第百十九話 「迫る特級」
遠くで魔力の高鳴りを感じたと思ったら束の間、爆発的な衝突が伝わってきた。
この感じは過去に何度か肌で感じたことがある。
一級魔術の行使時に周囲に伝播する緊張感と圧。
「先生……? いや、二つ……まさか、リメリア……!?」
「ごふっ……他人の……心配か……僕はもう、眼中に……無いって……?」
思考を邪魔するように横合いから声が刺さる。
目線の先、正確に言うと先の地面にはボロ雑巾の様になったムロウが力なく伏している。
手足の骨は砕け、魔力も枯渇してもはや動くことすらままならないだろう。
「俺と君との戦いは終わった。黙って倒れてろ」
活魔剤とやらを打ったムロウは半魔としてのポテンシャルを強制的に引き出し、戦闘能力を大幅に増幅させた。
ただ、それだけだった。
確かに、ムロウは強くなった。
並のAランク冒険者では勝てない程度には。
けれど、俺がこれまで超えてきた壁はそんなものとは比にならない、強大な壁ばかりだった。
ナーロ村を焼いた赤龍、修行を付けてくれたイラルドやパルヴァス、学校で出会ったレオドロン、魔石鉱山で戦った元Sランクの蝙蝠兄弟。
そのどれと比べても、ムロウは矮小だった。
父であるコルニクスにいいように使われ、自身もそんな父に認めてもらおうと歪んだ愛情に飢えている。
なんて哀れなやつだと、同情にも近い気持ちすら抱いている自分がいる。
「僕はもう……用済みだ……父上もきっと、幻滅している……」
「…………」
哀れだからこそ。ならば。
「……殺してやろうか? どちらにしても、俺達を恨んで襲って来る以上は放置もしておけないしな」
「好きにしてよ……どうせ、僕には選べない……」
「チッ……そんなスナック感覚で殺しを選ばせるなよ……」
どうしたものか。
今の俺なら殺せる。
それは強がりでもなんでもなく、事実だ。
出来れば当然そんな手段は取りたくないが、ルコンやリメリア、俺の周囲のことまで考えたなら、既に『殺し』は自衛の手段に入ってしまっている。
しょうがない……やるか――
「――に――ん……!」
「ん?」
何か聞こえた。この声は……
「お兄ちゃ〜〜ん!」
「ルコン!」
ルコンの呼び声だった。
道の先、正しくは俺が進んできた道からルコンが手を振りながら歩いてきていた。
三本の状態で、追加の二本の尾にそれぞれウロウとサロウを簀巻きの様に抱えながら。
「に、兄さん達……!?」
「クソッ、ムロウまでやられたのかよ……」
「私たちもここまで、ですね……」
兄弟三人が揃い、それぞれが状況を理解して悪態をつきだす。
ルコンに捕らえられた二人は身体からドクドクと血を流し、顔色は態度と裏腹に気を失いそうなほど青白い。
「やったんだな、ルコン。でかしたぞ」
「えっへへへ……実はルコン、六本目まで出せるようになったんです!」
「えっ!?」
まじか!? ただでさえ五本のルコンは強いのに、更にもう一本だって?
ルコンの天才性に呆れると同時に、こりゃうかうか兄貴ヅラも続けられないなと思う。
「ところでこの人達、どうします……? 一応連れてきちゃったんですけど」
「…………殺そうかと思う」
俺の言葉に驚いたのはルコンだけだった。
双子達は覚悟の上なのだろう、表情を変えずに俺を睨みつけてくる。
「そ、それは……でも……」
「ルコン、こいつらはサントールの人達を殺し、子ども達を実験道具にして使い殺した。
そして、俺達の命まで狙ってきた。生かしておく理由の方が無いんだ」
「その半魔の言う通りだぜ。俺達は生きている限りお前らを狙う。
まぁそもそも、ここで負けた時点で俺達に次は無いんだがなぁ」
「なにを……――ッ!?」
ウロウの言葉の真意を尋ねるよりも先に、答えの方が先にやって来た。
全身を叩きつける様な魔力の圧。
空気が震え、大地が震える。
一級魔術とは比にならないほどの圧に、その場の全員が身震いする。
「おい……何だあれ……!?」
「お、お兄ちゃん……!」
「父上……僕達ごとこの街を……」
「けっ、そうなると思ってたぜ……」
「あれこそが父上の奥の手。特級魔術です」
街の外。俺達が目指していた丘の方角から、一本の竜巻が形成され空へと昇っていっている。
竜巻……いや、あの大きさは……なんだ!?
街一つすっぽり覆いそうな大きさはもはや嵐だ。
あんなものが街に直撃したら、サントールは文字通り消し飛んでしまう。
「止めないと……!」
「はい! 行きましょうお兄ちゃん!」
「おいおい! 無駄だぞ!? 見てわかんねえのか! 完全とは言わずとも、あそこまで形成された時点で間に合わねぇよ!」
「そうですよ、お二方。せいぜい遠くまで逃げることです」
逃げる? それこそ無駄なことだろう。
あの特級魔術が放たれれば逃げ場などどこにも有りはしない。
止めるなら今しかないのだ。
「……行くぞ、ルコン」
「でもお兄ちゃん……どうやってアレを止めるんです……!?」
「この先のリメリアと先生ならもしかしたら……魔術を止める手段があるかもしれない……とにかくまずは二人に合流しよう!」
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「せ、先生……あれ……」
「一難去ってまた一難、ね……」
荒れ狂い全てを飲み込む巨大な嵐の形成過程を呆然としながら見つめるリメリアとゼール。
リメリアの機転により束縛を解呪したのも束の間の出来事だった。
二人には確信があった。
アレは特級魔術であり、もはや今からどうこうして止められるモノではないと。
それでも、焦る心は何か手段は無いかとアレコレ模索し始める。
(妨害で掻き消す……無理! 距離も遠いし、そもそもあのレベルの魔術を掻き消すだけの魔弾なんて……)
「二人とも!」
「無事ですか!?」
「! ライル、ルコン!」
頭を抱えるリメリアとゼールの元へ、ライルとルコンが合流する。
「あれ? 先生、もう大丈夫なんですか?」
「えぇ、リメリアのおかげよ。貴方達もありがとう」
「先生、それよりもアレをなんとかしないと! 何か手段はありませんか?」
師へ仰ぐライルの言葉に応えようと、ゼールは暫しの間押し黙る。
そして。
「――――ある」
「え――嘘っ!?」
「流石先生! どうやって止めるんですか!?」
「ライル、ルコン。私とリメリアを抱えて限界まであそこに近づいてちょうだい。
そうしたら後は――私がアレを止めるわ」
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