第百四話 「カルヴィスの真意」
始まりはただの興味からだった。
多分、そうだった。
四歳になってパパが『何をしたい?』って聞いてきたから、反射的に魔術と答えた気がする。
一年後には先生がやってきた。
今思うと、凄腕の教師を見つけようとしたパパなりの努力だったのかもと思ったが、そんなことは無いだろう。
出来ない事が出来るようになるのは楽しく、毎日魔術にのめりこんだ。
先生に会えない日も自主的に練習したし、本だって読んだ。
先生が私を見て驚くのを見るのが好きだった。
『こんなに凄い人が褒めてくれる!』そんな子どもの単純思考。
だからこそ、先生がいなくなると聞いたときは凄く動揺したし、いざ本当にいなくなると朝から晩まで泣いたっけ。
それくらい先生のことを私は敬愛している。
優しくて厳しく、一見すると分からないが子供達への確かな愛情を持つ、そんな先生が大好きで憧れで、それは今も変わらない。
久しぶりの故郷に戻ってパパを詰めようとしたら先生までいて、しかも先生は仇敵と一緒で……もう訳が分からない。
誰に何から聞くべき? 私はどうすればいい? 先生にはなんて話しかける?
いろんな疑問が次々と浮かんできてはまた消えていく。
どうすればいいかわからないから思考も上手く纏まらない。
だからとりあえず、今日は一番簡単な問題から片付けることにした。
「久しぶりに帰ってきたかと思ったら……酷い顔で睨むじゃないか、リア」
呆れた様子で座るパパはゆっくりと紅茶を口に運んでいる。
無理に押し切って確保したこの瞬間、必ず情報を聞き出してみせる。
「なんで邪智魔王と一緒にいるの? 王都でさえ噂になっていたわ。邪智魔王の悪名は知っているでしょう!?」
「悪名、か。それは大戦時の名残だ。
確かにコルニクス殿は大戦でその知恵を活かし、数々の戦果を挙げた。それこそ、非道な手段も用いてな。
だがそれはあくまで大戦時だったが故にだ。
今の彼は己の過去を贖罪するかの様に善行に努めている。
孤児の保護に凡人土との貿易、魔土周辺国間の争いの仲裁――」
「そんな建前はいらないのよッ!!」
長々と講釈を垂れられて話をはぐらかされるのはうんざり。
思わず怒鳴り声と拳が机に落ちてしまった。
パパは顔色一つ変えずにこっちを見ているまま。
その『分かっているよ』みたいな顔、本当に腹が立つ。
「……私とコルニクス殿の目指すべき場所は一致している。互いの思想が、理想が、夢とも呼ぶべきものが一つなのだよ」
「最初からそれを言えって言ってるの。分からない?」
「合理で結論を急ぐことは聡明と同義では無いよ。
何事も結果の前には過程がある。過程を理解しなければ求める結果に意味は無――」
パァン! と乾いた音が部屋に響いた。
我慢しきれなかった。右手がジンと痛む。
パパは打たれた左頬をさすりながら、またカップを手にする。
全部腹が立つ。気にしてないって素振りも、見透かしたような言動も、全部全部……!
「冒険者になって得たものは暴力性か? そんな短絡的に育てた覚えは無いんだが」
「いいから早く――」
「世界の逆行だよ」
もう一発ぶってやろうとしたところで、パパはその一言を口にした。
『世界の逆行』……?
「正しくは修復かな。一度元の形に戻っていた世界が今また崩れたんだ。それを再修復しようと言っている」
「わかりやすく言って」
「純血の世界だ。半魔の淘汰、住処の再振り分けだ」
「――――は?」
純血の世界? 半魔の淘汰……?
何を、言ってるの……?
