「再演」
旧暦千一年。凡人土はアトラ王国の南東に位置する平原に一軒の小屋が立つ。
それは土性魔術によって作られた簡素な建物であり、最低限の『住』を成しただけのものであった。
そこには一人の魔術士と三人の子どもが暮らしていた。
三人の子どもは人族・魔族・半魔とそれぞれ違った種族でありながら、戦時下においても堅い絆で結ばれ、その様子を魔術士は眩しい物でも見つめるようにして見守っていた。
旧暦千三年。
気づけば四人が暮らすそこは、大戦で親を失った子ども、いわゆる戦争孤児を引き取る施設の様な物になっていた。
その頃には建物は増築され、皆が暮らすための長屋と、いつの日か魔術士が幼い頃に教えを受けた様な教室棟が出来ていた。
子どもは増え、数はおよそ二十人。
魔術士が出稼ぎに出る度に見つける孤児や奴隷の子を引き取っているうちに、随分と大所帯になった。
当然、増える子どもの種族はバラバラである。
ゼールは魔族と半魔の子には『知らない人が来たら家から出ず、顔を見せるな』ときつく言いつけていた。
同時に、話を聞きつけた善良な者達も数人現れ、共に暮らして孤児の面倒を見てくれた。
そしていつしかそこは『全ての子の家』と呼ばれた。
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旧暦千五年。
『全ての子の家』の名は一部の権力者達に知れ渡り、事実上の不可侵地帯となっていた。
はじめこそ、その名が知れ渡ると魔族はおろか半魔すら保護する姿勢を批判する声が募った。
中には直接ホームを訪れる厄介者までいた。
無論、ゼールはそれを力で鎮圧。
次第にホームを襲おうとする者は消え、むしろ活動を支援する者達のほうが増えた。
大戦に反対する貴族達からの支援物資も届く様になった。
しかし、それに比例する様にしてある噂が王都アトランティアでは流れていた。
『凡人土のどこかで魔族や半魔を保護している者がいるらしい』
『なんでもそいつは魔族で、内側から凡人土を攻め入る算段を立てている』
様々な憶測で噂は尾ひれを付け、民衆の中には不信が募った。
元々『全ての子の家』の噂は貴族や一部権力者によって情報統制されており、民衆の耳には入りにくい様になっていた。
だからこそ、正しい情報と誤った情報が交差する事無く、誤った情報のみが民衆の頭を支配する様になってしまった。
そうしてここ数日、ゼールが物資調達や権力者達との会合で使用している、徒歩で半日程の町でデモ活動が行われているという話を手紙で受け取った。
差出人はかねてより支援協力してくれている辺境貴族からであり、ゼールもこの情報は信用に足ると同時に無視出来ない問題と考えた。
「それじゃあマイア、留守を任せるわ」
「えぇ、いってらっしゃいませ。お気をつけて、先生」
「私は貴方の教師では無いでしょうに……」
「うふふふ! 『先生』は皆の先生ですよ!」
「もう……」
この頃には引き取った子どもは三十を超え、手伝いの大人も四人いた。
マイアという人族の女性は大戦に反対し、ゼールの活動を聞きつけて真っ先に協力を申し出てくれた。
今ではゼールを差し置いて母親ポジションに座ってしまったが、ゼールは『母』というものに適性が無いと自認しているためこれを有り難く思っていた。
「先生〜〜!」「もう行くの!?」「気をつけてね〜~!!」
三人の子どもがゼールへと駆けよって来る。
人族のカーレ、魔族のエスラ、半魔のソニー。
ゼールが五年前に保護した、最初の子どもた達である。
「三人共。年長者として皆を纏めて、マイア達を助けてあげるのよ。お願いね」
「「「うん!!!」」」
立派に育ってくれたものだと、ゼールは頬を緩ませる。
他の子も同様に、ゆっくりではあるが大戦で負った心の傷を癒しながら成長している。
それを見るのがゼールにとって何よりの生き甲斐であり、生きる意味であった。
約半日を歩き通し、目的の町へと辿り着いた時には日は沈んでいた。
元々そこまで大きくない町ということもあり、周囲に人気は少なく、道を照らすのは民家の明かりと少々の街灯のみであった。
そんな中ゼールが向かったのは、手紙を寄越した辺境貴族との待ち合わせに使っている町外れの酒場である。
手紙には落ち合う日時が指定されており、そこで貴族が掴んだデモ隊の情報を詳しく伺う手筈になっている。
酒場の前に着きドアに手をかけたところで、ゼールは違和感に気づく。
(――複数の魔力反応……数は……八。それも一般人のものでは無い。冒険者……派遣の騎士団員……? 違う、この魔力は――統制されている)
罠の可能性を頭に入れゆっくりとドアを開けた先には、見慣れた後ろ姿がカウンターに座っていた。
周囲には数人の客がそれぞれ食事や酒を楽しんでいるが、先程の魔力はこの者達だろうとゼールは得心した。
注意を配りつつ、待ち人の横へとゼールは腰掛ける。
「待ちわびたぞ。疲れただろう、先に一杯飲んだらどうだ?」
「飲まないわ。知っているでしょう」
「むう、そうか。相変わらずつれないな。して、子ども達の様子はどうかな? 元気に過ごしていれば良いのだが」
整えられた口髭を指先でこねながら貴族は尋ねる。
貴族ではあるが身なりはそこまで豪奢に飾り立てておらず、最低限に留めて品を出している。
