第百二十話 「究一に至る」
特殊指定禁忌級魔術、通称『特級魔術』。
魔術世界において一級を超える伝説として君臨しながらも、古よりそれらにまつわる情報の一切を秘匿されてきた魔術。
それらの詳細を知るものはロデナスとアトラの現王家関係者の極一部とアトラ魔術学校の学長、そして大陸の各地に散った古文書や石碑等のみである。
『全一』として名を馳せるゼールでさえ、その一切を知らない。
何故、特級魔術についての情報は秘されているのか。
その理由はただ一つ、余りにも危険すぎるため。
ひとたび術を放てば周囲の地形は変わり、周辺の生態系にすら影響を及ぼす程の威力を誇る。
使う者が悪用すれば国は傾き、世界の情勢すらも揺るがすとされるその特級魔術を。
恐らくは最も手にしてはならない魔王が、今――――
――――
「ふ、フハハハハハハッ!! なんという……なんということか!! これ程までの力とは……!
素晴らしいぞ――特級魔術!!」
コルニクスは今、己が生成を続けている大嵐の中心にてその力に酔いしれていた。
部下たちが現在進行系で嵐の中心、コルニクスの浮かぶ足元の地面で魔石を砕き魔素を供給し続ける中、コルニクスはこれから消え去る眼前の街や人間達を見下ろして愉悦に浸っていた。
特級魔術を使用するための条件は主に三つ。
一つ、『名』を知ること。魔術名を知らねばこの世界では魔術を扱うことは出来ず、知っているからと詠唱を省略することも不可能だからである。
一つ、膨大な魔素。特級魔術の行使に必要な魔素量は一級以下の魔術の比では無く、一級魔術十回相当の魔素が必要となる。
一つ、極めて高い魔術適性(魔力量や魔力操作技術)。魔力量が必要なのは勿論、秘されてきた不出の魔術をなぞり書き出す魔力操作技術は絶対不可欠である。
コルニクスは以上全ての条件を満たしていた。
『名』はかつての主である『魔人王』の根城の一つであった遺跡を訪れた際に、偶然発見した地下の石碑で。
膨大な魔素は魔石鉱山で手に入れた大量の魔石を砕くことによって。
そして魔術適性は、元来コルニクスが備えている素質により既に満たされていた。
あと少し、あと少しで魔術の完全生成が成されるというところで、コルニクスの眼下に一団の異物が映る。
それは今回の事態の原因とも言える忌まわしき一行。
半魔共生の立役者ライル・ガースレイを筆頭とした狐族のルコン、開花した才能のリメリア、そして因縁深い『全一』ゼール・アウスロッド。
コルニクスの口角が吊り上がる。
忌々しいと同時に、伝説の特級魔術を己が行使し邪魔者を一掃できる一石二鳥の好機に心が躍る。
「いまさら来たところでもう遅いッ!
貴様ら全員、その命をもって我輩の糧となれぃッ!!
風性特級魔術――『破界嵐』ッ!!」
全てを呑み込む荒れ狂う嵐が、顕現する。
――――
数分前。
ライルとルコンがそれぞれ、ゼールとリメリアを担いでコルニクスの元へと向かう中のこと。
「先生、どうやってアレを止める気ですか?」
「……恐らくアレはまだ完成していない。だからこそ、完成しきる前に正面から強力な魔術をぶつけて瓦解させる」
「そんなこと出来るんですか!? 流石先生です!」
「ルコン早とちりしすぎ! 先生! 私も一級を使えるようになったから分かります……アレは無理です! いくら先生だからって……一級魔術じゃあの特級を止められない!」
リメリアの言っていることは正しかった。
それは一級を間近で見てきたライルも、ゼール本人もよくわかっていた。
その上で、ゼールはなんとかすると言っている。
根拠の無い言葉。しかし、それを言ったゼールという人間をこの場にいた三人は絶対的に信用していた。
ゼール・アウスロッドはいつでも合理的に、間違いを犯さなかった。
だからきっと、と。
「……ここでいいわ、ライル」
コルニクスの生成する嵐までおよそ二百メートル程の位置で、ゼールは制止を促す。
倣うようにルコンも止まってリメリアを降ろし、三人はゼールの背中へと視線を集める。
