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眠れる君に出会うまで  作者: 里凪


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予期せぬ訪問

 レンは穏やかな眼差しを私に向けていた。

 彼の目には、慰め労るような優しさが浮かんでいる。


(マークの件だけじゃなくて、“私”自身の痛みを気遣ってるんだわ……)


 レンは私の事情に無闇に踏み込むことも、問うこともしない。それでも何かが、彼にはわかっている気がした。

 それを居心地悪く感じることはなかった。

 レンと目を合わせた時に感じる“時が永遠になった”ような感覚。それと相まって、とても心地良い。その中にいると、自分が“今を生きている”のだとも感じられてハッとする。


 元いた世界で、飛ぶように過ぎていった日々。

 24時間なんて存在するとは思えないほど、気づいたら1日が終わっているような薄っぺらな時間だった。


 けれど、本当は薄っぺらなんかではなく、一瞬一瞬がとても濃いものだったとしたら? 「あれをしなきゃ、これをしなきゃ」と追われるように時間を消費するあまり、私がただ“時”の価値に気づけなかっただけだとしたら?


 見向きもしなかった毎日の時間を思い出し、私は「もったいないことをした」と今更ながらに悔やんだ。あの疲れ果てた日々の中、ほんの一回でも深呼吸してみたら“生きている実感”を見つけられたかもしれないのに……。


(今、こんなことを考えても仕方ないわ)


 私は頭に浮かんでいた思考を振り払い、レンに先を続けてくれるよう微笑んでみせた。

 彼はすぐ、求めに応じて口を開いてくれた。


「この半年間、ルーベンがユニーヴェリアに留まっていたことは知っているね? 表向きはマークの代理を務める為だった。実はマークが務めを放棄したことに、人々は強い不満を抱いてね。当然と言えば当然なんだが、無責任すぎるという声が挙がり、スペンサー伯爵に訴え出るべきではないかという意見も出ていた。優秀な者たちに後を任せたとはいえ、マークは彼らに権限まで譲ったわけではない。簡単に言えば、『これまでに倣って、同じように対応してくれ』と指示しただけのようなものだったんだ。だから通常とは違う事態が起こっても、彼らは自由に判断や行動が出来ず、迅速な対応もできない。そうして少しずつ運営にほころびも出始めていたから、反発の声は強まる一方だった」

「最初から、それくらいの予想はつきそうですけどね」


 私がマークに対する皮肉をチクリと言うと、レンは小さく笑った。


「そうだね。もしかしたら予想はしていたものの、欲の方が勝ったのかもしれない。マークはジェームズには知られないと高を括っていたようだが、同時に、もし知られたらと恐れてもいたようだ。けれど、彼には務めに戻る気はなかったようだよ。鉱物を売れば懐は潤い続けるし、移り住んだ広大な土地と立派な屋敷の所有者として人々から羨望の眼差しも受けられる。彼にとっては魅力的な状態だ」

「でも、住んでいる屋敷も土地も、つまりは不正で得たお金で買ったんですよね? そんなものを手に入れて、心地良くいられるものですかね……」

「そうでなければ、そもそも貴重な鉱物に手を出すことはなかっただろうね」

「それは……まぁ、そうですね」


 レンのあっさりとした発言に、私は苦笑しながら頷いた。


「さぞかしマークは頭を抱えたことだろう。ユニーヴェリアの権限は手放したくないし、人々の不満の声は静めたい。けれど、地道な領地運営の道に戻るのは嫌だ……と。そんな彼に代わって、『自分が役割を担う』と名乗り出たのがルーベンだ。もちろん彼の背後には、ジェームズと私がいた……」


 レンの含みのある言い方で、私はルーベンのある言葉を思い出していた。半年間の働きを労うレンに対して、ルーベンはこう言っていたはず……。


“貴方と伯父の助けがあったから、乗り切れたんだ。それに、この半年間が大変だったのは僕だけじゃない”