だが、いつもと違う事がある。
「……元気よ、凄く。皆、貴方には感謝しているわ。私もね。だからこそ――」
ゼールが言い終わる前に、周囲の客が一斉に立ち上がって机の下や服の裏に隠していた武器を手に取る。
カウンターの中の店員も、長刀を抜いてゼールへと突きつけている。
「――失望したわ。これは何?」
「…………本意では、無いのだ」
「誰かの差し金だと?」
「……っ、言えぬ!! 頼む! ここに留まってくれ!! そうすれば、お前には危害は加えん」
「そう……どうしても言う気は無いのね?」
「頼む、ゼール!」
「ありがとう。これまでの事、本当に感謝しているわ。それじゃ」
「〜〜ッ! 行くなァ!!」
貴族が叫ぶと同時に、周囲の者達が一斉に武器を振りかざす。
ゼールは一瞥することも無く、一つの魔術を口にする。
「吹雪」
ゼールを中心として部屋中に猛吹雪が巻き起こる。
風圧と冷気により、貴族を含めた周囲の者はみなゼールから吹き飛ばされる。
壁まで飛ばされ、背中を氷漬けにされて身動きの取れない貴族にゼールはゆっくりと近づく。
「最後よ。言いなさい。何故こんな真似を?」
「言えぬのだ……! 頼む、ゼール……!」
「私は、貴方達が……この町の住人全てがあの子達へ害を成すというのなら、この町を火に焚べることに何の躊躇いも無いわ。ねぇ、わかるでしょう?」
「あ、あぁ……うぁ……」
冷気によるものか、はたまたゼールへの恐怖か。
貴族はガタガタと震え、狼狽するばかりであった。
一方のゼールは、男の返答如何によっては今口にした事を本当に実行するつもりである。
だからこそ、最後の境界線を保つため、ゼールは男からの返答を待った。
「――――脅されている……ある日一人の魔族が私を訪れた。そいつが何故凡人土にいるのか、どうやって来たのかは分からない……ただ、そいつは私に一つの枷をはめた。それが、『全ての子どもの家』からゼール、お前を引き離すことだ。従わねば……妻の、子どもの命が……! 分かってくれ!」
「そう、それは気の毒ね。でも、悪いけど私は行くわ。それじゃ」
「待て、待ってくれ!! 行くなゼール! ゼーーーール!!!!」
男の悲痛な叫びを背に受けながら、振り返ること無くゼールは店を後にする。
早足で町を出て、すかさず杖を掲げる。
「暴風!」
ゼールの足元から家一軒は容易く吹き飛ばしてしまう程の暴風が吹き荒れる。
指向性を持たされた風はゼールを巻き上げ、そのまま真っすぐにホームの方角へと吹き荒れる
(このまま風を注ぎ足せば、二時間もあればホームへ着ける……お願い、どうか――)
世界とは常に残酷であり、厳しく。
悪意とは常にどこにでも転がっているものである。
ゼールが魔力の七割を消費し、ようやくホームが視界に入るかと言うところで、ソレは目に入った。
燃えている。子ども達が待つ、ホームが。
マイア達大人の協力者が住む、ホームが。
ゼールが帰るはずの、希望住まうホームが。
(カーレ! エスラ! ソニー! マイア! 皆ッ!!)
普段から表情を崩さぬゼールも、額に玉のような汗を浮かべて唇を噛み締めた。
近づくにつれ鮮明に見える。
周囲に人影は無く、避難した様子はおろか放火した者の姿すら見えない。
既にホームの骨格は焼け落ち、炎の中はほとんど燃えカスとなっていた。
(この炎、魔術! いや、それよりも――反応が無い……誰も、もう)
確かな魔力感知の技量がゼールにもたらしたものは、絶望だけであった。
何一つとして反応が無い。誰一人としていない。
その事実が、ゼールの心を蝕んでいく。
「〜〜ッ! 水砲弾! 水砲弾ッ!!」
呆然としている場合ではないと自身を鼓舞し、水性魔術で消火を試みる。
焼け落ちた跡形から出てきたものは、黒く焦げ落ちた煤と折り重なり互いを守るように積み上がった白骨であった。
「――――――――また、なのね……」
絶望も後悔も、それに耽る時間は無駄としてゼールは心を割かない。
今までは、そうしてきた。
だが、今のゼールは『全一』という肩書と実力、確かな実績を持って今に至った。
自分一人の行動で防げたかもしれなかった。
こんなことにはならなかった。
力ある自分が、正しく力を振るえなかったから今がある。
そういった後悔が、ゼールの心を支配していた。
「なんだ、消してしまわれたのですか? せっかく綺麗でしたのに」
焼け跡の前で崩れ落ちるゼールの背後から声がする。
男の声だった。
冷たくも柔らかく、冷徹さを感じさせながらも理知的で。
ゼールが振り返ると、長身痩躯の魔族の男が立っていた。
闇に溶けるような黒の外套を羽織り、背中からは鴉の様な羽が生えている。
髪はそれらとは対照的に白髪で違和感がある程に闇に浮き、より一層不気味さを引き立てている。
「あぁどうも、ゼール・アウスロッドさんですね? お初にお目にかかります。我輩、コルニクスと申します」
コルニクスと名乗った男はわざとらしい程仰々しく、深くお辞儀をしてそのニヤケ面を向けてきた。
もうちょっと短めにするつもりだった幕章も次回で最後となります。
ゼールの過去、いったいどうなる……!?
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