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眠れる君に出会うまで  作者: 里凪


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二人の秘密(2)

 それは、どことなく見覚えのある光景だった。

 ビロードの椅子に腰かけるスペンサー伯爵、その傍に立つエレノア。そして、そんな彼らに謁見する二人組——。


(私が初めてスペンサー伯爵とエレノアに会った時も、こんな感じだったな……)


 ただ、その時と今で違うのは、スペンサー伯爵夫妻の前に立っているのが「私とレン」ではなく、「ローレンスとステファン」であることだった。

 公爵令息であるローレンスの方が、スペンサー伯爵よりも身分は上になるだろう。しかし、ローレンスは“自分が謁見する側だ”という姿勢を崩さなかった。突然押しかけた身だからと腰が低く、彼はただ純粋にスペンサー伯爵への敬意を表し続けた。その礼儀正しい態度は、私やレン、エレノアに対しても同様だった。


 変にへり下るわけでもない。

 媚びるわけでもない。

 ましてや、婚約者の父親に気に入られるためでもない。


(本当に素敵な人ね……。ローレンスに好感を抱かない人っているの?)


 私は真剣にそう思った。


(相手が婚約者の父親だろうがなんだろうが、偉そうな態度を取る奴はいるわよ。特にあの公爵家なら、そういう人間の方が多そうだし……。でも、ローレンスは全然違うわ。きっと身分的には、いきなり押しかけて、詳しい説明も抜きに『私たちは婚約した。以上』で済ますことだってできるのよね? だけど……見てみなさいよ。彼は絶対にそんなことをしないって、会ったばかりの私でもわかるわ。もう……アンドレアが惹かれるのも納得……)


 私はブツブツと心の中で呟き続ける。

 こうでもしていないと、ローレンスに魅了されそうで怖かった。さっきから、いちいち彼のスマートな身のこなしが目に飛び込んでくるわ、彼は彼で私を気遣うように見てくるわ、挙げ句の果てに目が合えば柔らかく微笑まれ……。


(どうかそんな風に見ないで……。アンドレアと違って、私はあなたに慣れていないんだから……。というか、ごめんなさいね……“私”はアンドレアじゃないのよ……)


 緊張で気分が優れない——ことになっている——私は、スペンサー伯爵たちから少し離れたところにあるソファに座らされている。しかし困ったことに、そこからもローレンスがよく見えるのだ。


(平常心……平常心……平常心……!)


 そう懸命に唱えながら、私は助けを求めるように斜め上へと視線を上げた。

 レンが、付き添うように私のすぐそばに立っている。座ったままでは彼の表情は見えないが、レンに意識を向けた途端に私はすぐ冷静さを取り戻した。

 もちろんアンドレアとローレンスの事情は気になっているが、私にはレンの気持ちが同じくらい……いや、それ以上に重要だった。


(レンは、アンドレアの結婚相手として公爵家の人間だけは駄目だと言っていたのに……。アンドレアったら……既に婚約も済ませてるなんて……。レンが今、どんな気持ちでいるか……。確かにローレンスは魅力的な人だけど……やっぱり手放しでは喜べないな……)


 私は視線を前に戻したが、あえてローレンスではなくステファンを見つめた。


 正面から見た時にはわからなかったが、ステファンは長めのグレイヘアを後ろで一つに束ねている。おそらく彼は、護衛の中で年長者だろう。だが、他の誰よりも強く、若い護衛たちよりもずっと体力がありそうだった。

 そして、彼は高貴さを感じさせる人でもあった。もしもステファンが今とは違った装いをしていたなら、私は彼のことを貴族だと思ったかもしれない。場合によっては、公爵……ローレンスの父親だと言われても信じただろう。


(先入観……かな……。ステファンが他の人たちと同じような服を着ているから護衛だと思ったけど、彼自身をよくよく見てみると単なる護衛には思えないのよね。……確実なのは、彼がローレンスを守ることを一番に考えていること……今だって、まだ警戒しているみたいだわ)


 ステファンは硬い表情のまま、キッと前を見据えている。護衛ならば当然のことだと理解しつつも、スペンサー家に対するものとしては異常な警戒ぶりだと感じた。


「まず……ステファン」


 そう言ってローレンスが視線を送ると、促されるようにステファンはレンに向かって深くお辞儀をした。


「レンさま、先程の私の振る舞いは……大変身勝手で……無礼なものでした。誠に……申し訳ございません」


 ステファンの謝罪に、レンは珍しく面食らったようだった。それでも彼はすぐに応え、穏やかな声でステファンを安心させた。


「……どうぞお気になさらずに。あなたが神経質になるのも理解出来ます。それだけローレンス殿は常日頃から厳しい目にさらされていらっしゃるのでしょう」


 レンは多くを語っていない。

 それでも彼の声と眼差しから、ステファンは深い思いやりを感じ取ったようだった。相変わらず警戒は解いていないものの、ステファンの強張った肩が少しだけ緩んだように見える。


 ステファンは「ようやく理解してくれる人が現れたのか……」とでも言うかのように安堵の溜め息を吐き、その様子をローレンスが静かに見守っていた。


 ステファンは迷いを断ち切るように一瞬目を閉じた後、再びレンを見つめて口を開いた。


 『それならば、聞いていただきたいことが山ほどある』


 彼の顔は、そんな想いで溢れていた。

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