第百九話 「決闘」
テオール家裏手の空き地。
空き地といってもそこは街の外。つまりは広大な草原の一角。
ある程度は整備された道以外には何も無い、足首程の高さの草が一面に生い茂った光景が広がるのみである。
視界の先にはリメリアとコルニクスが二十メートル程の距離を空けて対峙している。
決闘の行方を見守るのは俺とルコンにゼール、カルヴィスと裏手に回る途中で遭遇したコルニクスの実子であるムロウ。
ムロウはコルニクスに用があったみたいなのだが『丁度いい、お前も来なさい』と言われオドオドしながら付いてきた。
「え、えと……なんでこんなことに……?」
「まぁ色々、ね」
「そっか……ねぇ、あのリメリアって人、強いの……?」
「強いよ。俺が知ってる魔術士では二番目に」
「そうです! リメリアさんは強いんですよ! きっと……きっと魔王にだって負けません……!」
ムロウの疑問に俺とルコンは答える。
負けない、負けてほしくない。そう願うしかない。
「そう、なんだね……でもあの子……死ぬよ?」
――――
「立ち合いは私が務めるわ。
周辺環境への被害を考慮して火性魔術の使用は禁止。命に関わる事態と見れば即座に介入する。良いわね?」
「よろしい」 「問題ありません」
「では――はじめッ!」
ゼールの合図を皮切りに、二人は即座に魔力を高める。
リメリアは『四元の杖』(正式にはレプリカ)を構え、対するコルニクスは無手のまま右手を前方に構える。
「撃ち抜くッ!!」
リメリアは高めた魔力を次々と魔弾と成して射出。
元来、リメリアの魔力コントロールは魔術士の中でも頭抜けて高く、その精巧さはゼールにすら届きうる才を秘める。
ライルが初めてリメリアと会った際に抱いた感想も、体表を巡る魔力の流れが極めてスムーズで上手いといったものだった。
そんな彼女が放つ魔弾は的確に獲物を捉え、その肉体を穿つ。
もはやリメリアは魔弾のみで他の二級術士以下を圧倒するだけの実力を備えていた。
しかし、相手は魔王。
魔王とは自身の生まれた一族、または縄張りとする周辺の魔族を統べり統治する者。
その絶対条件とは単に一つ。
――――強きこと。
『邪智魔王』コルニクス。
その称号を冠する由来の多くは人魔大戦時の悪行や悪計からきているが、魔王と付く以上当然ながら兼ね備える『強さ』がある。
コルニクスにとってのそれは、魔術。
魔族として人族よりも優れた肉体と魔力量。反して魔力コントロールに劣る種、というのが一般的でありながら、鴉族はその高い知能と生まれ持った素質から魔術に優れた者が多い。
その中でも、コルニクスは異端の白髪持ちとして生まれた。
理由は定かで無いが、白髪持ちはより優れた適性を持って生まれる事が多い。
そんなコルニクスが放つ魔弾であれば。
「ッ!?」
リメリアの真横を魔弾が突き抜ける。
直前に放った、自身の魔弾を掻き消した上で。
リメリアはまだ全力を出してはいなかったが、それでも目の前の男を殺せるだけの殺傷力は持たせた筈だった。
それをこうもやすやすと、赤子の手をひねらんとばかりに。
「どうした? こんなものではないのだろう?」
「〜〜ッ、舐めるなあァッ!!」
渦巻く魔力がリメリアの赤毛をなで上げる。
杖から三発の魔弾が放たれ、コルニクス前方の魔素へと向かう。
(単純な撃ち合いでは恐らく不利! ブラフも噛ませて魔術で押しきる!)
「風「遅い」
リメリアが放った魔弾は魔素に直撃する手前で、コルニクスの魔弾により掻き消される。
妨害。相手が放った魔術に成りきる前の魔力に己の魔力をぶつけて乱す技法。
ライル達も以前にゼールから教わった魔弾の応用技法である。
これは本来、両者の間にある程度の力量差がなければ実戦段階に至らない技法である。
何故なら、妨害を仕掛ける側は決まって後手。
相手の先手である射出された魔弾を確認し、それを上書き出来るだけの魔力量、そこに到達するまでの速度を出さないとならないからだ。
つまり、この結果が意味することとは――
(嘘――嘘だッ! まだ――)
「今度は我輩の番だ。防いでみせろよ? 土散弾」
(妨害――ダメ、間に合わない!)
