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半魔転生―異世界は思いの外厳しく―  作者: 狐山 犬太
幕章 ―全一の道程―
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「戦火」

 旧暦九百九十九年、ゼールが十九歳の年。

 既にゼールは三つ目の元素属性である水性魔術も一級を習得し、十代にして三属性の一級使いとなっていた。

 また、ドルフと会った年から杖を使い始めたが、そのどれもがゼールの一級行使に耐えきれず破損。

 ドルフも躍起になり、その都度新たな杖を新調していた。

 そうして壊した杖の数は、五年間で百を超えていた。

 ゼールは相変わらず一人で行動することを好んだが、その頃にはアトラ王国直々の招聘により騎士団員達に魔術の手ほどきをすることも珍しくは無かった。

 冒険者ランクも十八の頃にはSとなり、全てが順調に進んでいた。


 そして、旧暦千年。

 それは世界にとって、ゼールにとっても運命の年となる。

 魔土西部にて勢力争いをしていた国々の争いが終結し、一人の魔王がこれを治める。

 その人物は自身の事を『魔人王』と名乗り、そのまま周辺国を従えて東へ、すなわち凡人土側へと侵攻。

 道中の村や小国すら飲み込んで勢力を拡大し、人族はおろか、従わぬ魔族でさえもその手にかけた。

 そして『魔人王』はアトラ王国、ひいては凡人土へと宣戦布告する。


「人族は全面降伏し土地も明け渡せ。そうすれば命だけは見逃してやろう」


 それが『魔人王』からの要求であり、当然人族はこれに強く反発。

 凡人土と魔土、それぞれに居を構えた抗争が始まり、次第にその戦火は拡大した。

 それぞれの土地に住む異種族を追いやり、果てはその命を奪って。

 全ての土地がそうであった訳では無いが、形だけでも他者を追いやらねば体裁が保てない。

 次は我が身かもしれないという恐怖が、人を暴力へと駆り立てた。


 ゼールはその実力をアトラ国王である若きセイルバンから買われ、前線へと配属された。

 しかし、彼女は一つの条件を出した。

『極力、私は直接的に魔族を殺さない』。それが彼女の出した条件。

 幼き頃に過ごした魔土。共に育った魔族達。

 かの日の思い出が、戦争という中でさえゼールを非情にはさせきれなかった。


 同年にはゼールも二十歳となり、ついに最後の属性である風性の一級を習得。

 四元素全てを一級まで高め、戦場において多大な戦果を挙げる彼女を、人々はいつしかこう呼んだ。

 ――『全一(オールワン)』と。

 同時に、その頃には右手に一つの杖が変わらず握られていた。

 純白の柄の先にガラス玉が付けられ、その中には赤・青・黃・緑の四つの魔石が円を描くように埋め込まれている。

 名匠ドルフによる渾身の一振り。ゼールの為だけに作られた、四元素魔術を全て一級で扱うための特注品。

 それこそが、『四元の杖』である。

 人魔大戦が始まって僅か一月にして、『全一(オールワン)』ゼール・アウスロッドの名を知らぬ者はいなかった。。


 その日の戦地はアトラ王国から南に位置する越境線。

 当時は戦時中ということもあり、越境手段はアトラの架け橋だけではなかった。

 むしろアトラの架け橋は戦時中は侵略を阻止する為に落とされており、常に警護の者が目を光らせていた。

 なので、土地を行き来する手段として土性魔術により橋を架けたり風性魔術によって崖を飛び越える等の手段が取られた。

 その様にして侵略してきた魔族達を返り討ちにすることが、その日のゼールの仕事であった。

 戦争が始まって三カ月が経過しており、双方共に死傷者多数。

 当時の大陸五指までもがそれぞれの勢力に加担し、戦況は苛烈の一途を辿っていた。

 ゼールも多くの魔族をその手にかけ、既に戦争に対する嫌気すら感じない程に心は枯れていた。


 侵略してきた魔族を掃討し、ボロボロになった戦場跡を一人で歩き魔力探知で周囲の索敵を行う。

 周囲にあった建物は戦闘の余波で崩れ落ち、木々は焼け焦げて煙をあげている。

 そんな中、魔力探知にかかった反応が三つ。

 小さくか細い魔力反応。死にかけか、そもそも戦う力の無い者か。

 その反応は瓦礫の下から。魔弾で瓦礫をどかすと、地下への隠し階段が現れた。

 それはいわばシェルターの様なものであり、有事の際の緊急避難場所であった。

 人族であれば保護対象、魔族であれば立場上見逃す訳にはいかない。

 そう考えていたゼールであったが、その先にいたのは――


「ヒッ!? だ、だれ!?」

「――――子ども? それに……」


 いたのは三人の子ども。三人とも歳は五、六歳程。

 しかし、全員が人族という訳ではなかった。

 うち一人は魔族、そしてもう一人は半魔であった。

 ゼール程の者であれば半魔は見れば分かる。

 身体的特徴はともかく、魔力の質や流れが違うからだ。

 人族、魔族、そして半魔。それぞれ種族の違う三人の子どもは、怯えながらも互いを守るようにして身を寄せ合って震えていた。


「……貴方達、どうして三人でいるの?」

「きゅうに、村がおそわれて……父さんたちが、逃げろって……」

「わたしたち友だちだから、一緒に逃げたの」

「お姉さんは、だれ……?」

「私は――」


(未だに人族と魔族が共存していたということ? 私が生まれたボッセルの様に? あの有様では生き残りはいない。この子達は、これから三人で、それぞれ引き裂かれ合う運命の中生きていかなくてはならない……)


 その子どもたちは、()()()ゼールが取りこぼした全てだった。


「――……貴方達の知っている人達は、皆死んだわ」

「えっ……」

「うそ!! うそうそうそっ!!」

「やだ……! いやだよぉ……!!」


 ゼールに後悔は無いはずだった。それに意味は無く、取り返しもつかないものだから。

 合理的に生きてきた彼女は、自身が行う非合理に納得はいかないまま、しかして自身の根底にある大切だったものを思い出す。


「だから、選びなさい。三人で生きていくか、私と来るか。私は母親にはなれないし、なる気も無いわ。けれど、知恵と道は教えてあげられる。だから……選ぶのよ」

「そんな、こと……」

「わかんないよぉ……! パパぁ……ママぁ……」

「うっ、うあぁぁぁぁ……!!」

「泣いても意味は無いのよ。迷っても意味は無いのよ。選んで進みなさい。生きたければ選びなさい。三人で、どうするのか。どうしたいのか。決めるのは貴方達なのよ」


 強く生きてきたゼールは、弱者への歩み寄り方を知らない。

 だが、弱者を強くする(すべ)は知っている。

 あくまでも選ぶのは子どもたち。自分は今選べる道を示すだけ。

 本来ならば無理やりにでも連れて行ってしまいたいくらいだった。

 しかし、ゼールは全てを押し殺して子供たちに選択権を与えた。

 自身の命以外全てを奪われた彼等から、選択の自由までは奪えないと。

 ()()()選ぶ道が一つしか無かった自分とは違うのだと。


「ぼく……いく……ぼくは、お姉さんについていく……!」

「うっ、ひぐっ……えぐっ……わだ、わだしもぉ……」

「うあぁぁ……うぅぅ〜〜……ぼくもぉ……」

「……そう。なら、行きましょう」



 この日を境に、ゼールを前線で見たものはいない。







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