「そっか……3人で策を講じたんですね!」

「そうなんだ。しかし、ルーベンが名乗り出たことを、マークは全く歓迎しなかった。代理ということは、一時的に全ての権限をルーベンに与えることになる。人望の厚いルーベンが、領地運営の能力でも高い評価を得ることを恐れたようでね。この半年間の調べでわかったことだが、マークの運営手腕は過大評価されていた。目立たない部分や見えない部分で、彼は手抜きをしていたり、いい加減な仕事を行なっていたんだよ。そのことは、マーク本人が一番よくわかっているだろう。そんな自分よりもルーベンの方が確実に優れている。そして、皆もそのように思うのではないか……とマークは危惧していたようだね」

「危惧すべきところが違う気がするんですけどね……」


 私は思わず呟いた。

 マークの思考回路は、私にとってツッコミどころ満載だ。

 レンは私の呟きに軽く頷いてから、先を続けた。


「そんなマークを上手く誘導したのがケヴィンだ。『ルーベンを次の伯爵にしたいのであれば、今のうちに領地運営を任せておく方が有利になる』とほのめかし、マークの願望を刺激したんだよ。マークはすぐさま反応し、諸手を挙げてルーベンに任せることを受け入れた。ケヴィンが言うには、ジェームズから責任を放棄したことを咎められた時の言い訳にも使えると考えたらしい。『息子に能力を身につけさせる為』『息子に才能を発揮させる為』……理由ならいくらでも作れる。自分が責任を放棄したわけではなく、息子を想うからこそユニーヴェリアでの役割を譲ったのだ……そうマークは主張する気だろうね」

「理由としては弱い気がしますけど、そう言い張れないこともないですね……」

「実際のところ、ルーベンの活躍は素晴らしかったよ。マークを警戒させてしまう可能性を考え、私とジェームズはユニーヴェリアに足を踏み入れられなかったんだ。だから、ほとんどが手紙でのやり取りでルーベンを支える形になってしまったが、彼は立派に運営を立て直し、人々の不和も解消した。ユニーヴェリアでは、もう不満の声など一切聞こえない」

「だからマークは、“北の領地での働きを賞賛”してきて、“機嫌が良く”、“全ては解決した”と思っているんですね。じゃぁ……この『いつまで彼らの余裕は持つかな』っていうのは、どういう意味なんでしょう?」

「ルーベンの目的は、マークの代理を務めるというだけではない。表向きは領地運営に取り組みつつ、彼はずっとマークの不正の証拠を集めていたんだ。ここでもケヴィンの情報収集の力には大いに助けられた。おかげで、マークがどんな反論も出来ないほどの証拠を手に入れられたんだからね。これをもとに、ジェームズはユニーヴェリアに関する権限をマークから剥奪する予定なんだ」

「なるほど!」


 私はパンッと両手を合わせて、笑顔を浮かべた。


「ルーベンさんのおかげで領地運営は安泰。人々の不満も消えて、これで心置きなく悠々自適に暮らそう……と余裕しゃくしゃくなマークを、ついに『ぎゃふんと言わせる』んですね!」


 レンの不思議そうな顔に、私は頬を赤らめた。


「あ……『ぎゃふんと言わせる』っていうのは、私のいた世界で、『徹底的に言い負かして、相手に何も言えなくさせる』みたいな意味があって……。古い表現だし、日常ではあまり使われていないと思うんですけど……。なんとも腹が立つ相手に何か言ってやりたい時に、私はよくこの表現を使うんです。もちろん本人に直接言うわけじゃないですよ。『痛い目を見ればいい』なんて思えないし、『ざまあみろ』とも言いたくない。『ざまあみろ』っていう言葉は一種の暴力性を感じて、私は好きじゃないんです。乱暴な言い方はしたくないけど、何か言いたい……そんな時に、譲歩して譲歩して私が使う言葉が『ぎゃふん』です。『ぎゃふん』って、なんだか面白い言い方でしょう? 『そんな言い方、古いよ』って笑ってしまえるような余裕も出てくるから……怒りの表現も和らぐ気がするし……」


