第四十九話 「新たな門出」
アトラ王国、王都アトランティア。
外観はロデナス同様、高く築かれた壁に囲まれており、街の様子を窺い知ることは出来ない。
はっきり分かることは、ロデナスよりも倍以上の大きさを誇るということか。
「よし、そこで止まってくれ。
ロデナスからのキャラバンか。一人ずつ身元の照会を行っていく。
行商連に加盟している者は、合わせて会員証も提示してくれ」
王都入り口にて、いつかのロデナス同様に門兵達による身元確認が行われる。
キャラバンには三十組ほどの行商が在籍しており、それらを護衛するための冒険者達も複数人同行している。
「さあ、君の番だ。君は、ほう……冒険者か。
どれ――Aランク!? なっ、十四歳で!?
え、こっちのお嬢ちゃんはB!? 十二歳ッ!?」
「あ、あはは……大丈夫ですか?」
「い、いや、失礼した。息子よりも若いのに高位の冒険者だったのでね、つい動揺してしまったよ。
だが、そうだね。名前を見れば納得だ……」
「名前、ですか?」
鱗の付いた、蜥蜴と人の中間の様な顔を持つ兵士は、冒険者証を嬉しそうに見つめながら言った。
「『ライル・ガースレイ』、龍殺しの半魔。
俺達半魔にとって、君は英雄みたいなものさ」
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「凄い……! ロデナスよりも、大きい……!!」
「ルコン、走り出して迷子にならないのよ?」
「なっ、ルコンはもうそんな子どもじゃありません! ほら、早く行きましょう!」
「まったく……少しは老体を労ってほしいものね」
「老体って……先生、全然老けませんよね」
「言ったでしょう、見た目だけよ。中身はもう老人に近いの」
ロデナスに滞在した二年という期間はあっという間に過ぎ去り、反面大きな成長を俺達にもたらしてくれた。
厳密に言えば、ロデナスからアトランティアまでの移動で約一年、合わせて三年なのだが。
ルコンは幼さが抜けてきた。
真面目かつ勤勉、好奇心旺盛で天真爛漫だった純粋っ子も、今は思春期真っ只中。
一人称である『ルコン』も、俺とゼールの前でしか使わなくなって、なんだか少し寂しい気持ちと、家族同然に過ごしてきた俺達に甘えているという現実の嬉しさで、心が板挟みになっている。
身長もそうだが、色々と大きくなってきたルコンに対して、俺は以前と同様の距離感で接していいのか時々分からなくなってしまう。
年頃の女の子って難しいね。
成長したルコンとは打って変わって、ゼールは変化が全く無い。
見た目も殆ど老けなければ、ローブや杖を新調することもない。
五十代ってこんなものだろうか? それともゼールだけ?
美魔女……恐るべし。
勿論、俺も成長している。
身長は伸び、既に170センチ近く、ほぼゼールと横並びだ。
筋肉量も増して、十四という若さにしてアスリートの様な体型になっている。
成長の早さに恵まれた体格、これもおそらくは闘魔族の血の影響だろう。
だが、一点。
額の角だけは変わっておらず、三センチ程の大きさのまま、グウェスの様に魔力感知も行えない。
成長すれば、なんて考えていたが、半魔としてのデメリットといった形で角は残ったのかもしれないな。
「先生、どっちが学校ですか!?」
「西に見える方よ。ほら、塔が二つ伸びているでしょう?」
先を歩く二人が見ているのは、旅の目的地。
アトラ王国、王都アトランティアに存在する、王都魔術学校。
その反対、東側には城があり、あちらはおそらくアトラの王城だろう。
どちらが学校かと聞くのも無理はない。
ロデナスにも魔術学校はあり、王都ロディアスに存在していたため、双方を区別するためにアトラ魔術学校、ロデナス魔術学校と呼称されている。
あそこが、俺とルコンが学ぶ場所。
今回の旅の終着点。
それは、もう一つ、ゼールとの別れも意味している。
「ルコン、先に行くとこがあるの忘れてないか?」
「もう、分かってます! お兄ちゃん、ルコンを甘く見ないで下さい!」
「はいはい、ごめんよ」
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「はい、ライル・ガースレイ様御本人と確認が取れましたので、これにて依頼は完了となります!
