第五十二話 「三年の成果」
今日は朝から気が重い。
昨日は入学初日故、ゆっくりと校内を見て回ろうと思っていたのに……まさか、魔王の息子とのタイマンをセッティングするハメになるとは。
あれから他の生徒達に声をかけて、レオドロンについて詳しく聞いて回ってはみたものの。
声をかけた何人かは、俺とルコンを見るやギョッとして話も聞かず立ち去ってしまった。
おそらくだが、入学試験の事とレオドロン関係で関わりたくないのだろう。
何とか話が出来る者を捕まえて、情報を聞き出せた。
レオドロン、アト学の三年生。
ライオン顔で四本腕を持つ、二メートル超えの巨躯を誇る獅子族。
その実力は既に並のAランク冒険者以上と噂され、学内でも武技においては有数の実力者である。
父は魔土の一部に君臨する魔王であり、その血を引く子の一人であるとか。
魔王と言っても一概に悪者という訳では無く、中には凡人土と交流を持つ者もいるようだ。
レオドロンの父もその一人らしい。
学内での成績は優秀なようで、見た目や素行に反して学業の成績も良いらしい。
ただし、素行は昨日の通り乱暴かつ尊大。
自身が将来の魔王と言って憚からず、他者に対しての態度は一貫してああなのだとか。
まあ要するに、実力を兼ね備えたスーパージャイ◯ンといったところか。
そして俺とルコンは、そんなやつに目をつけられた訳で。
こうして、噂を聞きつけた野次馬でごった返す第一試験場に、重い足取りで訪れるのであった。
「凄い人だな……五百人はいるか?」
「これだけの人の前でボコボコにしてやれば、流石に泣いて謝るに違いないです!
やっちゃってください、お兄ちゃん!」
「ねぇルコン、そんな好戦的だったっけ?」
シュッシュッとシャドーボクシングをするルコンを余所目に、周囲を見渡す。
第一試験場、要は頑強な魔術結界と治癒魔術で守られた体育館だ。
観客席が付いたバレーコートを想像すると分かりやすいだろうか。
集まった野次馬達は観客席に座るか、少しでも近くで見ようと一階の外縁部に張り付いている。
既に試験場の中央にはレオドロンが腕組みをして仁王立ちしている。
「フゥー……じゃ、行ってくるよ」
「頑張ってください! コテンパンにしてやって下さいね〜!!」
ルコンの声が聞こえたのか、ギロリとこちらを一瞥してくるレオドロン。
煽り、ダメ、絶対。
「待っていたぞ、薄汚い半血よ!」
「ライル・ガースレイです。昨日名乗ったでしょう」
「クククク! 俺様に一撃でも入れることが出来たならば、名前で呼んでやろうとも」
「あっそうですか。ま、何でもいいですけど……
俺も怒ってるんですよ」
「ほぅ、何にだ?」
「ウチの可愛い妹に手を出そうとした、その脳足りんっぷりになぁ!!」
「ッ……!」
渾身の威嚇、魔力を威圧としてぶつける。
ゼールが俺や奴隷商達にやっていた事だ。
まだゼール程の効果は無いが、見得切りくらいにはなるはずだ。
何より、ルコンに手を出そうとした事には本心で怒っている。
どうせ既に周囲から目を付けられているなら、ここでコイツをギャフンと言わせ、誰も手出し出来ないくらいの実力を誇示すればいい。
見たところ、コイツは確かに強い。
並のAランク冒険者以上ってのも伊達では無さそうだ。
ハルシィ……いや、レギンよりも……?
「面白い……実に面白い……! 凡人土に来て三年、実力はあるが頭の硬い生徒会連中以外にこうも俺様を楽しませてくれるとは!」
上半身の服を破り捨てながら、レオドロンが全身の魔力を高める。
その威容は文字通り、四本腕のライオン。
筋骨隆々な肉体に、分厚い毛皮。
下手な攻撃は通りそうにもない。
「ライル君、準備はいいかね?」
不意に、横から聞き覚えのある声が呼びかけてくる。
声の主は、入学試験での担当官として世話になったシュラウド・バーチテウス先生。
「シュラウド先生? どうしてこちらへ?」
「生徒同士、双方同意の元行われる決闘には、万が一の事も見据えて教師が審判として付くんだよ。
施設の使用許可もいるしな」
なるほど、てかコイツ、そこら辺はちゃんと申請したってことか。
見た目に反して何というか……
「教師よ! もう良いであろう!?」
「う、うむ……敗北を認めるか、意識が途切れた時点で決着とする! また、危険と判断すればこちらから制止をかけるので従うように!
