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眠れる君に出会うまで  作者: 里凪


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二人の秘密(4)

 ローレンスは「そのままでいて」と制するように少し手を上げ、私の注意を引くため指を軽く動かしている。そして、私がそれに気づいたのを確認すると、彼はゆっくり頷いて見せた。


 “大丈夫。ここは任せて”


 ローレンスの目が、そう言っている。

 会ったばかりの“私”にも、彼の言いたいことはハッキリと伝わった。どれだけ会話を重ねても通じない人だっているというのに、彼とは言葉を用いずに意思疎通ができた。その事実に、私は少なからず感動を覚えた。

 私とローレンスが共通して持つ“この場を平和に切り抜けたい”という意図が、私たちのやり取りを助けてくれている気がした。


 流れに身を委ねるように、私はローレンスに向かって頷き返す。それを受けて、彼はすぐに口を開いた。

 ローレンスの澄んだ溌剌とした声は、たった一瞬で部屋の雰囲気を変えるものだった。


「皆さま、どうぞお気を悪くなさらないでください。ステファンの悪い癖が出てしまったようで申し訳ありません。彼は従者としてだけではなく、護衛としても、私が幼い頃からずっと仕えてくれています。私の人生に、誰よりも深く関わってきた人なのです。……そのせいもあって、いまだに並々ならぬ過保護ぶりを発揮することがあるようで……。幼少時、高熱を出すと夜通しステファンが付き添ってくれましたが、心配のあまり彼の方が非常に体調が悪そうだったと周りから聞いています。今も心配のあまり、私よりも彼の方が疑心暗鬼になっている。こんな彼のことを、からかって『乳母ステファン』と呼ぶ者もいるくらいなんですよ。まぁ……そう呼んでからかうのは、たいてい私の父なのですが……」

「ローレンスさま!」


 ムッとした表情で抗議の声をあげたステファンだが、彼の耳は恥ずかしさからか赤くなっていた。


 ステファンは不本意だろうが、ローレンスが語った内容はこの場で話すものとして大正解だった。その証拠に、エレノアの表情が先程とは打って変わって優しくなっている。


 『乳母ステファン』。

 このイメージが、ステファンを見る目を変えた。

 いくら公爵令息の護衛とはいえ、由緒ある伯爵家や守護者に対して強い態度に出ることは無謀だ。それでもローレンスを想うが故に、ステファンは何かを言わずにはいられない。その理由を『乳母ステファン』は垣間見せてくれた。


 今の私とエレノアからすれば、もはやステファンの不躾な態度も「不器用な男の空回り」にしか見えなかった。そんなものに、いちいち目くじらを立てる必要もない。彼に必要なのは、非難ではなく『スペンサー家と守護者は信頼できる』という理解だ。


 元よりステファンの態度を「大したもの」として捉えていなかったスペンサー伯爵が、穏やかな声で話し始めた。


「私たちは気を悪くなどしないよ。貴族の交流において、無礼な態度や挑発は日常茶飯事だが、そこから見るとステファンの態度はかわいいものだ。なにより、彼の言動は敵意からではなく、ローレンス殿を想うからこそなのだと理解している。私も娘のことになると考えすぎてしまうのでね。神経を尖らせる気持ちはよくわかるよ。ローレンス殿、君のことを心から慕う者が、護衛を務めていると知ってとても嬉しく思う。なんとも頼もしいじゃないか。君の“忠実なる護衛”のことを、今は妻も理解しただろう」


 スペンサー伯爵がエレノアに視線を向けると、彼女は慌てて目を逸らし、正面を見つめながら呟いた。


「え、ええ……もちろんですわ」


 ……エレノアは変わった。

 そして、彼女のスペンサー伯爵に対する態度も同様だった。見つめられるのが居た堪れないというように、今のエレノアはスペンサー伯爵の顔をまともに見られない。

 その理由がエジャートン夫人にあることを、私は察していた。詳細は知らないものの、二人の結婚の背後にエジャートン夫人がいたことはわかっている。

 ステファンの言葉を借りるなら、エレノアは『企みを持つ者』だった。そして今のエレノアには、『騙した相手』の目をまっすぐ見つめることはもう不可能なのだ。


 スペンサー伯爵は、そんなエレノアの変化を気に留めようとはしなかった。妻には関心を寄せたくないという意思を感じる。彼はエレノアに対して、酷い言葉を投げつけることはなく、冷酷になっているわけでもない。けれども、完全に心を閉ざしていた。

 エレノアが少し気の毒にも思えるが、自分が『騙されていた』と知ったスペンサー伯爵が、彼女を信頼できないのもよく理解できる。この場合、優先されるべきはスペンサー伯爵の気持ちの方だろう。


 スペンサー伯爵はエレノアには構わず、ステファンに向かって言った。


「さて、ステファン。今度は君の番だ。君にも私たちのことを理解してほしい。まず明確にしておくが、私たちにはローレンス殿を利用する気など一切ない。君は特にレンのことを警戒しているようだが、それは彼が“守護者”だからだろう? しかし、レンは貴族に対してわだかまりなど抱いていない。もちろんアスター家に対してもだ。ローレンス殿を利用したり、ましてや復讐めいた何かを考えることもあり得ない。“守護者”という呼び名にこだわらず、レン自身を知ってほしい。彼はローレンス殿とアンドレアの幸せを純粋に願う……そういう人だ」

「もちろん、私は二人の幸せを心から願っています」


 ようやくレンが言葉を発した。

 その落ち着いた低い声が心地良くて、私の口元に軽く微笑みが浮かぶ。しかし、『自分が何かを言えば逆効果』とでもいうかのように、レンはそれ以上のことを語らなかった。

 スペンサー伯爵はレンの言葉に頷いた後、再びステファンに話しかけた。


「二人の婚約には、私も妻も、そしてレンも関わっていない。ステファン、君も重々承知のはずだ。この婚約は、ローレンス殿とアンドレア……二人の間においてなされたもので、他の誰の意図も絡んではいないと……」


 ローレンスがスペンサー伯爵に同意する。


「仰る通りです。私たちの婚約は、完全に二人だけの想いによるもの……。ステファンがレンさまのことを気にしてしまうのは、私とアンドレアが出会った場所がまさに“レンさまの森”だったからでしょう」


 レンさまの森?

 ……。

 あぁっ……! あの森ね……!?


 一瞬戸惑ったが、私はすぐにローレンスが指している場所を理解した。


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