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半魔転生―異世界は思いの外厳しく―  作者: 狐山 犬太
幕章 ―全一の道程―
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「再起」

 コルニクスと名乗った魔族は口調こそ丁寧なものの、端々に人を逆撫でする様な嫌味を混じらせて笑みを浮かべている。

 長身痩躯。闇に溶ける黒い外套と鴉の様な羽を持ち、対照的な白髪が浮き立って不気味さを醸し出す。

 ゼールはすぐさま心を切り替えて立ち上がる。

 明らかな敵対者、事態の黒幕を討つ為に。


「貴方が、これを?」

「はて? はてさて……いったい何のことや――」


 (うそぶ)くコルニクスの頬を掠め、魔弾が突き抜ける。

 頬からは一筋血が垂れ落ち、コルニクスはより一層口角を吊り上げる。


「答えなさい。次は喉を抉るわよ」

「おぉ、怖い怖い! ク、ククク……! 

 ああいや失礼。そうそう、そうですとも。

 全て、全て我輩が仕組んだことですとも! 

 貴族を脅し、王都で嘘を広めたのも、全て我輩です!!」


 楽しげに自身の悪行を語るコルニクスを睨みつけながら、ゼールは魔力を高めていく。

 分かってはいたが、聞けたならもう充分だと。

 これで心置きなく、コイツを消せると。


「最後にもう一つ。何故?」

「何故? 何故ですと? 決まっておりますとも!! 楽しいからです!!」

「――――は?」

「我輩、普段は魔人王様の下で働いておるのですが、凡人土へ潜入してみれば何やら面白そうな施設が有ると聞くではありませんか。

 このご時世、敵方種族や半魔を抱えるなど言語道断。実際に様子を見てみれば本当にいるではありませぬか! 魔族や半魔の子どもがチラホラと! 

 あぁぁ……辛抱なりませぬ……!! 

 早く、早くこ奴等を滅する機会を! と、何度思ったことやら」

「――――」


 ゼールには理解が及ばなかった。

 合理的に生きてきた彼女にとって、己の欲に生き刹那的快楽に溺れるコルニクスの答えは到底理解出来ず、聞くに絶え無いものであった。


「もう充分よ。消えて」

「甘いッ!!」


 ゼールが放った魔弾はコルニクスに届く前に宙で爆ぜて消える。

 コルニクスによる同威力の魔弾でかき消されたのだ。


「!?」

「甘い甘い……あまぁ〜〜いですなぁ? 

 我輩が何故この様に回りくどい事をしたか分かっておいでですかな?

全一(オールワン)』ゼール・アウスロッド。

 貴方は強い。邪魔だったのですよ。ですからこうして遠くへ離れてもらい、疲弊してもらった。

 そうすれば、貧弱な我輩とて少しは太刀打ち出来ると言うものです」

「……講釈は結構よ。魔弾一つ防いだ程度で上機嫌なのね」


(貧弱……よく言うわ。あの速度と威力の魔弾を魔族が相殺する時点で実力は分かった。

 それに、私の魔力探知に捕まらない範囲外からの接近。間違い無く魔王級の実力者……)


 再度認識を改めたゼールが杖を構える。

 今度は魔術による攻撃で確実に削り取ると、狙いを定めて。


「おっと。残念ながら貴方とここで闘うつもりはありませぬ。

 今打ち合ってみて分かりました。貴方は強く、ここで殺し合うことにメリットは無い。

 そも、我輩のしたいことはやり終えたのですから長居することも有りますまい。

 今日はご挨拶ということで、ここらで御暇させて頂きます」

「逃がすと思う? 風砲弾(エアロキャノン)!」

「ですから甘いと! 防壁(プロテクション)!」


 背を向け飛び立とうとするコルニクスをゼールが魔術で撃ち抜こうとするも、それは叶わない。

 ゼールの三級魔術は既に並の術士の防壁では止めることが出来ない。

 それをコルニクスはいとも簡単に止めてみせた。


「ッ! 氷塊撃(アイスブラスト)!」

炎塊撃(フレイムブラスト)! やれやれ、分からない人だ」


 家ほどもある大きさの氷塊をぶつける二級魔術ですら、同レベルの魔術によって瞬時に相殺されてしまう。

 それを見てゼールは諦めたように杖をつき、下を向いてしまう。


(しかしまあ恐ろしいものだな……ここまで魔力を削った上で未だこれ程の魔術を扱えるとは。

 ここで殺してしまっても良いが、それも少々骨が折れそうだ)