「三人共、下がってなさい。これから、最期の授業を始めるわ」
「最期の……」
「授業……?」
「先生、何を言って……?」
「よく――見ておきなさい」
ゼールが杖を竜巻に向かって構える。
静かに、しかし激しく。
ゼールの内から魔力が沸き立つ。
三人は思わず身震いした。
今までのどんな時より、誰よりも、今この瞬間のゼールの魔力量は群を抜いていた。
全身全霊、全力全開のゼールの姿に、圧倒されてしまったのだ。
それに気づいてか気づかずか、竜巻は嵐へと形を変えて今まさに動き出そうとした。
同時に、ゼールの杖から超極大の魔弾が四つ放たれる。
狙いは嵐の根元付近。そこは魔石が砕かれたことにより、特級すらも行使可能にする程の膨大な魔素が生み出された一帯。
(何だ……? どこに向かって――いや、今さら何が出来るというのだゼールよ。『全一』と謳われた貴様も、最期の抵抗は虚しいものだ)
完全に勝ち誇ったコルニクスは嵐を進めようと正面を見据えた瞬間、目の前に映る光景に目を丸くした。
四つの魔弾は着弾後、形を成して魔術へと変性していた。
青黒い炎、氷像の銀鷲、空間を歪める刃、山脈を切り出した様な大刀。
「罪業の炎。氷襲鷲。空断裂。山峰太刀」
稀代の魔女は歌うように術を連ねる。
それぞれが一級に君臨する、最高峰の魔術。
それを、四種同時に。
過剰なまでの魔力を捻出するために、フル稼働する全身が弾けそうになる。
緻密や精巧等という言葉が陳腐に思えるほどの、次元離れの魔力操作技術を支える全神経が焼け切れそうになる。
しかし、ゼールはそれらを抱え込んだ上で。
表情を変えずに魔術へと集中する。
今この一瞬、この瞬間の為に。
「一級魔術の四種同時発動っ!? だが――無駄だァッ!! もはや一級等では止めようも無い!!
消し飛べえぇぇェェッッ!!」
四つの一級を正面から呑み込むように嵐が覆いかぶさる直前。
それぞれの魔術は一点に、嵐の正面へと集約する。
それは始めから狙っていたように、そもそもの狙いは嵐ではなかったように。
(なんだ? 向かってこない……?)
吹きすさぶ特級を前に、ゼールの手元が狂ったかと高を括ったコルニクス。
勝利を確信し、愉悦の笑みを浮かべる。
――――が、しかし。
「最期の授業よ、三人共。私の生涯を込めた、『全一』ゼール・アウスロッドという人間の全てを乗せた――最期の魔術」
それは、正しくは魔術とは呼べないものだった。
相反する属性魔術同士がぶつかり、反発し、混ざり、またぶつかって爆ぜる。
それらを瞬間的に繰り返し、圧縮し、そして解放される衝撃。
いうなれば魔術同士の拒絶反応に近い事象を、一級魔術という規模で強制的に引き起こしたもの。
ゼールは四つの属性魔術をそれぞれ均等な魔力量で同時に発動し、四つを完璧なタイミングで一点にぶつけた。
それによって起こったのは、全てを包むような眩い輝き。
「なんだッ!? なんだこれはッ!?」
視界が白く染まったと思うと、次の瞬間には赤青黃緑と四つの光が凄まじい熱を伴って爆ぜた。
全てを呑み込む嵐すらも正面から掻き消し、薙ぎ払い、粉砕する眩き破壊の極光。
「バカなッ!? 有り得ん! 有り得ん有り得ん有り得んッ!! 我輩の特級が――我輩のこれまでがッ!! 有りえ――」
「……名前を付けた方がカッコがつくんだったわね、ライル。そうね……なら――」
生まれ持った天賦の魔術の才。
それらを持ってしても、大事な者たちを守れず、全てを失ってきた。
どれだけ己を磨いても、『全一』と呼び称えられようと、何も守れなかった。
全てを一まで高めたところで、何一つも残らなかった。
そんなゼールが、これまでの全てを集約させて放つ極光。
全ての一を束ね、今、彼女は究極の一を生み出さん。
「究一光。なんてどうかしら?」
教え子達に見せた初めてのイタズラな笑みは、極光の輝きに照らされて――――
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