第百十七話 「才気煥発」
『どうやったら先生みたいな魔術士になれますか?』
在りし日の、幼い少女は問うた。
まだ肩までしかない赤毛を無邪気に靡かせ、憧れの師と草原を歩く。
『そうね……はっきり言って、魔術士の将来性は才能が七割を占めるわ。つまり、努力や周りの環境が与える影響は残りの三割程。
だから貴方が努力して、どれだけ頑張っても。
私の様な魔術士にはなれないかもしれない』
『えっ……』
ゼールは相手が子どもであろうと容赦なく現実を突きつけた。
それは決して意地悪等では無く、この道が険しいものであると知ると同時に、自身へ憧れる子どもを認め難いがためであった。
ゼールが関わってきた子ども達はどのような形であれ、皆ゼールを置いてこの世を去った。
だからこそゼールは、自身を慕う子を意図して突き放す言い方を心がけていた。
『じゃあ私は……先生みたいになれないんですね……パパが言ってたのは、ホント、だった……んだ……うっ……ううぅぅぅ……!』
『はっ――! ま、待ちなさい。
それはあくまでも一般論であって、決してその通りとも言い切れないわ。貴方がちゃんと鍛錬を欠かさずに日々を積み上げれば、偉大な魔術士にだってなれるかもしれない』
『ホント……ですか?』
『貴方次第よ、リメリア』
『えへへっ! じゃあ私、すっごい頑張ります!
絶対先生に並ぶ……いや、先生も超える魔術士になってやるんですから!』
笑顔で駆けていく教え子を温かい目で見守り、空を見上げる。
雲一つない空は教え子の行き先を示すかの様に果てなく、どこまでも澄み渡って。
(私を超える……えぇ、そうね。貴方には、素晴らしい才能がある。私が、開くのを恐れる程に)
『フフッ、それは随分と良いことね……』
『先生ー? どうしたんですかー?』
『なんでもないわ、行きましょうか。今日は風性魔術の応用をしましょう』
『はいっ!』
(きっと貴方はどこまでも――)
――――
「「風撃弾!!」」
重なる詠唱、重なる魔術。
タイミングは同時、威力は互角。
何度も何度も同じ事を繰り返し、戦況は膠着したまま。
しかし、リメリアは決して今の状況を良しとしなかった。
何故なら、現状が意味することとは――
(先生と互角? 先生が私と互角!? そんな訳無いでしょ!)
憧れの師が自身と拮抗している。
それは許せないことであり、あり得ないことであった。
事実、ゼールとリメリアの実力は大きく乖離している。
現状はリメリアに合わせてゼールが動いているだけ。
そもそもゼールが束縛を介してコルニクスから受け取った命令は『邪魔者は殺せ』である。
それを忠実に実行するならば、リメリアはとっくに人としての形を失っている。
では何故、ゼールは束縛に抗えることが出来ているのか?
束縛の拘束力とは人間の脳に作用し、脳から神経へと下る電気信号を魔力でジャックすることにある。
よって、神経に作用した魔力によって肉体の主導権は一時的に奪われ、被支配者はこれに抗うことは不可能である。
しかし、ゼールは五十余年と培ってきた類稀な魔力操作によって自身の脳から神経にまで干渉し、完全とはいかずともコルニクスの支配から逃れていた。
それでも、コルニクスの障害となる邪魔者の排除という命令には抗いきれず。
ゼールはリメリアの殺害を避けるため、抑えに抑えた戦闘能力で戦わざるを得なかった。
それでなお、互角。
ゼールの底は、リメリアには既に知覚出来ないところにあった。
「もう十分でしょう。退きなさい、リメリア」
「ハァ、ハァッ……! 絶対……退きません!」
「――自信が無くなったのでしょう?」
「!?」
ゼールの一言は核心を突いていた。
コルニクスとの決闘を経て砕かれた自信。
改めて向かい合って思い知った壁の高さ。
以前から感じていた、自分自身の伸びしろ、才能の有無。
普段から演じていた師を真似た立ち振る舞い。
実力に釣り合わない大言壮語な夢。
全て、全てがいやになっていた。
「魔術の形成、具象化には魔力量や操作技術はもちろん、ハッキリとしたイメージが必要になるわ。
全てを焼き付くす炎、街を呑む濁流、岩山すら巻き上げる暴風、地を揺らす質量。
自信の無い者に強いイメージは浮かばない。
貴方がこれまでに一級に届かない理由はそこにある。
――この意味が分かる?」
「〜〜ッ!!」
悔しさに思わず歯噛みするも、ゼールに突きつけられたのは全て事実である。
そんなことはリメリアが一番わかっていた。
弱い自分のままでは超えられない壁。
一枚の大きな大きな壁が、自身の中に巣食っている。
いつからか直視出来なかった。
口に出すばかりで本当は向き合っていなかった目標。
「そんなの――」
どうすれば超えられる?
