第百十六話 「転狐六槍」
「僕達兄弟はね――半魔だよ」
そう告げた後、ムロウは注射器を自身の胸へと突き立てた。
半魔だと!? 馬鹿な、コイツら兄弟は魔王の実子の筈……いや、コルニクスと人間との子どもだからか!
今まで感じていた違和感の正体は!
おかしいと思っていた。
魔王の実子にしては弱く、不安定だった。
他の鴉族には有った翼が兄弟だけ何故か片翼だったり、ムロウに至ってはそもそも翼を持たないこと。
ヒントはあった筈なのに、魔王の子という事実が考えられる可能性からピントを外させていた。
「あ、アァ……アアァァァァッ!!」
「ッ、何だ……!? これは!?」
ムロウの肉体が内側から膨れ、みるみる内に筋骨隆々な肉体へと変じていく。
同時に魔力量も激増し、白髪も襟足の部分が長く伸びていく。
今打った注射の影響なのは間違いない。
だが中身はなんだ。
明らかに普通の変化じゃない。
さっき言っていた半魔という事実……まさか、半魔としての潜在能力を人為的に引き出すための薬物!?
「ハァッハァ……ハァ〜〜…………は、ハハッ、アハハハハハッ!! 凄い! 流石は父上だ!!
中途半端で出来損ないだった僕ですらここまでの力をッ!!」
「…………」
あぁ、胸糞悪い。
恐らくは愛情等無いであろう作為的な半魔の出産。
父親であるコルニクスの所業も、洗脳に近い教育を受けてきた上で父親に縋る子ども達も。
目の前に立つ、あらゆる嫌悪の事実を煮詰めた存在が。
「さあッ! ライル・ガースレイッ!! 君を殺して僕達兄弟こそが完璧な半魔だと父上に証明する!!
その後は世界だッ! 全ての半魔を根絶やしにして、僕達が、父上がこの世を統べるッ!!」
「もういいよ。話が通じないのは分かった。
――さっさと終わらせよう」
「やれるものなら――あがッ!?」
黙れ、喋るな。
もう動くな。止まれ、倒れろ。
時間が惜しい。早くルコンやリメリアを助けに行かないとならないんだ。
だから――
「暴狂魔鎧。せっかく調子が出たとこ悪いけど、何もやらせないぞ」
「この……! ライル・ガースレイーーッ!!」
――――
「どうしたどうしたぁ!? 今度は逃げてばっかじゃねぇか!?」
「いつまでも逃げられると思わないことです!」
「ッ!」
薄紅色の閃光が先程と同様に建物を跳ね回る。
違うのは、双子の様相と追い詰められているのはルコンの方ということ。
再び立ち上がった二人を前に、ルコンは継戦能力に長ける四本での戦いを強いられていた。
(何かを打ってから急に強さが変わったです! ルコンの攻撃も効きが悪いです……このままじゃ……!)
「もらったぁ!」
「ッ!? きゃうッ!?」
着地の瞬間をウロウの魔弾が捉える。
体勢を崩して地に落ちるルコンをサロウの拳が追撃する。
間一髪のところを転がりながら避け、素早く立ち上がるも、二対一という不利な状況がルコンを着実に追い詰めていく。
活魔剤を注入し半魔としてのポテンシャルを引き出した二人の実力は、ルコンの四本を上回るものであった。
当然ながらそんな二人を相手に四本のままで勝ち目などある訳も無く。
「仕方有りません……! 五本ッ!!」
奥の手である五本目を出すことは必然であった。
飛躍的に全ての能力値が上昇したルコンはまたも攻勢へと転じ、縦横無尽に駆け回る。
五本ならば二対一でも互角には戦え、尾の数も増えたことで手数も増している。
(一人ずつ倒します! それなら!)
「五窮閃火・連ッ!!」
五本の尾を砲塔に見立て、次々と魔弾を乱射していく。
一発一発の威力は低くとも、圧倒的な数による牽制は効果的である。
ルコンは尾を二対三の比率で撃ち分け、二人の分断を狙う。
「避けろよウロウッ!」
「チッ、分かってらぁ!」
それぞれ左右に走り出して弧を描く様にルコンへと迫る二人。
その距離が広場のちょうど対角線、最も開いた位置に到達した瞬間。
ルコンは魔弾の掃射を中断しウロウへと飛びかかる。
「ッ! このガキッ!」
「一人目! 貰いました!」
「――なんてな」
「ッ!? がッ!?」
ルコンの狙いは少なくとも有効であった。
孤立無援の戦闘の中、とっさに振り絞った知恵と機転。
並の相手であればここで一人目を落とし、一対一の状況を作ることが出来ただろう。
しかし、腐っても相手は魔王の実子であり活魔剤で強化された半魔。
加えてウロウとサロウの双子、彼らが最も得意とするものこそ――
「背中がガラ空きですよ! ウロウッ!」
「おうよ!」
とっさのコンビネーションこそ双子の真骨頂。
どちらかに飛びかかることを予想していた二人は、アイコンタクトだけですぐにお互いをカバー出来る動きを取っていた。
背中に魔弾の直撃を食らいよろつくルコン目掛け、二人は体を翻しながら片翼しか無い翼に魔力を込める。
外殻を大きく縁取って巨大化した翼は、さながらルコンの魔力強化された尾の様で――
「「サンドイッチだッッ!!」」
「〜〜がはッ……!!」
意趣返しの様に、翼を尾に見立てた圧殺攻撃にルコンの小さな身が挟まれる。
尾を使ってこじ開けようとするものの、万力の様に力を増しながら徐々に間隔は狭まっていく。
(足が着かない……! 踏ん張れません……!!)