思考に行動が追いつかず、リメリアは徐々に後手に回る。
飛来する礫を防壁で防ぎ、反撃に出ようとする頃には次の一手が襲い来る。
速度、手数、戦闘経験、全てにおいてコルニクスが上回っていた。
「リメリア……」
「リメリアさん……」
「ほ、ほらね……止めたほうが、いいんじゃない? 死んじゃうよ……」
「ッ、先生!」
「……まだよ」
ライルはムロウの言葉に、思わずゼールを頼る。
ムロウの言う通り、結果は明白だった。
ジリ貧どころか一方的なまでのなぶり殺しに近い状況。
いずれリメリアの手は追いつかず、どこかで崩壊する天秤。
それはその場にいた皆が理解し、誰よりもリメリアが痛感していた。
(リメリア。貴方の才は私より優れ、その努力は誰にも負けない。けれどその力を抑えつけているのは貴方自身。気づきなさい、リメリア)
師であるゼールは想う。
教え子の可能性を。才能の輝く先を。
だからこそ、まだ、まだ止めるべきではないと。
(どうする、どうする、どうする!? どうやって反撃する!? いずれ押し込まれる……このままじゃ……)
足りない、何もかもが。
今の自分が持ち得る力ではこの男を超えることが出来ない。
ならば、今すべき事は『今の自分』を超えること。
リメリアは分かっていた。
(一級を!! 一級魔術ならッ!!)
僅かな間隙、数秒にも満たない光明を手繰る様にして杖に魔力が集中する。
描くべきビジョンは思い浮かぶ。後はその通りに描き起こすだけ――だけなのに。
『お前には才能が無い』 『全一の真似事か?』 『どうせ一級なんて無理だ』
「土龍――」
詠唱が続かない。魔力が動かない。
頭の中の魔術が現実に抽出出来ない。
リメリアが一級魔術に挑戦したことは当然一度や二度では無い。
これまで何度も、何度も何度も挑戦し、その度に同様の結果だった。
師の運命を賭けた一戦ならば、命を賭けた土壇場ならば、奇跡が起こる。
そんな甘い願いは、叶わない。
奥歯が砕けるのではないかとばかりに歯ぎしりし、急場しのぎに魔術を再構築する。
「土塊巨兵ッ!!」
二級土性魔術、土塊巨兵。
使用者の技量にもよるが三〜五メートル程の土塊で構築された自律人形を生み出す攻防一体の中級魔術。
リメリアが生み出した個体はその範疇を超えた六メートル級であり、その硬度も並の術士を軽く凌駕していた。
巨兵はコルニクスの魔弾や魔術を弾いて距離を詰め、対象を粉砕せんと拳を振り上げる。
「ふむ……こんなものか。――暴風輪」
暴風が渦巻き、コルニクスの周囲の草が刈り取られて宙を舞う。
次の瞬間、巨兵の体は上下に両断され空中で行き場を失った上半身が崩れ落ちる。
否、その上半身は地に着く前に更に細かく切り刻まれていった。
巨兵を両断した刃の正体。それは荒れ狂う暴風の風輪。
岩を裂き、鉄を刻む一級風姓魔術。その刃が、三つ。
「あ、あ……嘘――そんな」
「終幕だ。小娘」
コルニクスが右手を振るうと、風輪は一斉にリメリアへと殺到する。
リメリアに防ぐ手立ては無く、逃げ場なども無い。
誰もが数秒後の凄惨な未来を容易に想像出来た。
「リア! リアァッ!! コルニクス殿ッ! 温情をッ!!」
「リメリアァァァッッ!!」
カルヴィスとライルの叫びは虚しく響き、ルコンは思わず兄の袖へとしがみつく。
ムロウだけは分かりきっていた結果にため息をついて事を見守っていた。
「多重防壁」
凛とした声が空を突く。
あとほんの少しで風輪がリメリアを切り刻まんというところで、彼女を守る様にしていくつもの防壁が出現する。
薄緑色の半透明な防壁はリメリアの前方と左右を固め、更に二重、三重と層を重ねる。
一枚目が破られようと二枚目が、二枚目が破れようと三枚目が。
次々と防壁を破る風輪も徐々に勢いを失い、遂には草原を撫でる風と一体となり消え去ってしまう。
「あ……先、生……」
「ふむ……ここまでですな。さて、勝敗は決しましたな? 約束通り、これ以上無駄な干渉は控えて頂きますぞ。
――行くぞ、ムロウ」
「は、はい……父上。じゃ、じゃあね……」
コルニクスはムロウを連れてその場を去り、草原には膝から崩れ落ちて這いつくばるリメリアとそれを見守るライル達が残された。
ライルやルコンは何と声をかけて良いのか分からず、父であるカルヴィスも愛娘が失われていたかもしれないショックに立ち眩みを起こしてしまう。
そんな中、ゼールだけはゆっくりとリメリアの側へと歩み寄った。
「……め……さい……ごめ……い……」
「――良いのよ。強くなったわね、リメリア」
「う、あ、……あぁ、うあぁぁぁぁっ!!!!」
己の無力に絶望し慟哭する少女の声だけが、重く、重く空へと消えていった。
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