そんなことばかりを考える日々すら嫌になっていた。
「そんなの私が一番分かってますよッ!!」
「ならば超えてみせなさいッ!!」
初めて聞いたゼールの怒声にリメリアの肩が跳ねる。
そんな声を出すのかという驚きと、その言葉に滲む思いに気づき思わず立ちすくむ。
「今ここで超えられないというなら、待つのは死だけよ! 今までとは違う! 私の様な魔術士も、それを超えるなんてことも夢物語!
終わらせたくないならば見せてみなさいッ!!」
「せん、せい……」
ゼールが杖を真っ直ぐに突き出す。
魔力が杖の先に殺到し、徐々に炎が形作られていく。
黒と青が混じったような全てを焼き尽くす炎が。
リメリアはそれを知っている。
それこそ、彼女が憧れて止まない魔術の高み。
(もうコルニクスの魔力に逆らえない……! お願いリメリア……せめてこの場から――)
「……え……す」
微かにこぼれる吐息のようにか細い声。
ゼールにも、もしかしたら吐いたリメリア本人すら認識出来ないほど無意識で弱々しい音。
それは徐々に強く、ハッキリとした音になって。
「……ます……! こ……ます……!! ――超えますッ!!」
「リメリア――――えぇ、やってみせなさい」
リメリアが右手を差し出し、左手はそれを補助するように手首を掴む。
杖の補助は無くとも魔術は撃てる。
そもそも杖の役割は一種類の魔石を通すことによる魔術の強化と魔力の操作補助である。
ゼールが持つ『四元の杖』とリメリアの持つそのレプリカ。
両者はそれぞれ四種の魔石を埋め込むことにより全属性の魔術強化に対応しているが、それは裏を返せば魔術行使の度に適切な魔石だけを通る魔力操作技術が必要ということでもある。
つまり、今のリメリアの魔力操作技術は並大抵の魔術士のそれとは一線を画しており、一級の行使に必要な水準は十分に満たしている。
後は――
(超える! 超える! 超える! 今までの私を!
弱かった私を! ウジウジしたまま前に進めなかった、これまでの過去を!)
描くは大量の水。
書き出すは現実という枠のないキャンバス。
目の前の恩師が放とうとしている業火を打ち消す、必勝の魔術を。
「いくわよ――罪業の炎」
ゼールの杖から魔術が放たれる。
束縛に縛られてなお、限界まで圧縮し効果範囲を抑えた炎がリメリアへ迫る。
失敗すれば死は免れない極限状況下で、リメリアの全神経が右手から宙へと移る。
(今ここで――超えるッ!!)
「水龍咆哮ッ!!」
何も無い空間からダムの堰を切った様に膨大な水が噴出される。
それは、かつてギアサの街で行われたゼールとミルゲンの模擬戦の再現。
その時は大量の水をも蒸発せしめた黒蒼炎だが……
「やアァァァァァァァァァァッッ!!!!」
「〜〜ッ!!」
水の勢いは止まらない。
リメリアの雄叫びに呼応するように噴出され続ける水が、徐々に炎を押し込んでゼールへと迫る。
そして遂に――――
「――――そう……やったのね……」
「あ――私……私が……?」
一級魔術を発動したという事実を実感する間もなく、リメリアはゼールへと走り出す。
ゼールも教え子を迎え入れようと柔らかな笑みを作り、その裏で束縛へ抗いながら両手を伸ばす。
胸の内に飛び込んできたリメリアを抱きしめ、教え子の開花を喜び声をかけようとした時。
リメリアが全身に魔力を奔らせる。
それは先程の一級行使の際と同等、またはそれ以上の魔力量であった。
「リメリア――!? 貴方何を……!?」
「先生――堪えていて下さいね……!!」
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