スペンサー伯爵の甥
「……以前、ルーベンにも“3つの点”について話したんだが、その時の……彼の表情が……なんとも言えず……」
よほどツボにハマったのか、話しながらもレンは笑っている。それは幼い子供の笑い声につられたかのような、軽やかさと愛しさが合わさった笑いだった。
「こう……神妙な声で『よくわかった』と言うんだが、顔には『納得いかない』という気持ちがハッキリ現れていてね。表情に滲み出るなんて、そんな程度のものじゃない。そうだな……まるで大声で主張しているかのようだった」
私はそんなルーベンの表情を想像して微笑んだ。
屈強さと繊細さを併せ持つルーベンは、私にとって興味深い人物の一人だ。屈託のない様子を見せたかと思えば、次の瞬間には高貴な微笑みを浮かべ、あの“麗しきイヴォンヌ嬢”に話が及ぶと口元に冷たさを漂わせたりもした。
彼の美しい瞳が、レンを見る時には更に輝いていたのが特に印象的だ。アンドレアにとって“レンは兄のような存在”だというが、おそらくそれはルーベンにとっても同じなのだろう。
「納得がいかないなら、そう言ってくれて構わないのにね。そもそも彼に本心を偽るのは無理だ。とても素直で、顔に気持ちが表れてしまうのだから……」
そう言うレンの声は、とても優しかった。柔らかく微笑む彼の目には、ルーベンに対する愛情が溢れている。
「その時のルーベンさんの様子……なんだか私にも想像できます。彼が納得いかなかったのって、やっぱり私と同じ理由からですか? 傲慢の罠を回避するには弱いって……」
「確かに『弱い』と感じたようだよ。この“3つの点”では『ジェームズを守る』には役に立たない……とね」
私は眉間に皺を寄せた。
「え……? それはどういう……だって、スペンサー伯爵は傲慢になんてならないでしょう。むしろ“3つの点”を意識しなくたって、絶対に大丈夫そうなくらいなのに……」
「いや、ルーベンはジェームズが傲慢になってしまうと心配したわけではないんだ。ここでルーベンが言った『ジェームズを守る』とは、『彼が傲慢にならないように守る』という意味ではなく、『彼を群がってくる人々から守る』という意味なんだ」
「……?」
「実はルーベンの反応も理解出来るんだよ。なにしろ話したタイミングが……」
レンは「う〜む」と悩むように視線を泳がせてから、再び話し始めた。
「私がルーベンに“3つの点”の話をしたのは、ジェームズに頼まれたからなんだ。スペンサー家にブルーバードがいると知られてから、やはりジェームズに近づいてくる者がいてね。会合で事あるごとにブルーバードの話を持ち出されたり、大した用事もないのにわざわざ屋敷に訪ねてこられたり……。ジェームズは冷静に対処していたんだが、そうした状況を知ったルーベンは穏やかではなかった。多忙なジェームズを煩わせる人々に心底腹が立ったようで、護衛として彼の側にいたいと言い出したんだ。ジェームズに群がる者たちを力づくで放り出すつもりだったらしい」
「まぁ……彼は体格も良くて力もあるみたいですから……可能ではありますね」
「そうだね。だが、実際には、そんな真似はさせられない。もちろんジェームズに何か危険があれば、それに対処することは必要だ。だが、ただ“調子に乗らせよう”として持ち上げてくるような人々を、蹴散らすわけにはいかないんだよ。そんなことをすれば、非難されるのはルーベンだ。ブルーバードの件で近づいてくる者は確かに礼儀がなっていないが、だからといって手荒に扱って良いわけではない。ジェームズはルーベンの頼みを聞き入れなかった」
「ルーベンさんは不満だったでしょうね。彼がスペンサー伯爵を慕っているのは、私でもわかります。無礼な人たちから大切な人を守りたいと思うのは当然だわ」
「そんなルーベンを気にかけて、ジェームズは私に『例の“3つの点”を話してやってほしい』と頼んできたんだ。彼自身が話すよりも私が話した方が早いと言ってね。ジェームズはルーベンの焦点を、『群がってくる人々をどうにかする』から『ジェームズ自身の在り方』に移したかったんだよ」
「……つまりスペンサー伯爵が傲慢にならないことが、最大の防御ってことですか?」
「そうだ。向こうがあの手この手で惑わせるつもりなら、こちらは『どんな言葉を使っても効かない』『誘惑することは不可能だ』と示すことが一番だ。だから、あの“3つの点”が効果的なんだよ。自分の芯がしっかりしていれば、揺らがず堂々としていられる。ブルーバード以外にも、彼らが利用するものはいくらでもあるのだから。地位、身分、名声、財産、領地……ありとあらゆるものが材料になる。彼らはそれを、相手に自惚れを生じさせたり……かと思えば今度は相手の欠乏感を刺激するのに利用したりと、とにかく人をコントロールする為に使おうとするんだ。伯爵としての責任ある立場で他者から逃げ回ることは出来ないが、自分を安定させることは出来る。そして結局のところ、それが一番の解決策だね」
「最終的に、ルーベンさんは納得したんですか?」
「ある程度の時間をかけてね」
レンはゆっくりと頷いた。
「何を言ってもジェームズの心は操れないと悟って、今ではブルーバードの件で色々言ってくる者はもういない。少なくとも今回の件で“3つの点”は役に立ったと、ルーベンも思ってくれているんじゃないかな」
「ルーベンさんのような甥っ子がいて、スペンサー伯爵も嬉しいでしょうね。逞しくて優しくて、分別もあって……。貴族社会って色々なものが渦巻いているんでしょうけど、そんな中でも、あんなに澄んだ雰囲気を持てる人なんですもの。個人的な感覚になるんですけど……彼って……なんというか……心が濁っていないというか……淀んでいないんです」
レンはにっこりとして私を見つめた。
「……私とジェームズが、ここしばらく話し合っていたのも、まさにそれに関連することだよ」




