表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠れる君に出会うまで  作者: 里凪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/91

指輪を(2)

 エレノアの声は、先程よりも一段と低い。

 娘に対する仕打ちに怒っていた時とは、また空気が違っている。セシルが逆鱗に触れたのだと、私は瞬時に気づいた。


 “これ以上刺激してくれるな”

 そんな危険信号を感じる。


「『あの魔法使い』……。それはレンさまのことを言っているの?」


 そう問いただすエレノアの声は震えている。

 セシルは自分がとんでもない失言をしたことに気づいたようだが、時すでに遅しだ。


「あ……いえ……私はそんな……」

「誤魔化そうとしても無駄です! 無論、『誤解を招くような発言だった』なんて言い訳も通用しませんよ! そんなつもりはなかったのではなく、ただ本心が口に出てしまっただけでしょう! 守護者のことを『魔法使い』と揶揄する者たちがいるのは、わたくしも知っています。昔から続いている馬鹿げた悪習だわ」


 エレノアの燃えるような目は、セシルだけではなく、彼女と同じような人々にも向けられていた。


「“守護者”が持つ不思議な力に嫉妬し、彼らの高潔さを目の敵にする者は多いわ。自分は決して彼らのようにはなれないと卑屈になり、その惨めさを感じたくないから守護者を馬鹿にして済まそうとする……」


 『魔法使い』。

 ファンタジックで、夢や憧れが込められることもあるこの言葉は、時に悪意をもって使われることもある。

 セシルが言った『あの魔法使い』は、明らかにそうした類いのものだった。彼女が表したのは、守護者であるレンへの蔑み。

 そして、それがエレノアを激怒させた。


「守護者を小馬鹿にすれば、自分たちの方が上だと思えるというの? それは錯覚というものだわ。レンさまはわたくしたちを下に見ることはないのに、勝手に劣等感を抱いて彼を見下そうと躍起になるのよ。セシル! お前は見てきたでしょう? アンドレアを守ろうとして、レンさまは何度もわたくしと対立したわね。彼は時に厳しい態度を取ったけれど、決してわたくしを見下すことはなかったわ。当時は……わたくしの邪魔をする彼がただ憎らしかった。だから、わざと気づかない振りをしていたけれど……わたくしがどれだけ利己的で傲慢に振る舞おうとも、彼の瞳には力強さと忍耐があるだけだったわ。あの頃のわたくしの浅はかさ……それは下に見られても当然のものだったのに、レンさまはそんな目では見なかったのよ……。お前も、そのことには気づいていたはずです」


 セシルは黙ったままだ。

 エレノアの言葉が少しでも響いていることを願ったが、彼女の表情からは何も読み取れなかった。確かに、後悔は滲んでいる。しかし、それが『自分の考え方』や『自分が発した言葉自体』に対するものなのか、『うっかり口を滑らしてしまった』ことに対するものなのかは判断がつかなかった。


「セシル……お前は、自分がどれだけ無礼な発言をしたかわかっていません。あの方が、人に術をかけて操るような真似をすると思うの? たとえこの屋敷にいる全員を操る力を持っていたとしても、決してそんなことをしないのがレンさまです。彼が本人の意思を侵害することなど、あり得ないわ。お前は、わたくしが変わったことが信じがたいのでしょう。……確かに、変わるきっかけを与えてくださったのはレンさまです。ですが、今のわたくしになるのを選んだのは、間違いなくわたくし自身です。……変わったというよりは、むしろ正気に戻ったのよ」


 そこまで言うと、エレノアは口を閉じた。

 彼女は心の内をさらけ出したことを後悔していないようだったが、私の視線には耐えられないという様子を見せていた。

 もちろん、今の私がエレノアを見る目は好意的だ。彼女に対する眼差しには敬意さえ込もっている。だが、それがかえって彼女を居心地悪くさせてしまったようだ。娘からのこうした眼差しに、エレノアは慣れていないのだろう。


「アンドレア……あなたが望むものを身につけなさい。あとの手伝いは、全てアメリアに任せます」


 エレノアはそれだけ言って、私の視線から逃れるようにサッとドアの方へ向かった。


「……セシル! 来なさい!」


 エレノアの鋭い声に、セシルがすっ飛んで行く。

 強引に私を着替えさせた時の勢いはどこへやら、セシルは何一つ余計なことをしないようにと縮こまっていた。

 最初に押しかけてきた彼女を追い返さなかっただけエレノアは優しかったが、結果的に、勘違いも甚だしいセシルがお灸を据えられる形になったのだ。


 二人が部屋を出て行くと、アメリアが呟くように言った。


「エレノアさまは、本当にお変わりになりましたね……。私の名前を間違えることもしませんでしたわ。失礼ながら……私を含め、使用人たちは『いつ元の奥さまに戻るかわからない』と少し不安を抱いてもいたのです。ですが、今……そんな心配は消えましたわ」