「どうやら分かって頂けたようですな。

 では今度こそ、失礼させて頂きますぞ。

 もう会うことも有りますまい」


 下を向くゼールを尻目に、羽を広げて夜空へと飛び上がるコルニクス。

 鴉族(レイヴン)であるコルニクスは魔族の中でも珍しい飛行能力の持ち主であり、高い知能により魔術への強い適性も示していた。

 その実力の高さと性格が災いし、彼はこの時正しくゼールの狙いを読めていなかった。


「えぇ、さようなら。――空断裂(ヴァンアウト)

「!? しまッ」


 俯いていたゼールは諦めた訳ではなく、限界まで小さく練り上げた魔力を体内で循環させ、魔術発動の瞬間まで秘めておくことであった。

 結果、コルニクスは一級魔術の発動を予測出来なかった。

 空を割いて飛ぶ刃は、周囲の空との間に歪みを生ませながらコルニクスへと迫る。

 レンズを通した様に屈折する光景に距離感も掴めず、コルニクスは死を実感する。


(避け――間に合わぬッ!)


 肉を切り裂き血飛沫が舞う音がすると同時に、北へと伸びる巨大な竜巻が巻き起こる。

 コルニクスによって発動した竜巻は、血だらけの彼を乗せてその場を離れる。

 回避が間に合わぬと踏んで、ダメージを覚悟で魔術を発動しその場からの離脱を選んだのだ。

 同じ風性魔術による空気への干渉で本来の威力を発揮しきれず、ゼールはコルニクスを取り逃す。


「逃がした、か……ふ、ふふ……笑えるわね。

全一(オールワン)』と呼ばれたところで、私は結局何一つ……全て一つも守れていないじゃない……」


 焼け落ちた心の拠り所を背に、ゼールは虚しく宙を仰ぐ。

 その頬には、一筋の雫がこぼれ落ちていた。



「ハァッ、ハァ……グッ、フゥ……く、クククク……

 全く……いや本当に大したものだ」


 当然ながらコルニクスも無事では済んでいない。

 背から生えていた羽は片翼をもがれ、既に飛行能力は失われていた。

 失った四肢や体の部位は優れた治癒魔術の使い手、それも一級相当の上級魔術でなければ回復出来ない。

 魔族であるコルニクスにその様な技も()()も無く。

 忌々しさと新たな玩具を手にしたような楽しさが混じった表情を浮かべ、コルニクスは闇へと消える。



 ゼールがアトラ王国の王都アトランティアにあるアトリア城へ単身乗り込み、王への直談判を抗議したのは一週間後のことであった。

 ゼールはあの後、例の貴族に再度会いに行きコルニクスを招いたのはアトラであることを聞き出した。

 魔族側の情報を提供する代わりに亡命させて欲しいと申し出た彼を受け入れたのだ。

 結果としてコルニクスはスパイであり、ゼールをはじめ大小様々な火種を撒いて凡人土に混乱を招いたのであった。


「止まられよゼール殿! 乱心なされたか!?」

「退きなさい。王への道を空けなさい!」


 その日、国王であるセイルバン王はロデナスから訪れたダルド王と会合の最中であった。

 城内の警戒レベルは最高クラスであり、蟻一匹とて入る隙すら無かった。

 その中を、ゼールは単身で無理やりにでも押し通ろうとしたのだ。

 鬼気迫る表情、荒れ狂う魔力に一般兵はたじろぎ、歴戦の騎士達ですら寄せ付けない正に鬼神の如き強行軍。


(こんなことは初めて……気持ちが抑えられない。王に言ったところで無駄だとは分かっているのに。

 私は、この無駄を切り捨てることが出来ない……!)


