最終話 「笑って進む」
「先生……今までありがとうございました。これ、勝手ですけど貰います」
呟くリメリアの手には本物の『四元の杖』が握られていた。
ゼールの死の翌日、ゼールの遺体はテオール家の管理する墓地の隅にひっそりと埋葬された。
勝手ではあるが俺とルコンとリメリア、残された最後の教え子たちの総意だ。
ゼールはきっと目立つことを望まない。
もしかしたら『墓なんていらない』なんて言うかもしれない。
あの後俺達は未だ混乱する街へと戻り、鴉族の残党処理に追われた。
主人を失ってなお暴れる者、目的を失い呆然とする者。
また、魔石を掴まされた子どもたちは効力が失われた束縛の紋が薄れていくのを不思議そうに見つめていた。
そんな者達を、テオール家の従者や衛兵達と共に制圧に努めた。
月が昇る頃には事態も収束し、今回の事件は一旦の終息を迎えた。
捕らえた鴉族、ムロウや双子達はアトラ王国へ引き渡す予定だ。
ムロウや双子達は父親であるコルニクスの死を悟ると途端に無気力になり、こちらの言うことに頷くばかりだった。
それだけコルニクスからの縛りが強かったんだろうな……最後まで歪な家族愛に縛られた奴らに、多少同情してしまう。
カルヴィスは右腕を失ったものの命に別状は無く、マーサ達の活躍により屋敷も無事に守られた。
領民の被害が少なく済んだのも衛兵達のお陰だ。
だが同時に、その原因を持ち込んだのはコルニクスと手を組んだカルヴィス自身に他ならない。
『私が犯した罪の償いを……これからのサントールのためにも、私は出頭して全てを話そう』
そう言ってカルヴィスもムロウ達と共に王都へ送還されることを選んだ。
テオール家の当主には長女であるリメリア――ではなく、その妹であるまだ十二歳のセシリアが就いた。
これは彼女なりのリメリアを気遣っての就任であり、リメリア自身も複雑な表情でこれを受け入れていた。
翌日は街の復興作業と被害の確認に追われ、あっという間に一日が過ぎ去った。
そうしてさらに次の日には王都からの兵団が到着し、カルヴィスをはじめとした鴉族の残党達を連れて行ってしまった。
王都の動きが早いことに驚いたが、それだけ特級魔術の及ぼす影響は大きいということだろう。
そして、事態終息から三日目。
今俺たちは、ゼールの墓前にいる。
自身の杖と交換で、師から本物の『四元の杖』を引き継ぐリメリアを、ルコンと共に眺める。
「先生……もっといっぱい、お話したかったです……」
「泣くなルコン。先生は泣き顔なんて見たくない筈だ」
「ぐすっ……はいっ……!」
「――――よしっ。もう良いわよ。行きましょう!」
悲しみを振り払うように、リメリアは立ち上がって気丈に振る舞う。
今はそれがなによりの助けになってくれる。
実際のとこ、一番ダメージが大きいのはリメリアの筈だ。
敬愛し、目標とした師の足元にやっと指先がかかったところだったのに。
それでも、彼女は前を向く。
憧れの師に恥じない自分でいるために。
だから、俺も――――
「あぁ。帰ったらパーッと美味いものでも食べるか!」
「! ホントですか!?」
「何よ、太っ腹ね」
「こんな時だからこそ、だろ。三人で笑って、また歩こうぜ」
「えへへ! 楽しみです!」
「ふふっ、何よそれ」
「さぁ――行こう」
憧れた異世界は思っていた程の楽園ではなく。
いつだって前世と同じ、それ以上の不幸や不条理が襲って来る。
愛した家族も、恩人である師も亡くした。
それでも俺は、俺達は歩いて未来へ進む。
思いの外厳しかったこの世界で、笑って生きるために。
半魔転生―異世界は思いの外厳しく 完
後書きではお久しぶりです。
驚いた方も多いかと思います。
そう、今回のお話で「半魔転生」は最終話となります。
色々とお話したいこともありますが、それはひとまず次の挨拶で書かせて頂きます。




