第百十四話 「三兄弟」
街に近づくにつれ、立て続けに起こる爆発音と悲鳴、金属同士がぶつかる戦闘音に魔術の余波、視覚と聴覚に訴えかけてくるあらゆる要素が平穏の終わりを告げる。
規則正しく石造りの住居が並ぶサントールの美しい街並みも、突如訪れたコルニクスによる悪計により見る影もない。
住居は崩れて人々が逃げ惑う中で、衛兵や自警団の様な者達が避難誘導と暴れる鴉族の対処に追われている。
そこかしこに血痕や肉片が散り、人族や魔族問わず多くの者が倒れ、それは現在進行系で増加し続けている。
更には――
「! 二人とも止まれッ!」
「「!?」」
咄嗟に後ろのリメリアとルコンを制止する。
瞬間、前方にいた六、七歳程度の子どもが爆ぜた。
その子どもは勿論、近くにいた住民の数名が巻き込まれて悲鳴が挙がる。
危なかった、首元からぶらさがる魔石の発光を確認出来たから回避出来た……いや、そもそもタイミングが良すぎる。
俺達が近づくタイミングで狙ったかのように爆発した。
コルニクスは既に街の外へ出たはずではないか?
それならどうやって狙いをつけて――
「惜しいなぁ。あとちょっとで楽に仕留められたんだが」
「ウロウ、そう簡単にはいかないさ。だから父上は僕たちに任せて行ったんだろう?」
「お前達は……!」
血煙を割って出てきたのはコルニクスと同様の白髪に、それぞれに右翼か左翼の片翼しか持たぬ立ち姿。
白髪はそれぞれが持つ翼の向きに合わせるように右か左に流されている。
邪智魔王コルニクスの息子であり双子のウロウとサロウだ。
「改めての自己紹介は要らねぇな? どうせ死ぬんだ、無駄な手間は省こうぜ」
「ウロウに同意です。父上の元へは行けず、どのみちここで街ごと消えるだけなのですから」
「私もアンタ達に同意よ。自己紹介の部分だけはね」
「リメリア、ルコン。とっとと片付けて先を急ぐぞ」
状況は三対二、ただでさえ数的有利な上、あの二人は見たところ大して強くない。
せいぜいBランク冒険者の上澄み……Aランクにまで届くか……?
正直言って何故こうも自信満々に出てきたのかが分からない。
魔王の息子というステータスで自信過剰になっているだけ?
それとも、実力差も測れないだけか?
どちらにせよ好都合だ。ここは楽に突破してさっさと――
「待ってください、お兄ちゃん」
「ルコン?」
「ここは――ルコン一人で良いです」
「は――何を言ってるんだ!?」
「そうよ! 三人でさっさと片付けるのが合理的で確実でしょ!」
「……多分ですけど、この先にはまだムロウって人がいます。それと――先生も」
「「!?」」
「へぇ……」
ルコンの確信にも似た言葉。
確かに、俺達を仕留めるだけならここでムロウも含めて三対三、あるいは一対一の状況を確実に作るべきだろう。
それをしてこないのは、一戦ずつの展開を作って時間を稼ぐため……?
普段のルコンは年相応の幼さを見せることも多いが、決して短慮であったり頭が回らない訳では無い。
ともすれば野生の勘にも優れ、時に核心を見抜く。
何より、今のルコンには鬼気迫る程の覚悟と説得力を感じた。
「なんだ、ガキだと思ったら意外と鋭いじゃねぇか」
「全くですね。こういう子が一番怖い」
奴らの台詞……どうやらルコンの読みは正しいらしい。
だが……だからと言ってルコン一人にこの場を任せる……?
危険だ。余りにも。
ルコンは強い。魔石鉱山の時よりも更に強くなった。
相手もあの時の蝙蝠兄弟の様に圧倒的強者という訳でもない。
だけど……!!