 しどろもどろに話し続ける私を見ながら、レンは柔らかく微笑んだ。つたない説明にしろ、私の言いたいことは彼にも伝わったようだ。


「そうだな……確かにマークは何も言えないだろう。私たちが手にした証拠は、彼に反論の余地を与えない。それだけのものを得る為に、この半年間を費やしたんだ。ジェームズは、マークから剥奪した権限を丸ごとルーベンに与えるつもりでいる。ルーベンが爵位の継承者であることと同時に、ユニーヴェリアの新しい主でもあると宣言するんだよ。そして、ルーベンは完全にジェームズの庇護下に置かれることになる。たとえマークが何を言おうとも、ルーベンに近づく資格がないことは彼自身の不正が語ってくれるだろう」

「ルーベンさんを守る鍵になるっていうのは、そういうことなんですね……」

「ルーベンが継承者になった途端に、マークは彼を思う存分に利用しようとしただろう。父親としての役割を果たしていたとは思えないが、確実に“父親ヅラ”をしてルーベンを苦しめたはずだ。私もジェームズも、そうしたことからルーベンを守りたかったんだよ。私たちが言葉で説得しようにも、マークは耳を貸すような人物ではない。その上、彼は話術に長けており外面も良いから、有力者を味方につけてジェームズに抵抗し、なんとしてもルーベンを手放そうとはしなかっただろうね。だが、不正の証拠を前にすれば、外面はなんの効果も発揮しない」

「確実にルーベンさんを守る鍵ですね! 息子を継承者にしたいっていう望みが叶った途端、そのルーベンさんに手が届かなくなるなんて、マークは悔しがるでしょうね。まぁ、自業自得ですけれど。それにしても……ルーベンさんはまだ、自分が継承者に選ばれたことを知らないんですよね」


 しみじみと言いながら、私は手紙をたたんで封筒にしまった。手紙の最後に「また会える日を楽しみにしている」と綴っていたルーベンを愛しく感じる。


 スペンサー伯爵を純粋に慕うルーベンは、自分が継承者に選ばれたことをどう受け取るんだろう?

 誇りに思う? 喜ぶかしら?

 私も、再び彼に会える日が楽しみだった。


 レンは私から手紙を受け取ると立ち上がり、先程ロビンから受け取った手紙と一緒に机の上へ置いた。


 ロビンが「私がさっき渡した手紙は読まないの?」と言いたげにクェ……と鳴く。レンが肯定するように頷くと、「ま、構いませんよ」とばかりにロビンはトテトテと歩き始めた。自由気ままに部屋の中を歩くロビンは、平和そのものといった様子だ。


(……なんだか幸せ。レンとゆっくり話せて……これからは、こうした時間をたくさん過ごせるんだわ)


 そんな穏やかな気持ちを抱いた私の耳に、遠くの方から響いてくるカッカッカッという音が聞こえた。


 え……なに?

 走ってくる……。

 近づいてくる……。

 こ、ここへ……?


 次の瞬間、バタンと大きな音を立てて扉が開いた。

 扉に寄りかかるようにして、血相を変えたエレノアが部屋の中に入ってくる。


(エレノア!? 久しぶりに近くで見れたわ……。良かった……じゃなくて、やっぱりノックをせずに扉を開けるのね……って、違う違う。そうでもなくて……)


 私はエレノアを凝視した。

 彼女は顔を強張らせ、わずかに血の気も引いている。私の姿を見て『あら、ここにいたの』という表情をしたところを見ると、エレノアが会いに来たのはレン一人だったようだ。


「……い……」


 肩で息をしながら、エレノアが囁くように言った。


「「……『い』?」」


 私とレンの声が重なる。

 それに応えるように、エレノアは声を絞り出した。


「……い……いらっしゃったの……。ロ、ローレンスさまが……つい先ほど……この屋敷に……」


 部屋がしんと静まり返る。

 ロビンが歩くのをやめ、ピタリと動きを止めた。


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