第百十話 「失意を抱いて」
コルニクスとの決闘後、リメリアは失意のまま自室へと戻っていった。
ゼールもそれを見送って別館へと戻り、カルヴィスはメイド達によって自室へと送られた。
俺とルコンも自室へと戻り、リメリアの今後について語り合う。
「リメリアさん……大丈夫ですかね……?」
「どうだろうな……立ち直ってくれるといいけど」
ゼールに憧れて魔術の道に足を踏み入れ、故郷を出たリメリア。
そして、憧れの師が弄ばれていることに激昂し決闘を挑むも大敗を喫してしまった。
そんな彼女のショックは計り知れないし、もしかしたら以前のように立ち直れないかもしれない。
リメリアに何かしてやれることは無いだろうか?
俺達で何か力になれる事は……
「お兄ちゃん、明日はリメリアさんを連れて街に出ませんか?」
「えっ? 街にって……どうして?」
「こんな時は気分転換が一番です! リメリアさん、サントールに帰ってきてからまだ一度も街に出てないみたいですし……丁度良いと思うんですっ!」
「う〜〜ん……でも来てくれるか?」
「そこは押しに押して引っ張って行きますっ!!」
ゴリ押しと。いいのか、それ?
まあでも、実際にやれることは無いしそれしか手は無いかもしれない。
明日はリメリアを誘って街に出てみるか。
――――
テオール家別館、その一室。
コルニクスの滞在するその部屋は客室と呼ぶにはあまりに豪奢な内装で飾られていた。
部屋の中央に置かれたテーブルにはクロスが敷かれ、燭台の中のロウソクがユラユラと部屋を照らす。
コルニクスの座る向かいにはゼールが立ったまま、主からの言葉を聞いていた。
「全く、余計な事を吹き込んでくれたものだ……我輩は狭量では無い。だが同時に、目に余る反抗を許すほど寛大でも無い。
――次は無い。分かったな?」
「……えぇ。一つ良いかしら?
先の決闘、リメリアを殺すつもりだったの?
カルヴィス様との間に亀裂が生じようとも?」
「何を分かりきった事を。貴公が止めると言ったのだ。ならば我輩が遠慮する必要も無かろうよ。
それに――死んだら死んだで目障りな邪魔者が一人消えるだけのこと。どちらにせよ些事ということだ」
「そう……失礼するわ」
部屋を出て廊下を歩くゼールの前方には三人の魔族が立ちはだかった。
コルニクスの実子である三兄弟。
ウロウ、サロウ、ムロウであった。
「オイオイオイ、随分と勝手な事してくれてるみてぇじゃねぇか? なぁ? 父上に拾い上げられた命だって事、忘れてる訳じゃねぇよな?」
右翼だけを持つウロウが強気にゼールへと詰め寄る。
しかしゼールは意に介さずウロウの横を通り過ぎる。
それを呼び止めるように声を上げたのはサロウであった。
「ゼール・アウスロッド、貴方はあくまでも父上の駒です。部下や、ましては賓客では断じて無い。
――お忘れなく」
「えぇ、分かっているわ。もういいかしら?」
「あっ……その、ライル君と、狐族の女の子、と……喋ったんだけど……」
「……」
去ろうとするゼールの背にムロウが語りかける。
普段は兄達の陰に隠れて自己主張の無い彼だからこそ、教え子達の名が挙がった事にゼールは足を止めた。
「あの子達、凄く……強い、ね……僕らじゃきっと、勝てない……」
「おいムロウッ! テメェ何が言いたい!? 俺達じゃ勝てねぇだと!?」
「ヒッ……兄様、ごめんなさい! えっとその、僕が言いたいのは……勝てないけど、あの子達、平和ボケしてそうだから……手段を選ばなければ、殺せるよって事で……」
「……私を脅しているの?」
ゼールの纏う魔力が逆巻く。
同時に周囲の空気がひりつき、ムロウ達は温度が下がったかの様な錯覚にすら陥る。
踏み抜いてしまった地雷、襲い来る死の予感。
束縛により不可能だと分かっていながらも、本能がこの場よりの逃走を告げている。
「チッ……行くぞ、お前ら。良いかゼール。くれぐれも、これ以上の勝手はするなよ」
三兄弟が去り、廊下に残されたゼールは自室へと向かう。
ローブを脱いで椅子にかけ、そのままベッドへと体を預ける。
天井に投げられた視界は虚ろにぼやけ、そっと目を閉じると教え子達の顔が思い出される。
不屈の心を持つ半魔の少年、稀代の素質を秘める狐族の少女、そして未完の大器であり自身に憧れを抱く少女。
(ごめんなさい、三人とも。ごめんなさい、リメリア。貴方には辛い戦いをさせてしまった。
でもきっと、いつか貴方の芽は咲く――必ず)
――――
翌日の昼前にリメリアの部屋を訪ねて街へ誘うと、意外にも二つ返事で了承が得られた。
ルコンはドヤっていたが、まさか昨日の今日で立ち直れるとは思ってもいなかった。
廊下を歩きながら恐る恐るリメリアの調子を伺う。
「なあ、その……大丈夫なのか?」
「大丈夫な訳無いでしょ。大見得切ったのにプライドはズタズタ。先生も助けられなくて自分が憎くてしょうが無いわ」
「じゃあなんで――」
言い切る前にリメリアが立ち止まる。
表情は浮かないまま。けれどその目は死んでいないし、絶望に染まっている訳でもない。
「先生ならきっと……次の日にはいつも通りの顔で部屋を出ると思ったから。
ウジウジ落ち込んで無為に時間を浪費するなんて非合理でしょ」
「えへへ、やっぱりリメリアさんは強いです! ほらお兄ちゃん、早く行きましょう!」
「あぁ……そうだな」
確かにリメリアは強い。
あれだけのショックを受け、心を折られかけてもまだ前に進もうとしている。
だけど、なら――なんで杖を持って行かないんだ……?
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