二人の秘密(3)
ステファンの謝罪と真摯な態度を見て、ようやくエレノアは表情を和らげた。
(よかった……。この二人の対立も解消されたわね……)
そう思って、私もホッと胸を撫で下ろす。
ステファンのひたむきな目とスッと伸びた背筋は、レンに対する敬意を感じさせた。そこからエレノアは、もう彼が不躾な振る舞いをすることはないとみなしたようだった。
ステファンはこの場にレンしかいないかのように、彼だけをまっすぐ見つめて話し始めた。
「ご存知の通り、ローレンスさまは『希望の星』と呼ばれ、非常にもてはやされています。なにも不思議なことではありません。美しい容姿に、優しさや聡明さ、そして類稀な手腕……人々が彼に惹かれるのは当然のことでしょう。……脚光を浴びるのも仕方のないことでしょう。ですが脚光を浴びれば、そこには必ず貶す者も現れます。妬みから敵意を向けられることもあります。ローレンスさまが賛辞の言葉だけを受けていると……? とんでもない……! これまでローレンスさまが、どれほど心ない言葉をかけられたか……おそらく多くの者は考えたこともないでしょう」
ステファンはレンへ訴えかけるように続けた。
「特に酷いのが身内の人間です。もちろん全員ではありませんが……『外』の人間と違って遠慮がない分、彼らは言いたい放題です。その暴言の多くが妬みによるものですが、別の理由としては……ローレンスさまが抱いている理念に反対していることが挙げられます。ローレンスさまは関わる全ての者たちのことを考慮しますから……今までの『アスター家だけの利益』を求めるやり方を維持したい者にとっては、苛立たしい以外の何物でもないのです。彼らはローレンスさまの一挙一動を非難します。例えるなら……歩き出す際、右足から踏み出したことにさえ文句を言うような者たちです。もし左足から踏み出したとしても、今度はそれについて文句を言うでしょう。ようするに、何をしても、何をしなくても……結局は全てを非難の理由にするのです」
ステファンの話を聞きながら、スペンサー伯爵もエレノアもなんとも言えない顔をしている。
(あぁ……こういう表情を「ドン引き」って言うんだわ……)
心の中で冷静に呟いてみせた私も、おそらく彼らと同じ表情をしているに違いない。私はすぐに冷静さを放り出し、自分の本音を心の中で吐き出した。
(そんなところに嫁ぐなんて、まっぴらごめんだわ! 絶対に嫌! そんな馬鹿げた人たちがいるところなんて……! ……ただ……ローレンス……なのよね……。彼を愛したなら……そこに飛び込んで行く気持ちもわかる気は……する……)
ステファンは私たちの反応に目もくれなかった。
彼はレン一人に向かって、ひたすら話し続けている。
「アスター公爵は『無視すればいい』と気に留めず、ローレンスさまも『大丈夫だ』と言うばかり……。周囲の者はただ見守ることしかできません。私はローレンスさまが幼い頃からお仕えしていますが……本当に素晴らしい方です。その努力も、悩みや苦しみも、常に近くで見てきたからこそ……私はローレンスさまの幸せを心から願っているのです。……もちろん結婚についても……」
ここで空気が変わった。
ステファンの目が、何かに挑むように鋭くなる。
「妬みを持つ者と同じくらい厄介なのが、企みを持つ者です。何か目的があってローレンスさまに近付く者は多い……。確かに、貴族の結婚に魂胆はつきものでしょう。それは理解しています。ですが、ローレンスさまの幸せを願う以上、結婚のお相手は『企みを持つ者』であってはならないと私は考えています。ローレンスさまは、誰からも利用されるべきではありません……。レンさま、そう思われませんか?」
ステファンは、まるでレンの反応を試しているかのような口ぶりだった。
奇妙な話だ。
ステファンは、アンドレアが『企みを持つ者』であり、レンがそれに関わっているかのように匂わせている。
(いったい、何の根拠があって……)
『あの魔法使い』。
そう言ったセシルの顔が、不意に頭に浮かんだ。
(彼女のような偏見を、ステファンも持ってるっていうの? レンが力を使って、ローレンスを惑わせたとでも思ってるの?)
ステファンの失礼極まりない発言に対して、伯爵夫妻の反応には温度差があった。
エレノアは「またあなたは……そんなことを……!」とばかりに眉を吊り上げているが、一方のスペンサー伯爵は「こんなことには慣れている」というように平然と構えていた。彼にはステファンの発言を咎める様子もない。
レンもこうした発言に慣れているのか、彼の背中から漂う雰囲気には一切動揺が見られなかった。だが、ステファンに対してまだ何も言わないところは気になる。
(またエレノアが噛み付く前に、私がステファンに何か言うべきだわ。当事者が言うのが一番説得力があるんだから……。アンドレアは何も企んでない!……わよね? だって、魂胆を持つような女性じゃない! はずだし……。事情なんて私も知らないけど……この婚約にレンが関わってないのは確かなんだから。大丈夫、落ち着いて話せば良いのよ。心からローレンスへの愛を訴えれば、ステファンだってわかってくれ……駄目ね……なんだか嘘くさいわ。……だって嘘だし。“私”がローレンスへの愛を語っても、余計に怪しまれそう……。もっと当たり障りのないことを……)
早く何か言わなきゃ! と焦りながらも、ステファンに話しかけるのには勇気が必要だった。あの鋭い眼差しが自分に向けられると思うと身がすくむ。
それでも、言われっぱなしではいけないと思った。
レンが発言できないのならば、私が代わりに……。
少しでも彼の役に立ちたかった。
拳を握り締め、立ちあがろうとしたその時、ローレンスが私に向かって合図を送っていることに気がついた。




