第五十一話 「ままならぬ初日」
アトラ王国王都アトランティア魔術学校、通称アトラ魔術学校。
王都アトランティア内に存在し、一つの街程もある大きさを誇り、在籍生徒数はおよそ一万人。
その実態は現世での大学に近似しており、入学資格は特に無く、年齢は八歳以上であれば上限は無く入学可能と非常に幅広い。
学年は一から五年生まで存在し、卒業試験に合格すれば晴れて卒業となる。
卒業後も院生として在籍する者も一定数おり、そこから教師や学者として転身する者もいるとか。
クラスというものも存在せず、生徒は学期ごとに自身で受ける授業を選択して受講する。
また、定期試験や任意で受ける実技試験等に合格すれば、学年の枠を超えた授業を受けることも可能だとか。
そんな学校に入学した俺とルコンなのだが……
「ムッスーーーー……」
「も〜しょうがないじゃないか。寮に入らないと無駄にお金がかかるだろ? それに、ルコンだって友達作るチャンスだよ?」
「そう、ですけど……でも……」
入学試験から一日後、俺達は晴れて特待生として入学することになった訳だが、ルコンのご機嫌は斜めどころか真下だ。
理由は、寮への入寮。
アト学(面倒臭いので略して呼ぶことにした)は寮制度を導入しており、基本的には入寮を推奨している。
一部の生徒は学校外から直接通う者もいるが、大多数は寮に属している。
寮は男女別棟、および人魔混合。
男女それぞれ十棟近く存在し、一般生徒は基本二人一部屋らしい。
らしいというのは、俺達特待生は一人部屋を与えられるから。おまけに寮費は全額免除。
勿論、男女別棟だ。
ルコンはそこに納得いってないらしい。
「別々のお部屋になるくらいなら、ルコンが稼ぐから街に部屋を借りればいいじゃないですか……」
「そんな暇は無いだろ? 俺はルコンに、学校生活を楽しんで欲しいんだよ」
「むうぅぅぅ〜〜……」
んー、こりゃ重症か。
さて、どうしたものか。
「ほら、さっさと部屋に荷物置いてこよう。
制服にも着替えないとだろ?」
「……分かりました」
トボトボと向かいの女子棟へと歩いていくルコン。
俺だって可愛い娘的な妹と離れ離れになるのはひっじょ〜に心苦しいが、これもルコンのためだ。
多感で将来の人格形成に重大な影響を与える女の子の思春期。
兄として、ここはぐっと堪えなくてはならないのだ。
それはそうと、俺も部屋に荷物を置いて制服に着替えなくては。
「えーっと、俺の部屋は……ここか?」
『202』と部屋番が掲げられた木製の扉を開けると、そこにはおよそ1Kの間取りを擁する部屋が。
程よくゆったりとした空間にベッドとソファが一つずつ。
小さな丸テーブルに椅子が二つ、ベランダまである。
なにより、ユニットバスではなく三点セパレートなのが最高だ。
これが特待生部屋……! 並の宿よりはよっぽど良いぞ!?
提供された部屋に満足しつつ、少ない荷物を置き、渡された制服を着用する。
黒をベースにした学ラン風の制服には、紫のラインやポイントが入っている。
ん? 校内で見た他の制服は赤や青のラインだったはず。
あぁ、そうか。半魔だからか。
半魔も既に社会的地位を取り戻しつつある。
そのため、こうして制服にも半魔を識別するためのカラーリングがなされているんだろう。
なんだかむず痒いな……
龍伐から約三年、ロデナスで行った俺の拙い演説と半魔の露呈を皮切りに、凡人土での半魔の人権は回復しつつある。
自身の功績なんて言うつもりはないが、世間ではそう認知され、龍伐のメンバー達も『龍殺し』の異名は箔付けの為にと俺に譲ってくれている。
アトラでの門番しかり、この制服しかり、半魔の存在が公に認められていっているこの現状が、嬉しくてたまらないのだ。
おっと、感傷に浸っている場合ではないな。
とっとと着替えてルコンと合流しなくては。
うーん、でも、ちょっとは着崩したいな……
ボタンは留めないでいいか。
特待生だしね、ちょっとくらいカッコつけてもいいだろう。
寮から出てルコンを待つ間にも、行き交う生徒達から奇異の視線が投げられる。
「なあ、アレ……」
「半魔だろ? 関わらない方がいいぞ」
「半魔が特待生、ねぇ……」
ヒソヒソと陰口チックな言葉も聞こえるが、気にはしない。
元より覚悟の上、というかこの程度で済んでいるならマシだろう。
グウェスから聞いていた半魔への迫害からすれば、現状など可愛いものだ。
「――ちゃん!」
「ッ!? ルコン?」
「もう! やっと気づいたんですか!?」
天使がいた。
男子が学ランならば、女子は黒のセーラー服。
赤のラインやポイントが入ったいかした見た目とは裏腹に、膝上スカートと胸元のリボンが愛らしさを演出している。
何より、着ている素材が良い。
美しく光を放つような金髪は黒地に映え、モフモフの尻尾と耳はより一層愛らしく見える。
普段は踊り子の様な、着物をアレンジした特有の衣装であったが、これはこれで良い……
「わっ、お兄ちゃん!?」
「可愛いぞ〜ルコン。良く似合ってる。ホント」
「へ? かわ、いい……? え、えへへへ……」
気付けば無意識のうちに頭を撫でてしまっていたが、どうやら機嫌を回復出来たようだ。
ルコンとも合流出来たことだし、一旦学校中を歩いて見て回るか。
今日から数日は自由に過ごして、受講内容を決めるようにと学校側から通達されている。
「ルコンは受講内容決めたか?」
「お兄ちゃんと一緒のにします!」
「こーら、それはダメだって言っただろ?