従わぬ場合には、国法に基づいた刑罰が科される!
両者、いいかね!?」
「構いません。先生は離れて下さい」
「さあ、楽しもうぞッ!!」
「始めッ!!」
合図と同時に、四本腕が覆うようにして襲いかかる。
――――
「ご機嫌よう」
「? ご、ご機嫌よう!」
「あら? フフ、これはご丁寧に……はじめまして、私はレイノーサと申します。
ルコンさん、でお間違い無いでしょうか?」
「は、はい。えっと、何か?」
もうすぐお兄ちゃんの戦いが始まるって時に、一体何でしょう?
それにしても、この人……すっごい綺麗です……お人形みたい……
銀の長い髪が輝いてて、所作もロデナスの王城で見たメイドさん達以上に洗練されてます。
「フフフ、急にごめんなさい。私、是非ともアナタ方ご兄妹とお友達になりたくて、お声がけさせて頂いたのです」
「私達と……?」
「えぇ。お兄様のライル・ガースレイさん。そしてルコンさん、貴方と」
わわわっ、いきなりお友達に!?
でもでも、お兄ちゃんはいっぱいお友達を作れって言ってましたし……これはチャンスなのです!
「喜んで! 仲良くして下さい、レイノーサさん!」
「まあ、嬉しい! それと、私のことはどうぞ『レイサ』とお呼び下さい。仲の良い方々は皆様そう呼んでくださいますの。
ではよろしければ、この後お兄様もご一緒にお茶でも――」
「お嬢様。午後は……」
うわっ、びっくりしました!
急にレイサさんの後ろから大っきなお爺さんが出てきました……
シュラウド先生みたいにピシッとした人で、お爺さんとは思えないくらい迫力があります……
燕尾服って言うんでしたっけ? ロデナスのお城で男の人が着てたのを、お兄ちゃんがそう呼んでました。
それにしてもこの人……
「あら、そうでしたわね。ごめんなさい、ルコンさん。私としたことが、早とちりしてしまいました」
「いえ、またいつでも誘って下さい!
それで、そちらの人は……?」
「失礼、そういえばご紹介していませんでしたね。
こちら、執事のセバスチャンですわ。
私は身体が弱く、彼が身の回りの世話を焼いてくれてますの」
「お初にお目にかかります、ルコン様。
セバスチャンと申します。どうぞお気軽に、セバスとお呼び下さい」
「は、はじめまして。ルコンです」
むぅ、これがダンディってことですか……お兄ちゃんとは違ったカッコよさです。
「お嬢様、ルコン様。どうやらそろそろ――」
ガッ! ゴガガッ!!
「――まあっ! なんて荒々しい!」
「お嬢様、あまり身を乗り出さぬよう」
あっ! 始まっちゃいました!
んん~……あのレオドロンって人、やっぱりかなり強いかもです。
でもでも――
「ねぇセバス。私にはちっとも追いつけないのだけれど、一体どうなっているの?」
「レオドロン様が四本腕を絶え間なく振るい、ライル様がコレをいなす。
一撃でもまともに当たれば大ダメージは必至ですが、驚くべきはライル様ですな」
「あら、どうして?」
「フッフッフ! お兄ちゃんはなんと! あの連撃を捌きながら合間で攻撃しているのです!」
「まぁ! ――それは凄いことなのかしら?」
「無論でございます。レオドロン様の連撃は、並の実力者であれば数秒と保たず耐えられぬものです。
それを的確に捌き続け、合間に攻撃を挟む。
あの歳でこれほどの近接攻防術は、そうそうお目にかかれませぬ」
そうです、そうなのです!
