第四十三話 「三つ巴、貫いて」
体長は群れのボスが通常個体の倍近くだったのに対し、その更に1.5倍、十メートルに迫ろうかという大きさ。
角も同様に更に大きく、返り血がこびり付いてところどころが赤黒く変色している。
体毛は灰を被ったような燻った白色、瞳は横長に大きく伸びて、見る者全てを恐怖させる様な威圧感を放っている。
山の化身、いや、山の悪魔。
山羊は現世でもしばしば悪魔に例えられる。
その理由が、今分かった気がした。
「助けてくれたって訳じゃない、よな……」
「タイミングを考えればこの上なく有り難いが、おそらくはリベンジマッチ。
ヤツの横腹を見ろ」
言われて見ると、横腹は大きく横に裂かれ血が溢れ落ちている。
致命傷とまではいかないまでも、間違いなく安静にしておかなければいけない傷だ。
龍にも生傷が見られる事から痛み分けに終わっていたであろうが、俺達が戦っている状況を利用しに来たのか?
「ライル君はゼール殿を連れてシーリアの元へ行ってくれ。
俺達は一旦様子見だ。サンガクも来た以上、安易に懐に飛び込まないようにしてくれ」
指示通りにゼールの元へ行って肩を貸す。
「先生、大丈夫ですか!?」
「ッ……ごめんなさい……」
目が虚ろで足取りもおぼつかない。
脳震盪の一種だろうか、とにかく一刻も早くシーリアに治療して貰わなくては。
ゼールを起こした瞬間、後方から凄まじい衝突音が響き渡る。
振り返ると、サンガクが角を突き立てて突進し、赤龍の巨体をどんどん後方へ押し込んでいっている。
倍以上は違う体躯でありながら、何という馬力。
戦線に残った面子も呆気にとられている。
いけない、今がチャンスだ。
「シーリアさん! 先生が頭に怪我をッ!」
「すぐに治療にあたります、こちらへ!」
布が敷かれた地面にゼールを下ろす。
「軽い脳震盪ですね。外傷は問題無く治りますが、意識がハッキリとするには時間がかかりそうです。
――――高位治癒」
詠唱と共に放たれた暖かな光に包まれ、傷はみるみるうちに消えていく。
俺も下級治癒魔術なら使えるが、あくまでも軽い切り傷や掠り傷なんかの応急処置レベル。
跡形も無く傷ごと消し去るこのような中級治癒魔術とは訳が違う。
「シーリアは条件さえ揃えば欠損した四肢でさえ再生可能だ。
ゼール殿は大丈夫だよ」
「四肢の再生まで……? 凄い……」
「戻るんだろう? 共に戦えず心苦しいが、どうか武運を」
「ありがとうございます、ドノアさん」
戦線に戻ろうと振り返ったところで、シーリアから呼び止められる。
「ライル君、待ってください! あの――」
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「すいません、戻りました!」
「戻ったか。
現在はサンガクが龍を抑え込む形だが、戦闘の規模が大きすぎて近寄れないのが正直なところだ」
『巨獣殺し』を撃ち込むチャンスに思われたが、踏み潰される脚が倍に増えたと考えればそのリスクは推して知るべしだろう。
サンガクは持ち前の馬力で龍に突進を繰り返して飛翔とブレスの隙を与えず、龍も尾と前足による薙ぎ払いで着実にダメージを与えている。
まるで怪獣大決戦だ。
「なんにせよ、見ているばかりにはいかないだろう」
「グウェスのダンナの言う通りだな」
「なっ!? 待てッ! このまま放っておけば奴らは互いに消耗してくれる!
俺達が危険を犯すのはその後で――」
言葉を遮るように、すぐ近くにサンガクの巨体が滑り込んで来る。
龍による薙ぎ払い、いよいよもってサンガクも体力が尽きかけている。
出血は勢いを増し、闘志こそ消えていないものの最初の勢いは薄れてきている。
「サンガクのやつもいつまで持つか分からねえ。
距離を取って様子見してるうちに、飛んで逃げられたら本末転倒だ」
「サンガクが動いて龍を抑えている今が最大の好機だ。
接近のリスクなら『巨獣殺し』を持つ俺が負う」
「でも父さん! それじゃあ……」
「ライル。これは、俺達じゃなきゃ駄目なんだろう?」
「――ッ! 分かったよ!!」
レギンとグウェスと共に駆ける。
目標は赤龍、その懐。
後ろから静止の声が聞こえるが、構ってられない。
接近する俺達を龍が睨みつける。
前足を思い切り叩きつけ、衝撃により舞い上げられた岩石が襲い来る。
大丈夫だ、当たらない、避けられる!