ちゃんと自分の為になるモノを選びなさい。そりゃあ、何個か被るのはしょうがないとしてもな」
「むぅ……」
んーー、お兄ちゃんっ子になったのは嬉しいけど……
どうにかしてひとり立ちしてもらわなくては、将来が不安だ。
まずは友達作りが優先かもな。
「ちなみに、お兄ちゃんはもう決めたぞ」
「えっ!? 何にするんですか?」
「秘密。言ったらルコンも真似しちゃうだろ?」
「し、しません! 一個だけ! 一個だけでも教えて下さい!」
「ダメ。お兄ちゃんは心を鬼にすると誓ったんだ」
すまん、ルコンよ。恨むなら恨んでもいいぞ……
「ふ、ふぐぅ……うぅっ……」
「えっ」
「うぅっ……ぐすっ……ぐす」
「あ、えっと、ごめん! ごめんって! ほら、教えるから! ね?」
「ホントですか!!??」
やられた。
いつからそんな悪い子になったんだ。
「――――だよ。さっきも言ったけど……」
「分かってます。自分で考えて決めます。でもでも、何個かはルコンも受けてみたいって思いました」
「まぁ、分かってるならいいよ。頑張ろうな」
「はいっ!」
見事な泣き落としに引っかかり、受講内容を白状する羽目に。
俺が受講するつもりなのは主に戦闘に活かせる内容のものと、一般教養を中心にした座学。
アト学の授業内容は幅広く、基礎魔術学から各種元素魔術学、体術や武器術、魔獣生態学に魔石工学、歴史に算術、はては植物学や料理etc……
とにかく種類が多く、限られた時間で有益な学びを得るためにはしっかりと吟味しなくてはならない。
個人的に気になっているのは魔術全般と体術に歴史だ。
特に歴史は、この世界の成り立ちや人魔大戦の事、半魔が迫害されるに至った経緯を知るきっかけになるかもしれない。
数えでおよそ四十歳、ここにきて勉強に勤しめる幸福を噛み締められるとは、人生は正に奇なりってね。
「そうだ、地図をもらってるんだ。とりあえず最初は図書館にでも――」
「あっお兄ちゃ」
手元の地図に意識を落としたところで、前方から歩いて来た人にぶつかってしまう。
これは完全にこちらの不注意だ。
初日から揉め事は勘弁、大人しく謝って事なきを得よう。
「すみません、うっかりし」
「おい、俺様の道と知っての狼藉か?
半魔風情がノコノコと陽の下を歩きおって……」
謝罪の言葉を言い終える前に、胸ぐらを掴まれて宙吊りにされる。
最悪だ、よりによって俺様ジャイ◯ンみたいなヤツにぶつかってしまうなんて。
目の前の俺様はライオン顔に、二メートル以上の巨躯を持つ四本腕の魔族であった。
どう見てもドラ◯エの中ボスみたいな、間違い無く学生にいていい面じゃない。
「おい見ろよ、レオドロンさんに絡まれてるぞ」
「しかも半魔じゃない……可哀想、死んだわね……」
「レオドロンさんって魔王の息子なんだろ? こえー……」
待って、殺さないで。
しかもほら! やっぱり魔王とかそういうヤツじゃん!