 とうとう謁見の間の扉を開け放ち、王達の会合に乱入を果たしたゼールだが、彼女の進撃もそこまでだった。

 相手が悪いとはこのことか。

 セイルバン王の護衛として付いていたのは当時の大陸五指である『凶狼(きょうろう)』と呼ばれる人物であった。

 何故その様な実力者が、何故その様な()()()いたのか、ゼールは考えても無駄だと牢の中で切り捨てた。


 ゼールが国賊として取り押さえられた三日後、面会に訪れたのはダルド王であった。

 初めて会う異国の王は威風堂々とした出で立ちであった。

 ところどころに黄金の装飾が施された白銀の鎧を纏い、美しい金髪を後ろで一本にまとめている。

『騎士王』と呼ばれる王の姿は文字通りに輝いていた。


「貴殿が噂に名高き『全一(オールワン)』ゼール・アウスロッドか」

「……その名は好ましくありません」

「そうであったか。あいすまぬな。――貴殿の事情は分かっておる。

 とある貴族から擁護の声が挙がってな、セイルバンのヤツも今回の件は不問にしたいとは言っていたが……多少の刑罰は免れぬだろうな」

「構いません。今の私に、生きる意味はありませんので」

「ふむ……生きる意味か……そういうのはもう少し長生きしてから言うべきと思うのだがな。

 貴殿はまだ若い。これから新たな生き甲斐を見つける事など、そう難しくは無いだろう」

「ッ、貴方に……! 貴方に何が分かると言うの!!

 全てを失い、何一つ守れないで!! 『全一』? 笑わせないで! 全て失った私に、何を持って生きろと言うの!?」


 生まれて初めて、ゼールは自身の感情を剥き出しにして吠えた。

 どれだけ非合理と切り捨て、どれだけ無駄と排してきたものであっても。

 最後に残った唯一の感情は、人間として誰しもが抱える焦燥と悲しみであった。


「確かに、私には貴殿の気持ちは分からぬ。

 これ以上何か言ったところで、無遠慮に心を土足で踏み荒らすだけだろう。

 なのだが……私は今日ここにスカウトにやってきたのでな。これだけは言わせてもらおう。

 貴殿さえ良ければ、ロデナスに来て魔術学校の特別講師を引き受けてはみんか?

 ロデナスは戦火からは遠いものの、徴兵によって講師も出はからい人手不足でな。

『全一』という肩書は降ろして良い。ただ一人の『ゼール』として、来てはみないか?

 もしかするとそれが貴殿の新たな生き甲斐となるやも知れぬぞ?」

「今更、私が……」


 血が出る程に唇を噛み締め、ゼールは目の前の王を睨みつける。


『先生!』『ゼール先生!』


 直後、提案された条件を反芻(はんすう)する脳が見せたものは在りし日の光景であった。

 決して忘れることのない、大切な思い出。


「っ、わた、しが……! そんな、都合の良い……事など……!」

「都合が良くて何が悪い?

