第百一話 「親のエゴ」
「ライル様とルコン様のお部屋はこちらになります。
ご自由にお使い下さいませ。何かご不便がございましたら遠慮なくお申し付け下さい」
そう言ってマーサに通された部屋は二十畳はあろうかという大部屋であった。
キングサイズのベッドが一つに四人くらいで囲める程のテーブル。
何着入れるんだと突っ込みたくなる大きさのクローゼット、化粧台、晴れた日には日が差し込むであろうベランダ。
正に貴族、正に金持ち。
ルコンは目を輝かせて部屋中を行ったり来たりしている。
「ほんとに良いんですか? こんな凄い部屋を使わせてもらっても……」
「何を仰られますか。リアお嬢様の大切なお客様です。私達にとっても、それは同様でございます」
マーサは柔らかく微笑むと、嬉しそうに語りだす。
「リアお嬢様は小さな頃から勝ち気な方でした。
負けず嫌いでプライドも高く、街の子供達とは上手く打ち解けられなかったのです。
領主の娘という立場も起因してはいたのですけれどね……」
「なんとなく想像出来ますね。それがリメリアの良いところでもあるんでしょうけど」
「えぇ、仰る通りでございます。
こう言ったら失礼なのですが、お嬢様はああ見えて優しく思いやりに溢れるお方です。
私達テオール家に仕える者は皆、お嬢様の良さを知り、そんなお嬢様を愛しております。
ですから――」
遠い日に想いを馳せる様にマーサは視線を上げると、少し間をおいて俺に向き直りゆっくりと頭を下げる。
「お嬢様と仲良くしていただいておりますこと、ありがとうございます」
「やめてください。お礼を言われるような事じゃありませんよ。
だって俺達は、仲間なんですから」
友達、はちょっと違う気がした。
気恥ずかしさは確かにあったが、それでも表現するなら『仲間』だと思った。
まだ出会って三・四ヶ月だがこれまで共に死線をくぐり抜きた間柄なんだ。
背中を預け信頼し合う『仲間』だ。
「――――本当に、良い方々と巡り合いましたね……
ささ、まずは荷物を置いて浴場へご案内致します。
旅の道程、お疲れのことでしょう」
「! お風呂ですか!? やった〜〜!!」
マーサの提案にルコンが飛びつくように反応する。
ルコンも年頃の女の子。なんだかんだそういった事には敏感になってきている。
確かにここ数日は歩いて野宿してで風呂には入ってなかったな。
この世界に来てから、街や宿を離れれば風呂に入らない日が連日になるのも珍しくは無い。
前世では風呂キャンなんて言って馬鹿にしていたものだが、今は我が身とは……
「すっっっご……」
浴場、風呂場、風呂。家にある風呂と聞いて思い浮かぶのはせいぜい一、二畳のスペースのものだ。
だが、ここはテオール家。貴族のお家。
大衆浴場さながらの広々とした空間にプールの様な浴槽が目の前に広がっていた。
ちなみにお湯は地下から湧き水を引いてきて、魔石を配備した配管を通して熱せられるらしい。
当然だがシャワーなんてものはこの世界には無い。
基本的には桶等で湯を掬って体にかけるスタイルだ。
「お兄ちゃ〜〜ん! 気持ち良いですか〜!?」
壁一枚隔てた女湯からルコンの声がする。
家族だけでなく使用人も利用することがあるらしく、流石に男女別で区切られていた。
三年前なら一緒に入ろうなんてせがまれたものだが、それももう難しい。
気持ちは娘を想う父親さながらだ。
「こらルコン! アンタ体洗ったの!? あと走るな!」
「……なにやってんだか」
リメリアの怒声も聞こえる。
壁一枚向こうには裸の女子、か……
シチュエーションは最高。しかし、精神はおじさん。
今はそんなことよりも数日ぶりの湯船でゆっくり出来ることが何よりの幸せだ。
「湯加減はどうかね? 我が家自慢の浴場だ」
「いや〜〜……最高ですよ……ってうぉあぁっ!?」
ボケーっとしてたら横に赤髪のおっちゃんが肩を並べて浸かっていた。
リメリアの父親、カルヴィス・テオールその人であった。
彼も疲れを癒すように、目を閉じて全身を心地よいお湯に委ねている。
「改めて、はじめまして。カルヴィス・テオールだ」
「挨拶が遅れました。ライル・ガースレイです。
お湯、めちゃくちゃ気持ち良いです!」
「ハッハッ! そうかそうか。あぁ、立たなくていい。座りたまえ」
立ち上がって挨拶とお礼をと思ったのだが、気を使われてしまった。
いや、男のフル◯ンなんて見たくもないか。
「リアは元気にやっていたかな? あの子は昔からやんちゃが過ぎる」
「えぇ。聡明で、行動力に溢れ、合理に沿う。そんな彼女にいつも助けられてます」
「合理に沿う、か……まったく、不向きな道の師を真似続けるのは辞めないものだ」
「……? 不向きな、とは?」
カルヴィスの言い回しに引っかかるものがある。
カルヴィスの表情にはデカデカと『理解に苦しむ』と書かれている。
「魔術さ。話は聞いてるんじゃないかい?