「ええ……エレ……お母さまは変わったわ」


 本当にエレノアは変わった。

 「むしろ正気に戻った」と彼女は言っていたが、確かにその方が正確かもしれない。


「本当に喜ばしいことですわ……と、のんびりしてもいられませんわね! さぁ、お嬢さま! ドレスやアクセサリーを選びましょう!」


 アメリアは気合いが入っていた。

 この後、アンドレアと“愛しの坊や”が顔を合わせる。

 その喜びが、ローレンスの突然の訪問に対する驚きよりも勝っているようだった。

 

 私は上品な緑色のドレスを選び、アメリアが優しく私の着替えを手伝ってくれる。私にプレッシャーをかけたくないのか、アメリアはローレンスについて触れなかった。


「アクセサリーは、どれになさいますか?」


 そう言いながら、アメリアが引き出しを開ける。

 何段もケースが重なり、その上に並ぶ美しい宝石たち。ネックレスに指輪にイヤリング……髪飾りにブレスレット。初めて見た日は、「ここはお店?」と突っ込みを入れたくなるほどだった。

 

 アメリアに勧められて毎日一つはアクセサリーを身につけていたが、どれも宝石が大きすぎて私には居心地が悪かった。特に今、ど派手なアクセサリーをジャラジャラつけてローレンスを出迎える気は毛頭ない。


 どの宝石も素直に美しいとは思う。だが、宝石の大きさを競い合うご婦人方の存在を知ってからというもの、大きな宝石が肥大化したエゴに見える時がある。


「お嬢さまのお好きなものを選んでくださいね」


 アメリアはそう微笑むと、放置していた真紅のドレスを片付けに行ってしまった。


 何か……何か、もっと何かないかしら……。

 もう少し控えめで、美しいもの……。


 諦めずに探し続けると、私は引き出しの奥底に小さな包みを見つけた。「見たくもない」というようにクローゼットの奥に押し込まれていた真紅のドレスとは異なり、こちらはむしろ「誰にも見つからないように……」と大切に保管されたもののように感じられる。


(……?)


 包みを開いて中身を目にした瞬間、私は言葉を失った。

 そこにあったのは一つの指輪だ。

 シルバーのリングに小さなダイヤモンドが散りばめられ、キラキラと美しい光を放っている。

 それを見て、私は真っ先に銀河を思い浮かべた。


(こんな指輪もあるんだ……)


 もはや感動だった。

 宝石の大きさを競い合う世界では、こんなに小さいダイヤモンドは相手にされないはず。ここでの価値は大きさだ。美しさなど関係ない。ただただ、大きさを競うだけ……。

 だが、アンドレアにとっては大きさなんて関係なかった。その事実がなんだか嬉しかった。


(隠すようにしていたのは、やっぱり周りから理解されないからかしらね……。「貴族の令嬢には相応しくない!」って、捨てられてしまうかもしれないし……。以前のエレノアだったら、間違いなくするだろうな……)


 白い上質な布で大切に包まれていた指輪。

 かけがえのないものを守りたい……まるでアンドレアの気持ちを表しているかのようだった。

 これは、彼女が美しいと思い、愛している指輪だ。


 試しに指にはめてみると、薬指にピッタリだった。


(これだわ……!)


 私は閃いた。


(ローレンスが指輪をはめたいと思っている右手の薬指に、既に別の指輪があったら? それはローレンスに対して、『婚約したくない』っていう意思表示になるんじゃない? ……この世界にもファッションリングっていう概念はあるかもしれないから、必ずしも伝わるわけではないだろうけど……。でも、いざ求婚者に会うっていう時に、アンドレアがあえて薬指に指輪をはめてくるのよ? ローレンスほどの人なら、何か察するんじゃないかしら?)


 アンドレアの価値観を表す指輪で、ローレンスに対して「婚約したくない」という意思を示せる。

 私には素晴らしいアイデアだと思えた。



 コンコン。



 部屋をノックする音に、アメリアが大急ぎでドアへと向かった。

 その隙に、私はその指輪を右手の薬指にはめる。そして、色々と手の向きを変え、誰からも指輪が見えないような位置を探した。

 なにしろ『求婚者であるローレンス』に会う時だ。誰かに気づかれれば、「右手の薬指には何もつけるべきではない。それがマナーだ」と言われるのが目に見えている。

 だからこそ、私がこの指輪を見せるのは、ローレンスが目の前にいる時が最初でなければならなかった。


「お嬢さま! お父さまとローレンスさまの話し合いが終わったそうです。急いで大広間へ向かいましょう! アクセサリーはお決まりになりましたか?」

「あ……じゃぁ、これを……これで……」


 私は慌てて一つのネックレスを選んだ。

 もう指輪のことしか考えられない私には、ネックレスの宝石が大きいと気にする余裕はない。


 アメリアは私の胸元にネックレスをつけると、大急ぎで私を部屋の外へ連れ出した。彼女は右手の薬指を隠す私に、何の違和感も抱かなかった。私は指輪のことで頭がいっぱいだが、アメリアはローレンスのことで頭がいっぱいだった。


(アンドレア……私が守ってあげるからね)


 アメリアの後ろをついて行きながら、私はそっと左手で右手の指輪を包み込むように握った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