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【連載再開】眠れる君に出会うまで  作者: 里凪


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他人事じゃない

読んでくださり、ありがとうございます!

長い間お休みしてしまい、申し訳ありません。

連載を再開いたします。

どうぞよろしくお願い致します。

 笑った拍子に、レンの銀色の髪がサラリと揺れる。

 真面目な話から一転、彼は随分と楽しそうだ。優しく微笑むことの多い彼が、こんな風に無邪気な笑顔を見せるのは珍しいことだった。


 そんなレンの笑顔につられて、自然と私の口角も上がる。

 彼が何に対して笑っているのかもわからないのに、なんだか楽しい気分になってくる。もはや傲慢にならない為の“3つの点”なんて、どうでもよくなってしまうくらいだ。

 ……けれど……それでも……心に引っかかるものはある。


 “他人事(ひとごと)じゃない”


 ひどく冷静な自分の声が、心の奥でそう告げていた。

 

(そうね……私とも無関係じゃないわ……)


 傲慢。

 最初、私にはおよそ縁のないことだと思えた。

 だって、ブルーバードは私を主人に選んだりしないだろう。ましてや、私を傲慢にしようと狙ってくる貴族たちがいるはずもない。彼らの標的は爵位を持つ本人であって、その娘ではないのだ。


 けれど、傲慢というものはブルーバードや貴族社会だけにまつわるものではない。

 地位、身分、生まれ、容姿、経済力、配偶者のレベル、人からの注目度……あらゆるものが傲慢の種になり得る。

 それは、『元の世界』を見ても明らかだった。


 鈴宮沙希の人生が、傲慢な人たちで溢れていたわけではない。それでも、ふんぞりかえった態度や偉そうな物言いが容易に思い浮かぶあたり、彼らの存在が珍しいわけでもなかった。


 彼らを傲慢たらしめたものは、いったい何なのだろう?


 同じものを持ちながらも……

 同じ立場にいながらも……

 同じ環境に置かれながらも……

 傲慢になる人と、そうではない人がいる。


 彼らの違いを生み出したものは、いったい何なのだろう?


 素晴らしい才能や幸運な環境に恵まれながらも、傲慢さとは無縁の人たち。

 そもそも彼らが傲慢にはなり得ない立派な人間性だった場合もあるだろうが、もしかしたら自分を見失わないような心構えを持っていたのかもしれない。

 この世界にある、例の“3つの点”のように……。


 その時、私は初めて『元の世界』への愛情を感じた。


 これまで『元の世界』のことを思い出したり考えたりはしてきたが、その時に懐かしさや親しみを覚えたことはない。「戻りたい」という思いも皆無だ。


 家族や友人とも疎遠で、ただただ日々の生活に追われる毎日。気は休まらず、ホッとする時間もなく、まるでロボットのように同じことを繰り返していく……。

 そんな人生にも世界にも、愛着などない。そうした『元の世界』と比べて、『この世界』は魅力的だった。『この世界で出会った人たち』は、ずっとずっと魅力的だった。


 いずれは本物のアンドレアに返すことになるとはいえ、今は“アンドレアの人生”が“私の人生”だ。

 『元の世界』なんて知るもんか!

 あんな味気ない、つまらない世界……。


 そんな気持ちだったのに……。


 『元の世界』にも、傲慢になることなく懸命に生きる人たちがいる。そこへ意識を向けた途端、彼らへの“愛しさ”と“敬意”が込み上げてきて私は驚いた。


 彼らとレンやスペンサー伯爵に、共通するものを感じる。生きている世界も、社会も、環境も異なるけれど、『深い部分は同じだ』と胸に訴えるものがある。


 この世界は、『私がいた世界』と通じるところもあるが全く違う世界だ。

 けれど、全く違う世界でありながらも、深い部分には同じものがある世界だった。


 私の中で2つの世界が絡み合い、更には「小説の中」という疑念までもがうっすらと蘇り、眩暈がしそうになる。


(ひとつずつ考えないと……。まずは傲慢の問題から……)


 高貴な生まれでもなく、何か高い地位に就いていたわけでもない私が、何の心構えもないままポイッと『伯爵令嬢』としての人生に放り込まれた。


 伯爵令嬢という特別待遇。

 私をとてつもなく大切にしてくれる人たち。

 そして、『別世界に放り込まれた』という特殊な——自分が何らかの“選ばれし者”なのだと勘違いしそうな——出来事。


 気を引き締めていなければ、どこかで“いい気になる”可能性は充分にある。

 『元の世界』で、私は傲慢ではなかった。しかしその理由が、ただ単純に“傲慢になり得るもの——地位や経済力等——”を持っていなかったからでは、何の自信にもならない。良い身分を得た途端、傲慢になるようでは困るのだ。

 私に必要なのは、『どんなに恵まれても、どんなにチヤホヤされても、傲慢にならない心』だった。


(まぁ……確かに特別待遇って気分は良いし……。なんだか感覚が麻痺してくるっていうか、依存性があるっていうか……。気づかないうちに、色々と勘違いし始めそうよね……)


 そう考えながら、傲慢さに歪んだアンドレアの表情と、それを見たレンの失望の眼差しを想像してしまい、私はゾッとした。


(……って、そんなのダメ……! 絶対にダメ! ……私には“3つの点”があるじゃない。ブルーバードの件に限らず、あらゆることに応用できるってレンが言っていたわ。これを意識すれば、私だって『傲慢の罠』を避けられるはず……。もし私が傲慢になってしまったら、アンドレアとして生きる役目を失敗したことになるのよ? それは避けないと……)


 もう長いこと『レンの笑顔に惹きつけられる感覚』と『グルグルまわる思考』が、私を引っ張り続けている。

 口元は笑いながらも、視界はぼやけて奇妙な気分だ。


「……ルーベン」


 レンの声に、私はハッと我に返って目を見開いた。目に映る彼の顔が、途端に鮮明になる。


 レンは優しく私に微笑みかけた。

 レンが“自分が笑い出した理由”を教えてくれようとしているのだと気づいたが、彼の目は私が考え事に飲み込まれているのを見抜いているようでもあった。

 私の懸念をどこまで察しているかはわからないが、特に踏み込む気はないらしい。しかし確実に、彼は私を“思考の渦”から救い出すことに成功した。


「……ルーベン?」


 差し出された救いの手を取るような思いで、私はゆっくりと聞き返した。

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