「あう、うぐぐぐぐぅぅ……!!」
「無駄だッ! もう逃げられねぇぞ!」
「追いかけっこはおしまいです! ここですり潰れなさい!」
「あ、うああァァァァァァッ!!」
(力が……もう……お兄ちゃん、リメリアさん……ごめんなさい……)
尾が一本、また一本と消える。
それと同時に、圧力を増した翼は無慈悲に間隔を狭める。
狭まる視界、薄れる意識。
痛みと息苦しさが増す中でルコンが思い浮かべたのは、この街に生きる人々の顔。
嫌味たらしくも子を想い続けたカルヴィス、気さくに接してくれた門衛のドガード、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたマーサ、一緒に遊んだセシリアとまるで弟の様に可愛がったアデル。
その他の使用人達や街の人々。
短い間ながら関わった人々に、目に映った初めての街並み。
そこに生きる人々の活気と命の数が、ルコンの瞼に映っていた。
(みんな……逃げれましたか……?)
最後までルコンは他人の為に心を裂き、奮闘できる者だった。
(あ……まだ、声が聞こえ、ます……)
微かに届く悲鳴。
出来るなら助けたい。力になりたい。
(ルコンが、倒れ、たら……みんな、が……)
しかし、その身に力はもう――――
「――何だぁ? 熱い……?」
「これは――」
(そうです……任せて、下さいって……言ったんです……!)
兄や姉弟子に誓った約束。
任せたと、応えてくれた信頼に。
名前も顔も知らない、今も助けを求める誰かの為に。
燻る種火は炎を挙げる。
「ヤアアァァァァァァァッッ!!!!」
「〜〜ッ!?」
「なんですかいったい!?」
消え去った筈の尾が再び灯る。
一本、二本、三本、四本と。
そして――
「九尾励起――」
決意の五本目が。
「六本ッ!!」
合計五本の追加の尾。
発動の余波で己を挟む二人を弾き飛ばし、ルコンは軽やかに着地する。
(体が熱い……! 頭も揺れる……! でも、これなら!!)
血液が沸騰する様な感覚に重たい頭。
けっして万全とは言えないながらも、不思議と全能感に近い感覚に身を包まれる。
「どういうことだ!? さっきまでは全力じゃなかったのか!?」
「魔力量だけなら既に父上以上……! ウロウッ! 油断する――」
「遅いです!」
忠告を飛ばすサロウを尾で殴りつけて吹き飛ばし、すかさずウロウへと距離を詰める。
六本に増えた尾の連撃。
二本の腕と片翼しか持たぬウロウにこれを防ぎきる手立てなど無く。
おまけに、一撃の重さは先程までの数段重く。
「が、あぐッ、うがぁぁぁぁぁ!!」
(冗談じゃねぇ! こんなガキに、俺達が!? 活魔剤まで使ったんだぞ!? なのに……なのに……!!
父上の子である俺達が!?)
「負ける訳があるかああアァァァァァァッ!!」
「ルコンだって……! 負ける訳にはいかないんですッ!!」
両者一歩も譲らぬ連撃の応酬。
手数と自力で勝るルコンが着実に押し始めるが、それをサロウが許さない。
開けられた距離を詰めて背後から拳を叩き込もうと振りかぶった瞬間、それに気づいたルコンは尾で自身を包みこんで防御を固める。
さながら薄紅色のまり玉の様に自身を包んだルコン。
一本一本の尾を魔力操作で引き伸ばし、バネの様に捻り込んで身を包む。
「こんなもんッ!!」
「潰れなさいッ!!」
「〜〜ッ!!」
重なる二人の拳。
地面と拳に押さえつけられたルコンは先刻の息苦しさを思い出す。
(まだ……! まだまだ!!)
連撃、連撃、連撃。
二人がかりの拳による連撃は耐えること無く、ルコンが息絶える時まで一生続くかと思われた。
その間隙。ほんの一瞬の、拳が重ならないコンマ数秒。
(――今ッ!!)
ルコンを包んでいた尾がその結びを解き、勢いよく弾かれる。
引き伸ばし、捻り込まれた尾は槍のように鋭く、弾丸の如く六方へと放たれる。
「「!!??」」
気づいた時にはもう遅く、振り下ろした拳は止まらない。
尾はそれぞれの拳を貫き、肩を抜き、腹を穿って、足に風穴を開ける。
「ガッ……」
「うぐッ……あっ……」
守勢から瞬間の好機を穿つ六本の槍が、戦いの幕を降ろす。
「転狐六槍――ですっ!!」
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