長旅、お疲れ様でした。こちらが成功報酬となります!」
ギルドで報酬を受け取り、一旦近くの宿へと移動する。
今日一日は、三人で過ごす最後の時間だ。
「でも、良かったですね。シベルディアさんが依頼期間の便宜を図ってくれて」
「私としては別に構わなかったのだけれど……」
「まあそう言わず。せっかく父さんと母さんが残してくれたんです。俺としても先生に受け取ってもらうのが一番ですよ」
「そう……ありがとう」
「こちらこそ、ここまで本当に、ありがとうございました」
「ルコンも、先生に会えて良かったです! ありがとうございました!」
「本当に……本当に大きくなったものね。
子どもの成長は早くて、いつも驚かされるわ」
「先生が驚いてるとこなんて、あんまり見たこと無いですけどね」
「ルコンもです」
「もう、この子達ったら……」
ここまでの旅の話、これから先の話。
様々な過去と未来を夢に見て、明日へ。
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「ここが――」
「えぇ、久しぶりに来たわね……アトラ王都魔術学校」
「凄い、街の中に街があるみたいです……」
ルコンの言う通り、そこは既に一つの街と呼んでも差し支えない程のものだった。
いくつもの校舎に広大な土地、文字通り城のような建物から伸びる二つの塔。
敷地内には多くの人が行き交っており、人族に魔族、老若男女大小様々な人で溢れている。
「さぁ、行きましょう」
「「はい!」」
巨大な門をくぐり抜け、敷地内を真っ直ぐに歩く。
時折こちらへと視線が投げられるが、すぐに逸らされて何事も無かったように去っていく。
「皆見てきますね」
「制服を着ていないからでしょうね。この時期に新入生、というのもあるでしょうけど」
ゼールの言う通り、学生と思しき者は皆制服を着用している。
黒をベースにした学ランのような制服に、赤または青色のラインや装飾が施されている。
中には大きく着崩したり、独自のアレンジを施している者も多々見受けられる。
自由な校風、といったところだろうか?
赤または青と言ったが、これはおそらく人族と魔族とで区別するためだろう。
赤が魔族、青が人族。
ロディアスでウルガドが持っていた認識石の発効色もそうだったな。
正面の校舎へと入り、ホテルのロビーさながらのエントランスで、事務員らしき人へとゼールが話しかける。
「あちらの二人の入学試験をお願いできるかしら?」
「はい、承知いたしました。
受験費用としてお一人様三剣紙になりますが、よろしいですか?」
「えぇ、はい」
「ちょ、先生! 学校関連の費用は自分達で払いますから!」
「気にしないで。私があなた達にしてあげられる最後の事なんだもの。むしろ、コレくらいは出させてちょうだい」
母親のような表情で喋るゼールの横顔は寂しそうで、でもどこか、嬉しそうで。
俺は一生、あの顔を忘れることはないだろう。
「試験は筆記試験と実技試験の二つです。
筆記はともかく、実技の方はお二人であれば問題なさそうですね。
ではご案内します、どうぞ」
「ごめんなさい、少し待って頂ける?
それじゃあ、私はここまでね」
「もう、行くんですか?」
「えぇ、後はあなた達で頑張りなさい」
「ううぅぅ〜〜……先生ェ!」
「あらあら、困ったわね……ルコン、ライルと二人で頑張ってね」
「また! また会えますか!?」
「えぇ、必ず」
「次会ったら、先生が驚くくらい成長してますから! 先生もお兄ちゃんも、みんなルコンが守れるくらいに強くなってますから!」
「フフ、楽しみにしてるわ」
「先生」
ルコンが言いたいことが一段落して、俺の番だ。
多くは語らない。
ただ、ここまで来れたこと。
ここまで強く成長出来たこと。
すべて、ゼールのお陰だから。
だから――
「先生、お元気で。今までありがとうございました。
いつかまた、会いましょう」
「あなたも、元気でね。ルコンと仲良くね」
抱擁を交わし、立ち去るゼールを見送る。
厳しくも優しく、慈愛に満ちた恩師であった。
多くを学び、多くを経験させてもらった。
彼女無くして、ここまで来ることは出来なかっただろう。
「必ず、また――」
いつか会う、その日まで。
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