二人の秘密(1)
周囲に指輪を見せた後、ローレンスは掲げていた手を下ろしたが、私の手は握ったまま離さなかった。これでは、まさに『手を取って見つめ合う恋人同士』だ。
だが、私がローレンスを見る目は、およそ恋人を見るものではない。彼から目を離すことはできないでいるものの、それは彼に魅了されたからではなく、謎を解こうとしているからだった。
アンドレアとローレンスは、
いつ、どこで、どうやって婚約を成立させたのか。
二人が婚約したのは愛し合っているから?
それとも利害が一致したから?
なぜ、彼は安心したような表情を見せたの?
アンドレアがきちんと指輪をはめていたから?
ということは、彼女がそうしない可能性もあったの?
ローレンスの表情から何か読み取れないかと試みたが、到底無理な話だった。彼の端正な顔は、もはや優しさをたたえるのみだった。
「ローレンス殿、一旦アンドレアの手を離していただけますか? 緊張の為、彼女は気分が優れないようです」
穏やかながらも芯の通ったレンの声に、私とローレンスは同時に振り返った。レンはその場から動かず、ただ静かに私たちへ視線を投げかけている。
私には、レンの言葉が『私を助けるため』のものだということが瞬時にわかった。混乱状態の私がローレンスから距離を取れるようにする為、そして、“私の狼狽ぶり”がアンドレアとしては不自然な反応だと私に気づかせる為だ。
(そうよね……。こんな『何も知らない』みたいな態度では、ローレンスに不審がられてしまう……)
私は探るのをやめ、そこからは“緊張しているお嬢さま”の雰囲気を作り出すことに集中した。
ローレンスは素直に私の手を離し、代わりにスペンサー伯爵が支えるようにして私の肩を抱く。続いて、二人は優しく私に語りかけた。
「アンドレア、気づかなくてすまない。これまで負担を強いてきたのに、ここでも無理をさせてしまったね……」
「アンドレア、大丈夫か? ……ローレンス殿から聞いたよ。秘密裏に婚約をしなければならなかった理由も、ずっと婚約を隠し通さなければならなかった理由も……。だが、こうして『この日』を迎えられた。もう安心して良いんだよ」
彼らの気遣いに応えようと私が微笑んだ時、厳格な声が大広間に響いた。あの『護衛のリーダー』と思われる男性が、レンに強い口調でこう言い放ったのだ。
「出過ぎた真似はお控えください! いったいどのような権利があって口出しなさるのです? ローレンスさまは、アンドレアさまの正式な婚約者です。その方に向かって『手を離せ』などと……お二人を引き離したいという意図でもおありですか? ローレンスさまのなさることに、余計な口出しは無用です」
鋭い眼光、ハスキーな声、大柄で屈強な体……。
確かに、彼には護衛のリーダーとしての迫力がある。そして、彼の頭の中には『ローレンスを守る』ことしかないというのも理解できる。
しかし、『お前は引っ込んでろ』とでも言いたげな口ぶりには、さすがにカチンときた。
(何よそれ! レンは穏やかに声をかけただけよ。彼はローレンスに一歩だって近づいてないのに、まるでローレンスを攻撃したみたいな反応じゃない! 過剰反応にしてもほどがあるわ!)
思わず口を開きそうになったが、私より早く反論に出たのはエレノアだった。彼女はその護衛に厳しい視線を向け、彼に負けない程の強い口調で言った。
「余計な口出しですって? 随分と失礼な物言いをされますのね。はっきり言って無礼ですわ。こちらのレンさまは娘の“守護者”です! 権利ですって? もちろん彼には口を出す権利がありますわよ。婚約しようが結婚しようが、守護者であることに変わりはありませんもの。だいたい、レンさまはアンドレアの体調に配慮しているだけではないですか! それの何が出過ぎた真似になるのです!?」
公爵令息の護衛ということで若干遠慮しているようだが、エレノアの目は確実に『お前こそ引っ込んでろ』と言っていた。
護衛が再び口を開こうとするのを、ローレンスが手で制す。
「ステファン、よせ。少し気が立ちすぎているぞ。ここはアスター家とは違うんだ。誰も私の粗探しをしてなどいない。レンさまは教えてくださっただけで、私を非難したわけではないのはわかるだろう? 皆さまに対して無礼な振る舞いをするな。それに、エレノアさまの仰る通りだ。レンさまには充分に権利がある。彼がどれだけアンドレアにとって大切な存在か、お前だって知っているはずだぞ。そもそもアンドレアへの配慮が至らなかった私に問題があるんだ。……アンドレア、部屋に戻って休むかい?」
突然ローレンスに顔を覗き込まれ、私は危うく小さな悲鳴を上げるところだった。頬が赤くなるのを隠すように手を顔に当て、私は少しだけ弱々しい声を出す。
「い……いいえ、大丈夫です。き……緊張しすぎただけですから……」
いや……これをチャンスに、部屋で休むと言えば良かったかな……?
答えたそばから後悔した。
それにしてもレンは鋭い。
彼がローレンスに声をかけただけで、私たちに近づいて来なかったのは、おそらく護衛……ステファンを刺激しないためだろう。
「まず先に、妻へ説明しなければいけないようだな……」
スペンサー伯爵の悩ましげな声と溜め息に、私は彼の顔を見上げた。
エレノアはいまだにステファンへ厳しい視線を送り、納得がいかない様子だ。ステファンも硬い表情を変えることはなく、周りを警戒している。
大広間の空気も先程までとは違う。お祝いムードから一転、使用人たちの間にもピリピリとした緊張感が走っていた。
「……皆への説明は後にしよう。エレノアとレンは私の部屋へ来なさい。二人にはローレンス殿から事情を説明してもらうことにする。ステファン、君も同席してもらって構わない。警戒するのは理解できるが、お互いを知れば不要な争いは避けられるはずだ」
この場にいる誰もが、スペンサー伯爵の言葉に同意したようだった。使用人たちがそれを表すかのように、スペンサー伯爵に向かってお辞儀をする。
「アンドレア、おまえは部屋に戻っても良いぞ。あとはローレンス殿に任せて、ゆっくり休みなさい」
「っいいえ……! 私もご一緒します!」
置いていかれまいと、私は慌ててスペンサー伯爵の服の袖を掴んだ。
これからローレンスが事情を明かしてくれるというのに、蚊帳の外は絶対に嫌だった。