一際大きな岩がグウェス目掛けて飛来する。
「くッ!」
間一髪で転がり回避するものの、『巨獣殺し』がその場に落ちてしまう。
急いで拾おうと駆けつけるグウェスだが、俺達の切り札は悪魔によって打ち砕かれた。
巨木にも似た脚が落ちる。
一瞬にして駆け抜けていった蹄の跡には、無残にも砕かれた残骸のみ。
再び突進を開始した山羊の王による、無慈悲な通過。
王は足元の蟻など意に介さず、俺達など端から眼中には無かった。
「そん、な……」
「ッ、これじゃあよぉ……」
「……いや、まだだ」
誰もグウェスを責めることなど出来ない。
グウェスもまた、自身の責を咎めて動きを止めることなどない。
「まだ俺達の刃は残っている。
刃が無ければこの拳で、拳が折れれば歯で食らいつく。
それが、戦士だ。それが――闘魔だ」
重荷を失ったグウェスが猛スピードで駆け出す。
まだ戦える、まだ終わりではない。
そう言って身を投じる一人の戦士を、俺も一人で放って置く訳にはいかない。
「俺も、まだ戦える。
俺だって……闘魔の血が流れてるッ!!」
「――ハッ! よく言ったライ坊ッ!!」
グウェスに続け、畳み掛けろ。
既にグウェスは龍とサンガクとの間に割り込みながら、短剣を使って攻撃を加えている。
微々たるものであろうと、やらない意味など無い。
しかし、五分であった戦況は揺らぐ。
突如、大木がへし折れるような音と共に、サンガクの右角が地面に落ちる。
ビルの倒壊かのような衝撃と音、サンガクのうめき声が一帯に響く。
突進により酷使し続けた蓄積疲労と、龍による噛みつきが決め手であった。
サンガクはよろよろと後退し、バランス感覚を失った頭が左に傾いている。
龍が首を上げ、大きく口を開く。
マズイ、ブレスか!?
いや、違う、息を吸っている――
ハッとなり、龍の周囲を見渡す。
ここは窪地の外縁付近、中心地とは違い、少量ではあるが魔素がある。
『不自然な程の魔素の僅少、魔素喰いかしら』
『魔素喰い?』
『一部の魔獣が持つ体質よ。
文字通り、周囲の魔素を喰らい己の魔力へと変換する特殊体質。
赤龍がこの体質の持ち主だとしたら、相当厄介ね』
この窪地に来てすぐの会話を思い出す。
やはりコイツ、魔素を喰ってやがる!?
魔素を喰って己の魔力へと変換する、ならば次に来るのは間違い無く――
「そう何度もやらせるかよぉッ!!」
レギンが風飛びの靴を使って宙へと跳び上がる。
槍を肩口に担ぎ、左手は伸ばして照準の役割を果たす。
「鎧通し――」
右手から槍へ、魔力が流し込まれる。
槍の使い方は突く、薙ぐ、斬る、以外にも古来から伝わる使用法がある。
それは立派な戦術として普及し、現世ではスポーツにもなっている。
「飛槍ッ!!」
投擲。
音を裂いて飛ぶ超速の槍が、レーザービームの如く龍の右目を穿つ。
血が吹きだし、龍の咆哮が響き渡る。
「行けッ!!」
視線は返さない。
一秒たりとも無駄には出来ない。
「ぬぅううアァァァァ!!」
グウェスが首元の鱗を短剣で削ぎ落とす。
大きく開かれた薄ピンクの肉を、わかりやすく提示してくれる。
「やれ、ライルッ!!」
俺の接近に、正しくは俺の持つ黒角の杖に反応したのか。
龍が首をしならせ噛みつきを行おうとする。
ズガッッ!!!!
山羊の王、死すまで倒れず。
サンガクの突進により大きく体勢を崩した龍の首元、グウェスとレギンが切り開いてくれた最大の好機!
懐から瓶を取り出す。
それは、先刻シーリアから渡された魔素瓶。
戦闘に参加できない自分ではなく、俺や他の皆に役立てて欲しいと。
使い所は今、ここしかない!
手の中で瓶を握り潰す。
ガラス片が突き刺さったが、痛みなど感じない、感じている暇など無い。
「風槍」
杖に暴風の槍を纏わせて、貫徹力を限界まで引き上げる。
もちろん、これで刺したところで致命傷にはなりえない。
だが、必殺の一撃たる手本は知っている。
材料は目の前にある!
「でぁあアアァァァァッ!!」
深々と、杖が埋まり切る程深く突き刺す。
肉を抉る感触、まだだ、まだ届いてない!!
――――有った!
「散々喰ったんだろッ!? 使わせてもらうぞッ!!」
杖に今一度魔力を流し込む。
ありったけを!
ここまで募らせた、築いた、培った、力の全てを!!
「暴風太刀ッ!!」
龍の内で、暴風が突き抜ける。
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