二人の秘密(8)
レンは、私に解決策が浮かぶのを待ちはしなかった。
彼は何かメッセージを送るように、私の手を二度強く握ってから離し、その手をすぐに私の背に回して慰めの体勢をとった。
レンは声に抑揚をつけながら、ゆっくりと言った。
「愛する人と他の女性の噂など、アンドレアにはさぞかし苦痛だったでしょうね。その噂に策略が絡んでいるとなれば尚更、彼女が受けた精神的な負荷は大きかったはず……。このような事態に、アンドレアが実際に巻き込まれるのは初めてです。もちろん慣れているはずもない。自分では平気だと思っていても、こうして拒否反応が出てしまうこともあるでしょう」
それは穏やかな声だったが、ローレンスとステファンに対する「あなた方にも理解いただけますよね?」という含みを持たせた言い方だった。
(あぁ! そういう方向に持っていくのね……!)
レンの意図を察した私は、『か弱き女性』『繊細なお嬢さま』を演じようと、あえて辛そうな素振りを見せながら、レンにもたれかかった。
しかし、これにはかなりの抵抗感が伴った。
ローレンスやステファンを納得させるためとはいえ、「こんな態度を取るなんて……なんだか、ひ弱すぎじゃない?」という非難が頭をもたげたのだ。
人前であるにも関わらず、私はレンの手を握り、彼に支えを求めた。だが、それは『別世界に連れてこられた身』という“正当な理由”があった故だ。通常では考えられない目に遭ったのなら、“黒幕”の話に不安を感じるのも動揺するのも仕方がない……。
しかし、そうした特殊な事情がないのであれば……これでは、ただの『噂にも策略にも対処できない貧弱なお嬢さま』だ。
『か弱き女性』も『繊細なお嬢さま』も、私の趣味ではない。むしろ決してなりたくない人物だった。
そう思い至った途端、私は「弱いなんて思われたくない!」という思いに頭を支配された。『周りから“アンドレア”として見られているか』ではなく、『周りから自分がどう見られるか』に焦点が切り替わった瞬間だった。
(本当は、もっと毅然としているべきなのに……。こんな弱々しい姿を晒すなんて……完全に失敗よ。周りからどう思われるか、わかったもんじゃないわ……)
今更ながら、どっと恐怖が湧き上がる。
これは“アンドレア”どうこうではなく、完全に“私”自身の恐れだった。
別の世界に来たところで、“これまでの人生経験”や“人格”を元の世界に置いてきたわけではない。私は、この世界に自分の価値観を丸ごと持ち込んでいる。その価値観が、隙をうかがっては不意に忍び込んでくるのだ。
今は「人に弱さを見せてはダメ」という信念が、突如として顔を出し暴れ始めていた。タイミングとしては最悪だ。
(この場を切り抜けられても……印象は悪くなるわ。だって……弱すぎるもの。こんなことにも対処できないのかって……もっと強くあるべきだって……みんな、そう思うでしょうね。私だって「もっとしっかりすべきでしょ」って馬鹿にしたくなるんだから。あの優しいスペンサー伯爵でさえ、内心ガッカリしているかもしれないわ。ステファンは……きっと呆れるはずね。公爵家に嫁ぐ女性がこんな風では「先が思いやられる」って思うに違いないもの。ロ、ローレンスは……)
私は思考の暴走に苦しんだ。
そんな私の前に、スッと誰かが進み出て跪く。
ローレンスだった。
彼は、この上ないほど優しい手つきで私の手を取った。
「アンドレア……配慮が足らず、すまなかった。この噂のせいで、君には大きな負担をかけてしまった……。嫌な思いをさせただけじゃない。君から『必要な時間』まで奪う羽目になったというのに……」
「……」
頭が真っ白になった。
ローレンスの全てが、アンドレアに対する思いやりに溢れていたからだ。まっすぐな眼差しには、否定的な感情が一切なかった。低くて艶やかな声は、どこまでも優しい。彼が跪いたのも、私を見下ろすことで威圧感を与えないようにという気遣いだと感じられた。
ローレンスは、私の態度を弱いと見ていなかった。アンドレアを愛しているから『見る目が甘くなっている』のではない。過保護になっているのとも違う。
ごく自然に、彼はアンドレアの気持ちを受け入れていた。そこに判断や批判は存在しなかった。
パッと視線を上げると、ステファンの姿が目に映る。彼にも、呆れたり馬鹿にしている様子はなかった。わずかではあるが、気遣うような表情まで見せている。
スペンサー伯爵もエレノアも、ローレンスと私を優しく見つめるだけで、非難めいた気配は全くない。
(……私……こんな態度なのに……それを弱いと感じないの? え? 誰も『もっと気丈に振る舞うべきだ』って思わないの?)
その通りだった。
この部屋にいる誰も、私を『弱い』と見ることも、批判することもしていなかった。
私にとっては、一種のカルチャーショックだ。
どうやら……『噂くらいで傷ついちゃダメ』『気丈に振る舞うべき』と考えたのは、“私”だけだったらしい。
私が『弱さ』だと思ったものを、そもそも彼らは『弱さ』だと見てもいない。大袈裟に捉えることはなく、だが真剣に、そして軽やかに。そうやって気持ちを受け入れるローレンスたちの姿勢を素直に好きだと思った。
(レンがアンドレアの評判を落とす方向へ持っていくはずがないと、もっとわかっておくべきだったわ……。誰も批判しないことを、彼は知っていたのね。この部屋で、一番批判がましかったのは私じゃないの。これじゃあ、『かつてのエレノア』と良い勝負……)
私は気持ちを切り替え、ローレンスの方へ少し屈んで言った。適切な言葉を探すのに苦労したが、心は落ち着きを取り戻していた。
「気遣ってくれて……ありがとう。でも……事情を話すことは必要ですから……。みんなに知ってほしいですし、話す場には私もきちんと立ち会いたいのです……。“これから”のことを考えるためにも、私たち全員にとって黒幕の存在は重要になるわ……。そうでしょう?」
それを聞いたローレンスは優しく微笑むと、私の手をゆっくり離して立ち上がった。
彼はレンに真剣な眼差しを向けた後、こう言った。
「今回の件の“黒幕”は……私の伯母ミランダです」
それを聞いたレンの手が、ピクリと反応した。
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