お兄ちゃんは凄いのです!
このロディアスでの二年、血が滲むような努力をしてきたお兄ちゃんを、ルコンは誰よりも近くで見てきました。
先生以外にもたくさんの人に教えてもらって、教えてもらったことはどんどん吸収して。
グウェスさんやサラさん、ナーロ村の皆を失ったからこそ、もう二度と大事なモノを失わないで済むようにって、お兄ちゃんは強くなったんです!
「やっちゃってください、お兄ちゃん!」
――――
何故だ! 何故当たらぬッ!?
何故俺様の方が押されているッ!?
間に挟まれる一撃一撃が、確実に俺様の体力を削っていきよる!
「――ッ! ウゥゥルアァァァァッ!!」
もっとだ! もっと速く! もっと重く!!
路傍の石から、少しは楽しませてくれる犬コロ程度に改めた認識が。
蓋を開ければどうだ、俺様を脅かす敵そのものではないか。
ならぬ、断じてならぬッ!!
俺様に敗北などッ!!
「ずあァッ!」
「ッ!?」
捉えたぞ、半魔よ!
俺様の武器はこの腕だけでは無いと知れ!
――――
「ッ!?」
しまった、腕を掴まれた!
何、を――
目の前には大きく口を開けたレオドロン。
その大きさは俺の頭など優に飲め込める程で、内にはいくつもの鋭利で巨大な牙が並ぶ。
殺すつもりは無いということか、噛みついてきたのは頭ではなく左肩。
しかし、その勢いは肩口から腕にかけてを食い千切らんとせんばかりだ。
「ふぅ……しょうがないか」
その呟きは、俺自身無意識にこぼしたものだった。
本当に、使うつもりは無かったんだから。
「ガッ!? な、なぜ……俺様の牙が通らん!?」
「悪いな。もう牙も拳も、俺には届かない」
暴狂魔鎧。
通常の暴狂魔よりも数段出力を上げ、その魔力を全身から半径五センチ内に留め続ける。
この二年で新たに磨き上げた、超圧縮された魔力の鎧。
ただし、欠点もある。
一つ、めちゃくちゃ疲れる。
使いたくない理由の八割はこれだ。
二つ、暴狂魔鎧を展開中は魔術が使えない。
体の周りに魔力を留めるのに精一杯で、魔術に割ける余裕など無いのだ。
しかし、その欠点を補って余りあるだけの身体強化こそが、コイツの真骨頂だ。
「フッ!」
「ぼはっ!?」
悪いけど、さっさと終わらせるぞ! マジで疲れるからな!
「れ、レオドロンさんが……!?」
「膝蹴り一発で、浮いた!?」
「なんだあの半魔!? バケモンかよ!」
「お、おい見ろ! あいつもう上にいるぞ!」
まずは傲慢なそのプライドから打ち砕いてやる。
「怒り狂う――」
「この……! 俺様があアァァァァ!!」
加減はしてやる、おねんねしてろ!
「鉄槌ッ!!」
一撃一閃。
右拳を撃ち込まれたレオドロンの体は猛スピードで地上へと帰還し、激突の衝撃で小さなクレーターを作る。
遅れて着地し、念の為死んでないかを恐る恐る確認するが……
「意識は……無いな。お見事だ、ライル君。
オホンッ――勝負ありッ!!
勝者、ライル・ガースレイッ!!」
ウオオオォ!! と湧き上がる歓声に試験場が揺れる。
観客席からはルコンが嬉しそうに手を降っているのが見える。
ん? 隣にえらい美人がいるな。
しかもあの執事……
「さて、ライル君。入学そうそう大変だったな。
後の始末は私に任せて、今日はもうゆっくり休みなさい。見たところ、あの技は君自身にも相当な負担を強いるようだ」
「そうですね……それでは、お言葉に甘えさせて頂きます。失礼します、シュラウド先生」
微笑むシュラウドを背に、観客席から外へと続く廊下へ。
すぐさまルコンが駆け寄ってきて、労いの言葉をこれでもかとかけてくれる。
ただもう、疲れた……
さっさと帰って、今日は寝させてくれ――
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