二人の秘密(6)
「アスター家にとって、“守護者”はとうに忘れ去られた存在だと思っていましたが、どうやら違うようですね。私が守っている森にさえ、過剰に反応するほどです。……ならば、その『“守護者”に脅威を抱く者たち』は、私が守護している女性に対して、いったいどのような目を向けるのでしょう?」
言外に『このことについては、当然あなたも考えたはずだ』というレンの思いが滲んでいる。
ローレンスは、それをしっかり受け止めたようだ。すぐには口を開かないが、レンをまっすぐ見つめる真摯な態度からは覚悟が感じられる。こうした指摘があることを、予め予想していたようにも見えた。
ローレンスが答える前に、レンが続けた。
「森に信頼を寄せていたステファン殿でさえ、あなたの婚約となれば疑念を抱かれたほどです。アスター家のご令息が、『守護者の森』で、『その守護者が守っている女性』と出会い、婚約までするに至った。いささか出来すぎた話だと思えるのでしょうか? 恐らくアスター家の方々は、強い警戒心を抱くでしょう。彼らはアンドレアに悪意のある眼差しを向けるのではありませんか? 彼女がローレンス殿をたぶらかしたと、その裏で糸を引いているのは守護者だと……そのように言う者も出てくるのではありませんか?」
こうした言葉に耳を傾けながら、ローレンスは微塵も動揺を見せなかった。代わりに、動揺した様子を見せたのはステファンだ。しかし、それはレンの話自体に対するものではなく、「ステファン殿」と自分が「殿」をつけて呼ばれたことに対するもののようだった。
レンは淀みなく続ける。
これまで口数の少なかったレンが話し続け、ローレンスとステファンは黙っているという、これまでとは逆転の状態だ。
「ローレンス殿、あなたは誠実な方です。あなたとアンドレアが愛し合っていると言うのなら、それが事実でしょう。お二人の想いを、疑うつもりも軽んじるつもりもありません。周囲に関係を隠していたことも……今回のような異例の行動も……何かやむを得ない事情があってのことなのでしょう。そうしたことにも理解は示すつもりです。しかし、わかっていただきたい。私が最も気にかけるのは、『アンドレアが苦境に陥らないか』ということです。それは、守護者である私の務めでもあります。アンドレアが辛く苦しい環境に身を投じるというのなら、私はこの婚約を素直に受け入れることはできません」
レンが言い切った後、誰もが黙り込んだ。
ローレンスが目を閉じ、深い溜息をつく。しかし、その溜息は、不満、失望、不安、といったものではなかった。不思議なことに、それはレンに対する敬意と『完全なる同意』を感じさせる溜息だった。
しばらくして、ローレンスが口を開いた。
「レンさまが、そのように仰るのは当然のことです。……全てが急のことでした……。本当は……もっと時間をかけて、ゆっくりと進める気持ちでいたのです。アンドレアと出会った日以降、私は時間をつくって、度々“レンさまの森”に足を運びました。アンドレアから『毎日、森の図書館にいる』と聞いていましたから、そこへ行けば必ず会えるとわかっていました。森の中に入れば、ステファンは私を一人にしてくれます。それに、彼は何も詮索しないでいてくれました。おかげで、私はいつも自由にアンドレアと共に過ごすことができたのです。互いに名乗らないまま……そのようにして4ヶ月間を過ごしました。私はアンドレアを愛し、いずれは身分を明かして求婚するつもりでした。その時になれば、私も彼女の身分を知ることになります。……もしも不測の事態が起こらなかったなら……婚約を成立させる前に、スペンサー伯爵とレンさまにご相談する時間を得られたでしょう。“守護者”の件を話し合う機会も得られたでしょう……」
ローレンスの悩ましげな表情に同調するように、私は眉をひそめた。もっとも、私が悩ましく思っているのは、「守護者」に関する自分の無知さに対してだったが。
(アンドレアとローレンスの結婚に、ここまで『守護者』が絡んでくるとは思わなかった……)
この世界にきてから今日に至るまで、2週間はあった。本来なら、ある程度の知識を得るには充分な時間だ。
だが、レンはスペンサー伯爵との話し合いに時間を費やしていた。彼は私のことを常に気にかけてくれていたが、守護者についての説明を求められる状況ではない。
アメリアに質問すれば変に思われるだろうし、本から学ぼうにも守護者について書かれた本は見つからなかった。
私が一番答えに近づけたのが、あの森に向かう馬車の中だった。実際に、私は守護者について教えてもらおうと口にまでした。しかし、レンはそれをやんわりと断って、「私自身の気がかり」を優先したのだ。
そう……あの「エース」の彼の話だ。
今となっては、本当にその話を優先すべきだったのかどうかわからない。なによりもまず、守護者について教えてもらうべきだったのかもしれない。
(なぜ『この世界』は、私が追いつくまで待ってくれないのかしら……)
私がそう思ったところに、ローレンスの声が重なった。
「なぜ世界は待ってくれないのか……」
ローレンスの口から同じような台詞が飛び出したことに驚き、私は目を丸くして彼を見つめた。
ローレンスからは、『ゆっくりと時間をかけて愛を育みたかった』こと。『二人の結婚に障害があるのなら、それをしっかり解決してから婚約を成立させたかった』こと。そして、それを阻んだ不測の事態に対する嘆きが感じ取れた。
彼は一呼吸置いてから、核心に触れるように話し始めた。
「1ヶ月程前……私はある話を耳にしたのです」