「今の世界は間違っている。そして、その間違いに気づいている者は驚くほどに少ない。
世界は正しくあるべきであり、正しさとは濁りの無い状態だ」
「ねぇ、待って」
「半魔が世界を歪める原因なんだよ、リア。
三年前にロデナス王が半魔共生を掲げた時には頭を抱えたものだよ。
アトラは賢い選択をするものだと思っていたんだが……結局は流されてしまって今の有様だ」
「待ってよ!!」
「待つのはおまえだ。私の話を聞きなさい。
おまえは大戦の原因を知らない。何故半魔が迫害されたと思う? 何故半魔だけが、執拗に、徹底的に淘汰されたと思う?」
そんな、ことは……知らない……私は大戦を知識としてしか、過去の出来事としてしか知らない。
大戦時の詳細は細かく伝わっていない。
ただ、大戦の原因は『魔人王』による凡人土への宣戦布告だと伝わっている。
そして、邪智魔王コルニクスは当時『魔人王』の配下だったとも。
その他の書記や伝聞は有れど、不自然にはぐらかされている様にも見える。
それを、パパは知っている……?
「魔人王は半魔だ。魔族と人族、それぞれを統べる者として彼は『魔人王』を名乗ったとされる。
半魔は元来、それぞれの種族の特徴を受け継ぐがそれは決してメリットでは無く、むしろデメリットととしての面が強い。
これはリアも知っているね?」
もちろん。
半魔が継承する身体的特徴は親に比べて十全に発揮されるものではない。
これは他種族の血が入ることにより特性が濁ってしまうためだと言われている。
現にライルの角は本来闘魔族が持つはずの魔力探知機としての役割を失っている。
その分『暴狂魔』という本来は自制出来ないはずの種族特性を人族の理性で抑えることに成功しているが、これは稀有なケース。
けど、それがなに? そんなことは知ってる。
「半魔の一部には時として、種の限界を超えた力を発現する者もいる。
理由や根拠ははっきりしておらず不明瞭な部分が多いが、これは紛れも無い事実だ。
そしてかの『魔人王』こそ、その最たる例だ。
彼はある日を境に絶大な力を手に入れ、その力を振るい世界を震撼させた。
そうして起こったのが人魔大戦だ。
リア、おまえもこの半魔の特徴は心当たりが有るんじゃ無いか?」
「――……!」
ライルの顔が浮かぶ。
ライルの『暴狂魔』は『魔人王』の様なレアケース……?
でも確かに、魔石鉱山で見せた力は普段とも一線を画していた。
あれからはその力を発現してないようだけど、また何かの拍子に発現してもおかしくない。
つまりライルや他の半魔が、『魔人王』のように絶大な力を手にする可能性があるということ?
「じゃあパパは、半魔の危険性を危惧して世界を純潔主義に戻したいって言うの!? 既に受け入れられた共生の世を壊して!?」
「野蛮で血に塗れ、罪多き道だとは理解しているさ。
だが私にはコルニクス殿をはじめとした同士がいる。
既にこの計画は進み、着実に世を変える準備は整ってきている。
もはや止まれないんだよ」
「じゃあライルは!? 私の大事な仲間はどうなるの!?」
「……彼こそ半魔共生の礎となった功労者。ならば、新しき世の礎と再度なってもらうしかあるまい」
「ふざけないで――」
もう我慢の限界。私の中で何かが爆ぜる瞬間に、背後のドアが開いた。
入ってきたのは邪智魔王コルニクスに、憧れの先生。
一緒にいてはならない二人。
どうして、今……?
「おやおや、先程から魔力の高鳴りがすると思えば……親子喧嘩ですかな? お邪魔しましたか?」
「いえ、良いタイミングです。丁度娘に、我々の計画について言い聞かせていたところです」
「ほう……それはそれは」
コイツが……!!
「抑えなさい、リメリア。でなければ――私が相手になるわ」
「あ――う、ぁ…………」
一瞬で先生の魔力が部屋を包む。
のしかかる重圧が苦しい。部屋全体の空気が淀み、冷や汗すら出てくる。
逆らうなと、本能が告げている。
「そう。いい子ね。少し大人しくなさい」
「あ、は、はい……」
完全に理解させられた。
勝てない者には逆らうなと。無駄なことはするなと。
「ではカルヴィス殿。今日も計画について進めて参りましょう。
時間は有限ですからな」
横切るコルニクスは私の顔を見ると、歪んだ笑みを浮かべていた。