リアは幼い頃、かの『全一』ゼール・アウスロッド殿に師事していた」
「……聞いてます。それに俺も、先生の教え子です」
「そのようだね。あの後、ゼール殿に伺ったよ。
私も昔は魔術を齧ったものさ。
なんせ私が若い頃は人魔大戦の最中だったんだ。
機会こそ無かったが、戦える程度には鍛えたつもりだ」
驚くことも無い。珍しい話ではない。
この年代の人達は大戦を経験し生き残った者。あるいはその過酷さを知る者だ。
貴族だからといって手段を備えていないなんてことは無い。
「その私から見て、あの子には才能が無い。向いてないのさ」
「……僕はそうは思いません。現にリメリアはあの歳で全属性を二級まで扱えます。
魔術を齧ったことがあると言いましたが、それならば尚の事その凄さは分かるはずです」
「向き不向き、才能の有無は過程で断ずるモノでは無い。
最終的なその者の人生における豊かさ、そうした行き着く先の幸福を指す。
リアがこのまま魔術に身を置いて、あの子は幸せな人生を送れると思うかね?
あの子は二級で止まった己を、師を越えられぬ自分に歯噛みして現状を呪っているのでは無いかね?」
「――――…………」
現状、彼が言いたいことの半分も俺は理解出来ていないのだろう。
だが、提示されたリメリアの心中。
その疑惑だけは否定出来なかった。
リメリアは事あるごとに『ゼールを超える』という目標を口にしているが、アレは焦りの表れだった……?
そう考えれば、自己暗示にも近しい目標の表明は一種の呪いにも思える。
だが、それ以前にだ。
この父親が語る内容には、違和感があった。
「リアが魔道に進んだところで、行き着く先は限界の壁、行き止まりだ。
それはリアにとっての幸福では無い。
だから私は提案したのだ。婿を取って家庭を築けと。
そうすればテオールの名のもとに安泰な日々を送る事が出来る。
それが娘であるリアにとっての幸福だよ。
敷かれたレールに乗って恵まれた富に身を委ねる事こそ、リアの才能だ」
あぁ、そうか。そうだったのか。
これだ。リメリアが言っていた事は。
石頭だ何だと言っていたが、答えは簡単だ。
娘の事を愛し想っている様で、実際には己の思想を押し付けるエゴの塊。
親として、貴族の父として家を残すという名目では正しいのかも知れない。
だが俺には、今世で素晴らしい両親を持ち愛を注がれた俺には。
そのエゴは気持ち悪いと思えた。
「反抗期というやつなのかね……困ったものだよ。
だがこうして帰ってきてくれたんだ。
気が変わって子を残すことになったのかも知れんな。
アデルが産まれたとは言え、あの子が結婚するのも当分先の話だ。
孫の顔は早く見るに越したことは無い。ハッハッハ!」
「……すみません、のぼせてしまったみたいです。
お先に失礼します」
「む、そうかね? 気をつけたまえ。
それと、君からもリアに言っておいてくれたまえ。
たまには親孝行でもしたらどうだい? とね!」
後ろから響く笑い声が、酷く不快に思えた。
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