第百二十二話 「王子の暗躍」
サントール近郊で発生した特級魔術の消滅から三時間後の、アトラ王国会議場。
二十人は囲んで座れる長机に、国王であるセイルバンをはじめとした重鎮達や王国騎士団長達、王子であるスタリオルに腹違いの妹であるレイノーサ。
さらには冒険者ギルドの長であるルギオン・バーゼンに、通信魔術で姿をホログラムのように投影したロデナス王国のダルド王までが揃っていた。
その場は年末にあった龍災時の緊急会議の時と同様に、張り詰めた空気に満たされていた。
「先刻観測された魔術反応は『特殊指定禁忌魔術』と推定されます。反応はおよそ二分程でしたが、過去に観測されている一級魔術のいずれにも該当しないことから、間違いは無いかと思われます」
会議の進行を預かる騎士団員が業務的に言葉を並べる。
しかし、機械的に進めようとする本人の言葉とは裏腹に、その顔には信じられないとまざまざと刻まれていた。
「サントール……テオール家の領地か。まさか……カルヴィスが?」
「王よ、お言葉ですがカルヴィス様にその様なお力は無いかと。若かりし頃こそ魔術の才に秀でたと伺いますが、特級はその次元ではありません」
「わかっておる……だがしかし、それでは誰が……?」
「考えてもキリがありませぬな。ひとまずは早急にサントールへ兵を派遣して調査するべきです」
国王であるセイルバンと騎士団員達が言葉を交わす中、ギルド長ルギオンは腕組みをして眉をひそめていた。
(特級魔術だと……? そんなもの、そもそも使用条件からして凡人土で整うものではない。
大量の魔力に大量の魔素。魔力はともかく、魔素が賄えん。だが――)
ルギオンには一つ心当たりがあった。
それは以前、信頼できるSランク冒険者であるオーレンバックをライル達と魔石鉱山の調査に向かわせた時のこと。
彼らが持ち帰った情報では、魔素を生み出すことも可能な魔石を鉱山ごと独占している者がいるとのことだった。
その内の一人として有力なのが、『邪智魔王』コルニクス。
確定した訳では無く、あくまでも可能性としてルギオンは考えていた。
その考えが間違いでは無かったと気づくのは、もう数日後になるが。
(考えすぎか……いや、オーレンのこともある。『邪智魔王』の線はともかく、間違い無く王国が一枚噛んでいるな……)
さらに懸念として、オーレンバックの音信不通があった。
数日前からオーレンバックは顔を見せないどころか、連絡も手紙の一つも寄越さない。
彼は魔石鉱山から帰還後は、魔石の輸出ルートを探るために一人で情報を集めていた。
そんな実力も備えた彼が、突如として行方をくらませたのだ。
もはやルギオンは、王国への懐疑心を捨てきれないでいた。
「――よし! ギルドからも先行して何人かを派遣しよう! 魔術に詳しい者を中心に募ってみよう」
「うむ。助かるぞ、ルギオン。報酬は国から出そう」
「ケッ、当たり前だ。それで、特級魔術を使った本人はどうする気なんだ?」
「目的も動機も、何も定かではないのでまだ何とも言えんが……これだけはハッキリしておる。
我が民が住む街の近郊で特級を使ったのだ。
これは紛れもない反逆、ひいてはアトラへの敵対行為である。
――タダでは捨ておかんわ」
セイルバンの瞳が怒りに燃える。
彼は元来、半魔共生には反対するなどの旧体制派の人間である。
ロデナス国王のダルドに押し切られる形で受け入れはしたものの、未だにそれが正しかったのかは分からないと考えている。
そんな彼だが、自国の民を想う気持ちは本物であった。
安寧に暮らす民を脅かす不届き者を、許してはおけぬと。
椅子の肘掛けに置かれた腕は微かに震えていた。
「まったく、アトラは問題だらけじゃな。年末の龍災に此度の特級魔術騒動。
龍への対策も考えておかんとのう?」
そんな怒りに震えるセイルバンに気づいてか気づかずか、ダルドが折を見て茶々を入れる。
それが狙ったものかはともかく、少なくともセイルバンの緊張は弛緩した様だった。
「からかうな、ダルド。ふむ……ひとまず、特級の件は騎士団とルギオンに一任する。
もうじき『奉闘祭』も控えている。これ以上問題を増やすわけにはいかん」
「おぉ、もうそんな時期だったかの?
永遠の和平を願い、憎しみの無い互いを尊重した武の祭典。人魔入り乱れて、三年に一度行われる闘争の祭り……てっきり今回は見送るものだと思っておったわ」
「国を挙げての行事を怠れば民からの不信も募る。
ここは強行してでも揺るがぬ姿勢を見せねばなるまい」
王として、国としてのあり方を示さんとするセイルバンにダルドは内心で感心する。
突如として襲った未曾有の龍災。
伝説として語り継がれた魔術の顕現。
度重なるトラブルに見舞われようとも、揺るがぬ強さを示さんとセイルバンは息巻いている。
「父上、自分は失礼させてもらいます。奉闘祭の件を学校側でもまとめなければならぬので」
「う、うむ。よいぞ、さがりなさいスタリオル」
(お兄様……)
用事があると言う兄を、レイノーサは懐疑的に見つめる。
そうしてダルドの長男であり、時期国王としての呼び声高いスタリオルは会議室を後にする。
未だ室内では、今後の様々な対応を協議している中、廊下を歩くスタリオルは――
「お疲れ様でした、王子。いかがでしたか?」
廊下を歩くスタリオルに声をかけたのは、会議中に外で待機していた側近である。
眼鏡をかけ、ブロンドの長髪をポニーテールにまとめた十代後半の女は、慣れた様子でスタリオルの斜め後ろをついて歩く。
「コルニクスが先走った。横流しした魔石を使うだけでなく、よもや特級魔術など隠し持っていたとは……」
「特級、ですか……? 何かの間違いではなく?」
「詳しくはまだハッキリとせんが、間違いないだろう。サントールのカルヴィス公もこちら側に賛同の意を示していた。
コルニクスと手を組むのも道理だが……ならば何故、わざわざサントールで特級を……よもや血迷ったか?」
聞く者が聞けば耳を疑うであろう会話。
スタリオルはさも当然の様に、半魔共生の世を壊そうとしていたコルニクスとカルヴィスは仲間だと口にした。
「コルニクス様の処遇はいかがなさいますか?」
「いや、必要無いだろうな」
「と、言いますと?」
「特級魔術は完全顕現前に消滅したようだ。つまり、失敗したか術者が死んだということだ。
コルニクスの性格上、特級をむざむざ諦めるような奴でもあるまい。外敵に機会を潰されたと考えるほうが妥当だろう」
「なるほど……つまり、もう生きてはいない可能性もあるということですね?」
「恐らくはな。仮に生きていたところで、あの様な欲に塗れた魔族風情、いずれ消えてもらうつもりでいたのだ。むしろここで消えてくれるのは好都合だ」
同盟関係にあったコルニクスを、スタリオルは内心では快く思っていなかった。
高慢で自己中心的で、いつでも己の欲のために刹那的快楽を求めて生きている『邪智魔王』。
スタリオルは初めから、利用価値がある間は利用して、不要になれば始末するつもりでいた。
むしろこの展開は都合が良い。
強力な駒こそ減ったが、代わりにコルニクスはあるモノを残して去った。
それこそ――――
「これで、雑種を間引くことが出来そうだ」
スタリオルは傍らの女から受け取った注射器を、手の中で転がしながら呟いた。
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