもそも俺は料理得意じゃないし。
いざ、大口の鍋に熱した油を用意して肉を入れる。
「ぬおぉっ!?」
「ひゃあぁ!?」
油によって熱せられた肉が音を立て、パチパチと周囲に油を散らす。
興味津々に鍋を覗いていた魔族の二人に散ったのか、素早く後ろに下がる。
「ライルッ! 散るなら先に言え!」
「そうですそうです!」
「いや、事前に危ないよーって言ったじゃん……」
トングで揚げ、油を切って完成。
四人で出来立てを試食する。
「うん、やっぱり揚げたては最高だな!」
「ふぉいひぃ〜!」
「ルコンちゃん、油が垂れてるよ」
「なんと……! ここまで美味いとは!」
よしよし、好評だな。
手応えはバッチリ、あとはレモンやマヨネーズ等を用意して味のラインナップを整えれば問題ないだろう。
「お兄ちゃん、こんなに美味しい料理をどうやって知ったんですか?」
「ん? あ~、昔母さんに教わったんだよ。ほら、ナーロ村にいた頃にさ」
当然その疑問は出てくるよな。
だが、こう言う他に術は無い。
転生者なんて言っても信じてもらえないだろうし、何より言うことにメリットが無い。
無いならば黙っておいて、余計な詮索を躱したほうが良いだろう。
「失礼」
突然、俺達の背後から声がする。
なんだ? と振り返った先には、青線が入った制服を着流しの様に改造した男がいた。
黒髪を後ろにかき上げて結い上げた、武士のような見た目に、腰には日本刀の様な刀まで提げて。
いや、武士そのものだな……そもそも学内での銃刀法はどうなってる? あれが本物なら余裕でアウトだろ。
にしても、こんなやつは教室にはいなかった。
外からやってきたのか?
「何か?」
「ライル・ガースレイ殿とお見受けする。
拙者はイダチ・ケンマと申す。以後、お見知りおきを。
よろしければ、一戦お手合わせをお願いしたい」
「それはまた、急ですね……お断りします」
「ふむ、そうであろうな。……む? 握り飯とは、また珍しい物を」
「おにぎり、ご存知ですか? よかったらお一ついかがです?」
「いや、結構。人が握った飯は食えぬ質で。ましてや、獣の手であっては尚更」
こいつ……急に現れて手合わせと言い出したかと思えば、今度はルコンとレオドロンの事を……
流石にこれは許容出来ない。
「おい、アンタいったい――」
「待て、ライル」
怒りに任せて立ち上がる俺を制止したのは他でも無い、侮辱されたレオドロン自身であった。
ペロリと舌で指の油を舐め取り、ゆっくりと立ち上がる。
「今侮辱されたのは俺様とルコンだ。友の為に怒る貴様の気持ちは有り難く受け取っておく。
だが、これは俺様の諍いだ。口出しは無用だ」
立ち上がったレオドロンとイダチの身長差は、頭二つは違う。
おまけにレオドロンは魔力を立ち昇らせ、静かに怒りをあらわにしている。
はたから見れば、イダチが小さく圧されているようにも見えるのだろうが、当のイダチは動じること無く、真っ直ぐに見つめ返すのみであった。
「すまぬな、正直に思った事を口に出してしまうんだ」
「何が狙いだ? 誰の使いで来た?」
「ほう――野生の勘というやつかな? 存外、鋭いではないか……」
薄っすらと笑みを浮かべ、クルリと背を向けるイダチ。
「邪魔をした。またいずれ」
ヒラヒラと後ろ手を振りつつ、教室を後にするイダチを、レオドロンを始め、誰も止めることはなかった。
「なんですかあの人! 嫌な人です!」
「そうだね……イダチ・ケンマさん、かぁ……」
「ネリセちゃん、何か知ってる?」
「いえ、ごめんなさい。生徒数が多いから、あまりお名前を聞かない人は分からなくて」
名前を聞かないということは、そこまで有力な生徒では無いということだろうか。
レオドロンの言っていた事が気になる。
『誰の使い』と言っていた、その意味は?
「…………」
「なあ、レオ。さっきの――」
「悪いが、今日は帰らせてもらうぞ。また後日な」
「あ、ちょ……」
結局、聞きたいことは聞き出せないまま出ていってしまった。
レオドロンの表情は重く、何かを悟ったかの様な様子ではあったが。
「何なんだよ、いったい……」
モヤモヤする気持ちのまま、その日は後片付けをして教室を後にするのだった。
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