なんてツイて無いんだ、なんとかして許してもらわないと……
「ちょっと、その手を離してください!」
「貴様……不遜だぞ?」
「ふそんとか知りません! お兄ちゃんを離してって言ってるんです!」
「ちょちょ、ルコン! 俺が余所見してただけだから! えっと、レオドロンさん、ですか?
本当に、申し訳ありませんでした! 入学初日なもので、どうか許して下さい!!」
「……フン。次からは気をつけよ。
貴様の様な薄汚い半血は、道の端に沿って歩くのが似合いだ」
「あ、アハハハ……そりゃどうも……ふぅ」
「――カッチーンときました……。許せません!」
「へっ? あっルコン!」
せっかく立ち去ってくれたレオドロンを追いかけるルコン。
もう嫌な予感しかしない。
胃が痛くなってきた。
「待って下さい! お兄ちゃんが優しくしてれば偉そうに! アナタもゴメンくらい言えないんですか!」
「……なんだと?」
「お兄ちゃんに謝ってって言ってるんです!
いきなり掴むなんて、危ないじゃないですか!」
「貴様、狐族か。ククク、そうかそうか……
俺様は食い物にはうるさくてな、狐族はまだ喰ったことが無いんだ」
一触即発、てかもうキレられてる。
マズイマズイ、これは本当にマズイ!
入学初日に喧嘩沙汰なんて勘弁してくれ!
事態を聞き及んでか、周囲には段々と人が集まってきている。
「ルコン、ルコン! 何やってるんだ! やめろ!
レオドロンさん、本当にすみません! 僕達は田舎から出てきたもので、こういった場での常識には疎くて……ほら、ルコンも謝って!」
「お兄ちゃんもペコペコし過ぎです!
なんでそんなに謝ってばかりなんですか!?
お兄ちゃんならこんな人、余裕でボコボコに出来るのに!」
「――――」
ルコーーーーーーン!!!!
見て! 青筋浮かべてピクついてるじゃない!
「面白い……薄汚い半血のそいつが、王たる血を引くこの俺様を倒せると?」
「楽勝です! あと、薄汚くありません! それも謝ってもらいますから!」
「クク、クククク……クァーハッハッハ!!
ここまで愉快にさせてくれたのは久しぶりだぞ! 狐族の女よ! どれ、先ずは貴様から――」
高笑いから一転、四本の腕が動きルコンを捉える。
だが、それは見過ごせない。
「妹の無礼は謝罪しますが、手を出すのは控えてもらいたいですね。ほら、ルコンも納めて」
「ふん、お兄ちゃんが止めなくたって自分で何とか出来ました!」
プンプン怒りながらも、迎撃の為に生み出した尾を引っ込めてくれる。
ルコンの言う通り、放っといても何とかなったのだろうが、兄として、家族として、妹に手を出されるのは看過出来ない。
多少手荒くとも、これ以上事が拗れようとも、俺が許さない。
「ほう……面白い、実に面白いぞ!!
俺様の腕を弾くか! 貴様、名はなんだ!?」
「ライル・ガースレイ、闘魔族と人族の半魔です」
「む? ライル、ガースレイ……そうか、そうかそうか! 貴様が『龍殺しの半魔』とやらか!
どうやら噂は眉唾では無い様だなぁ!!」
こんな俺様にも認知されてるのか。
思った以上に、俺の名前は独り歩きしてるのかもしれないな……
「明日の正午、第一試験場に来い。
俺様が手ずから葬ってやろう。来なければ……そうだな、そこの狐族が明日の食卓に並ぶ事になるだろうな」
「ハァ? てめぇ今ウチの可愛い妹をなんだってあぁん??」
「む、むぅ? なんだ、急に人が変わったように――」
「よーしいいぞ、明日の正午だな! 首洗って待ってやがれ!」
「待ってやがれ! です!」
「う、うむ……」
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「やらかしたあぁぁぁーーーー!!」
「何がです?」
何が? じゃないよ!
俺達の安寧な学園生活が……
これじゃあ完全に逆ギレ問題児兄妹じゃないか。
いかんな……何だかんだで妹可愛さにシスコンと化しているのは俺自身だ。
ルコンの心配をする前に、まずは自身の身の振り方を弁えなくては。
「でも、カッコ良かったです。やっぱりお兄ちゃんは堂々としてなくちゃ!」
「ん、……そうかな。ま、やっちまった以上は仕方無いよな。やるだけやってみるか!」
ドタバタのトラブルに見舞われた入学初日。
そして、さらなる問題の二日目が来る。
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