 人は生きてるだけで辛い現実に当たるもんだ。

 時には楽に流されるのも道だろうよ。

 三日後にはアトラを発つ。良い返事を待っておるぞ」

「…………勝手な人ね」


 ゼールに言い渡された罪は情状酌量も加味され、アトランティアへの向こう二十年の立ち入り禁止及び冒険者証の降格処分。

 同時にゼールはSランクへの永久昇格停止も言い渡されることになる。

 国王二人を襲撃した国賊の罪としては十分に減刑されたものだろう。

 この結果をゼール自身も受け入れ、今回の騒動は終息を迎えた。


「来たか。返事は……聞くまでも無いようだな」

「はい。未だ至らぬ身ではありますが、後進育成のため、微力ながらお力添え致します」

「全く、言葉とは違って酷い顔だ。良い。しっかり励んでもらうぞ」



 旧暦千六年、ゼールはロデナスが王都ロディアスにて講師を四年に渡って務める。

 そして旧暦千十年。

『魔人王』の討死をきっかけに、残された魔族は人族との融和を持ちかける。

 人族も既に多くの犠牲を払っており、これを承諾。

 こうして人魔大戦は終結を迎え、和平が築かれた。

 この年を境に、以降は人魔歴と改称。

 千十年までは旧暦と呼ばれるようになったのである。


 人魔歴十年、ロデナス辺境の村において半魔の少年が生まれる。

 この頃にはゼールは各地を旅して回り、様々な『無駄』を経験するようになっていた。

 無論これでゼールが非合理を良しとする様になった訳ではないが、知る人が見れば彼女から少しは余裕を見て取れたのかも知れない。


 人魔歴十七年。

 アトラ領南部のある地域にて、ゼールは一人の少女の家庭教師を務める。

 約一年に渡る指導の後、ゼールは彼女の秘める才能に気づくが、過去の出来事からこれ以上の関わり合いを避けてしまう。

 赤髪の少女の才能、その全容を把握しきらないまま、ゼールは泣きつく少女を置いてロデナスへと戻るのであった。


 人魔歴二十一年。

 ゼールはある情報を耳にした。

 新たに台頭した魔王、その人物について。

邪智魔王(じゃちまおう)コルニクス』。


(コルニクス……!!)


 心の奥に追いやっていた記憶が湧き上がり、眠らせていた感情が再燃する。

 ゼールは準備を整え、拠点にしていたギアサを発とうとしていた。

 ギルドに立ち寄ったのは、ついでに道中でこなせる依頼が無いかを確認するためであった。


(こんなところにAランク……? 子どもの護衛……アトラまで? こんな依頼、誰も……誰、も――)


 土地に合わぬ不釣り合いなランク。

 報酬はともかく、長大な依頼内容である。

 誰も受けないまま掲載期間の終了を迎える。

 そんな依頼を、ゼールは数十秒ボードの前で立ち止まり――


「こちらの依頼、受けるわ」


 気づいた時にはカウンターへと付いていた。


(これで、最後。未練がましいのは、これきりよ)


 どうせアトラへは向かうのだ、無駄では無いと。

 ゼールは自分自身でも卑怯な言い訳と自覚しながら、護衛対象を迎えに行く。


 そこはいつしか見た絶望と同等、否、それ以上の地獄であったかもしれない。

 燃える景色。潰れた家々。焼け焦げた人。

 そして、人の身では到底敵わない脅威を前に、果敢に立ち向かう少年。

 事態を認識した時には既にゼールは駆け出し、龍に狙いを定め使うべき魔術の選定を始めていた。

 視界の先では少年が魔力切れを起こして姿勢を崩す。


(巻き込んでしまう! 一級は使えない……それならば――)


氷牙(アイスファング)


 龍の片翼が貫かれ、絶叫が挙がる。

 その隙に少年を担ぎ上げ、杖は龍に向けたままゆっくりと後ずさる。

 しかし、龍はそのまま踵を返して片方しか無い翼で空へと上がる。


(片翼で!? あくまで大気……いや、魔素に乗っている……?)


 そのまま龍は飛び去り、残されたのは素性も知らぬ少年だけ。

 ひとまず炎を消化し、少年を寝かせるために村から離れる。

 半日は寝込み、やがて起き上がった少年と言葉を交わす。

 それが、彼女にとっての最後にして最大のターニングポイントとなる。


「坊や、名前は?」



 ――――



「――――い! せ――い!」


 声が聞こえる。

 暖かな日差しが瞼に差し込み、風が頬を撫でるのが伝わる。


「先生! やっと起きた……珍しいですね、昼寝なんて」

「疲れてました……?」


 目の前にはうねった茶髪の角持つ半魔の少年と、美しい金の毛並みを持つ狐族(ルナル)の少女。


「えぇ……長い、長い夢を見ていたわ」

「夢ですか? どんな夢を?」

「先生が見る夢、気になります!」

「ふふ……聞いてもつまらない話よ。さて、それじゃあそろそろ行きましょうか」


 夢は終わった。

 だが、目の前には新たな夢が広がっている。

 今はただ、この夢の行き着く先を――――







ここまでご覧頂きありがとうございます!

これにて幕章は完結となり、次回からは第七章となります。

作中初期から登場し、ミステリアスで頼れるゼールの過去話でした。

本当は四話程で切り上げる筈だったのですが、私の畳み方が下手クソでございました。

それではまた、次回のお話をお楽しみに!


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― 新着の感想 ―
ゼールの過去、ここまで書かないと次には繋がらないですよね。 書く必要はあったと思います。 ……んー、直すとしたら切のいいところまでをこの章の途中途中で挟んでくるといいかもしれません。 完結おめでと…
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