「お兄ちゃん、リメリアさん。――ルコンは怒ってます。
こんな風に街を壊すあの人達に……先生を苦しめるコルニクスに……子ども達を道具の様に使うアイツらにッ!!」
ルコンの魔力が吹き荒れる。
九尾励起、四本。
薄紅色の三本の尾が拡充され、元の尾に寄り添う。
覚悟の、否。怒りの発露。
「おいおい……!! こいつッ……!!」
「この圧は――魔王級!? ウロウッ!」
小刻みに震える体を押して、ルコンは一歩前に出る。
応えるように、ウロウとサロウも臨戦態勢に入る。
この場には既に、幼いだけの守られる存在などとうに無く、背中を任せられる頼もしい仲間が立っていた。
「行ってください! ここは――ルコンに任せて下さいッ!!」
「〜〜ッ、行くぞリメリア! ルコン! いつでも合流しろ! 無茶だけはするなよッ!!」
「頼んだわよ、ルコン!」
俺も覚悟は決めた。
この場はルコンに託し、俺達は先へ行くんだ。
「行かせるか! サロウッ!」
「分かってる! ッ!?」
「やらせません!」
行く手を阻もうとする二人をルコンの尾が遮る。
この中で誰よりも小さな背中が、今は何よりも頼もしく見えた。
「貴方達の相手はルコンで十分です。――行きますッ!!」
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「ルコン、大丈夫よね……?」
「一対二、厳しくはあるけどルコンには尾の手数がある。それに五本目だってあるし、最悪の場合は逃げ切れる筈だ……今は信じよう」
ルコンにあの場を任せて混乱する街を駆ける。
心配は後だ。今はこの先に待つ脅威に――
「ッ! 伏せろ!」
「!?」
角から飛び出した子どもの首元が光り輝く。
爆発の兆候を察知し、素早くリメリアを地面に屈ませて暴狂魔を展開する。
ダメージは無く、リメリアも無事だ。
だがやはり、タイミングが良すぎる。
魔石に仕掛けられた爆発と束縛の術式。
束縛によりタイミングを制御するのは理解出来るが、それはあくまで目視による接近を確認しなければならない筈だ。
ではどうやって……?
「不思議、だよね……?」
「!? この声は――」
前方の建物の上から声がする。
何度か聞いた覚えのある声と、オドオドとした自信のない喋り方。
「ムロウ、君……!」
「やあ……ライル君。と、リメリア、さん……」
「……私はアンタを知らないけどね」
父親譲りの白髪をセンター分けにし、翼を持たないムロウは軽やかに地面に降り立つ。
ゆらりゆらりと近寄ってくるムロウに今までに無いほどの不気味さを覚える。
「魔石の、制御権の一部は……僕達兄弟が持っているんだよ……じゃないと、父上の負担が……凄いから、ね」
「! だから精確に子ども達を仕向けて爆破させられたのか……」
「結局親子揃って外道ってことね。本当にどうしようも無いクズ共ね……!」
「うん……そう、だね……でも、これしかないから。
僕たち兄弟は……父上の為に存在してるから」
カルヴィスが子に抱く愛を歪な愛情とするなら、彼ら兄弟がコルニクスに持つ忠誠もまた歪な家族愛なのだろう。
反面、コルニクスが彼らに対してどれ程の気持ちを抱いているのかは定かでは無いのだが。
いずれにせよ、今は目の前の哀れな魔族をどうにかしなければ。
「用が有るのは……ライル君、だけだから……君は、行っていいよ」
「なんですって……?」
「……行ってくれ、リメリア」
「ライル!?」
罠の可能性も大いにある。
けれど、どのみち残るは先生……ゼールだけなのだ。
ここまでの道中、街を襲う鴉族は衛兵達が食い止めてくれていたお陰で戦闘にならずに済んでいる。
この先もそれは心配無いだろう。
何より……これは直感でなんのアテも無いことだが。
今のリメリアは、ゼールにぶつかるべきだと思う。
多分、リメリアは壁に当たっている。
大きな、大きな壁に。
それも、長いこと。ずっと、ずっと前から。
それを破るきっかけはきっとゼールで、それを破るのはきっと今日だ。
だから、リメリアは先に行くべきだ。
「頼む。ここは俺に任せてくれ。大丈夫だよ、あんなヤツくらい楽勝さ」
「……分かった。後で来なさいよ」
「あぁ。先生を頼む」
走るリメリアの背を見送り、ムロウへと意識を移す。
警戒を緩めた訳では無いが、ムロウはこの最中に手を出すマネはしなかった。
やはりムロウは話が出来る……のか?
「俺に用が有るって言ってたよな?」
「うん、そうだよ……僕はね、君が憎いんだ……」
「俺が……?」
「魔石の流入を止めたのも……半魔共生を後押ししたのも……全部、全部父上の邪魔になることばかり……」
父親の邪魔をする俺が許せないと。
結局のところ、ムロウも本質は他の二人と同じということか。
歪んだ家族愛の上に飼い慣らされた子ども達。
ある意味では、彼らもコルニクスの被害者と言えるのだろう。
だが。
「ムロウ君。一応言っておくけど邪魔をして……俺を殺す気で来るなら――俺も殺す気でいく」
「へぇ……そんな目、出来るんだ……! うん、うん……! 良いよ……殺し合おうよ! そうすれば、父上も喜んでくれるから……!」
くだらない。こんな戦いはさっさと終わらせて、コルニクスの元へ……!
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