表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載再開】眠れる君に出会うまで  作者: 里凪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/84

伯爵夫人の戸惑い



 エレノアが“娘の結婚”から手を引いたのだ。



 彼女は娘に対し、「婚約式に向けて準備をさせよう」という働きかけを一切しなくなった。あれこれ指図することも、ケチをつけたり干渉することもない。それどころか、娘と顔を合わせようとさえしなくなっていた。


『婚約式が無事に終わるまで、伯爵夫人はこれまで以上に、お嬢さまの“教育”に勤しむのだろう……』


 そんな使用人たちの懸念を吹き飛ばす事態だった。

 長年に渡り「娘を良家の者と結婚させる」という執念を見せつけてきたエレノアが、急に大人しくなったのだ。


 この変化に対する周囲の反応は様々だった。

 スペンサー伯爵はやや勘繰りながらも胸を撫で下ろし、レンは冷静に受け止め、アメリアは安堵した。そして、使用人たちの多くは戸惑いを隠せなかった。


 エレノアの変化を「レンが屋敷に滞在している今だけ」の「一時的な見せかけ」と考えるのは、あまりにも単純すぎた。

 彼女ならば、レンの目が届かない場所を選ぶなど、必ず方法を見つけ出す。守護者が近くにいようと、娘と公爵令息の結婚を成功させる為に、なりふり構わず奔走しただろう。彼女の“しぶとさ”は誰もが知るところだった。


 “それでは、伯爵夫人にいったい何が起こったのか?”


 皆が疑問に思う答えを、私とレンは知っていた。

 ……例のエジャートン夫人の件だ。

 あれを機に、エレノアは変わった。実際にあの時の様子を見た者にしか、信じられないかもしれない。それほど、彼女の変わりようは劇的だった。


 だからこそ、私はエレノアが気になって仕方がなくなった。

 エジャートン夫人の件があってから数日間、私はエレノアを見かけることがなくても特に気にしなかった。レンの「今後は、アンドレアと二人きりで過ごすことを認めない」という言葉に従う意思を見せているのだろうと、感心していたくらいだ。


 だが、その状態が長くなるにつれて、心配する気持ちが芽生え始める。驚くほどに、エレノアの姿を全く見ないからだ。


 レンは「二人きりで会う」のを禁じただけで、「アンドレアに会うな」とは言っていない。

 レンか伯爵を同席させるなら、エレノアがアンドレアに会うことはもちろん可能だ。彼女にとってはやりづらいだろうが、エジャートン夫人の件を思えば妥当な条件だろう。

 それに、たまたま廊下で二人が出くわすようなことがあっても、それを咎めるようなレンではない。そんなことはエレノアだってわかっているはずで、「絶対に会わないように!」と神経質になる必要はないのだ。


 それなのにエレノアは、私の視界に入ることさえ拒むように完全に私を避けていた。


(……どうしてこんなに避けるの? 自分でも『少なくとも婚約式まで、娘と二人きりでは会いません』って……きちんと『二人きりでは』って言っていたでしょう!? でも今なんて、もう『姿も見せません』状態じゃない!)


 不思議なもので、私に会おうとしないエレノアに、私の方が会いたくなってしまう。


 エジャートン夫人の件で良かったことは、エレノアの隠されていた面を垣間見れたことだ。彼女にあるのは、娘の結婚に躍起になる母親の顔や、伯爵夫人としての尊大な顔だけではない。


 私は、エレノアが義母たちから受けた仕打ち、彼女が感じた苦しみや憎しみを知った。彼女がスペンサー伯爵への感謝を口にする姿、レンに敬意を表し深々とお辞儀する姿まで目の当たりにした。

 エレノアが一瞬だけ見せた泣き出しそうな表情も、私は忘れられなかった。


 エレノアのことが気になるあまり、私は自室を出る度に彼女の姿を探した。アンドレアの手紙を探し回る時も、アメリアと一緒に散歩に行く時も、すぐ隣のレンの部屋に行く時でさえも……。


 エレノアの部屋に会いに行く気はなかった。「二人きり」は避けなければいけないし、かといってレンと一緒に行けば、彼女を動揺させるかもしれない。

 私が望んだのは、ただ遠くからエレノアの様子を窺い、彼女が大丈夫か確かめることだった。


 しかし、たった一人の伯爵夫人を見つけ出すことが、意外にも難しい。

 この屋敷は広い上に、向こうは私を避けている。しかも、この頃のエレノアは、食事も自室で取り、ご婦人方を招いてのお茶会もしない。伯爵夫人として必要最低限の付き合いはこなしているようだったが、「気づけば外出していた」、「いつのまにか自室に戻っていた」の繰り返しで、結局、私は彼女の姿を目にすることができなかった。


 ある日、私の気がかりを感じ取ったレンが「エレノアを心配する必要はない」と優しく言った。


「ずっと無視していた想いに目を向けて、彼女は戸惑っているんだ。苛立ちや不満、執念や憎しみにばかり囚われていたが、自分にはそれ以外の気持ちもあると自覚したんだね。それを知った今となっては、これまでの在り方が出来ないのだろう。アンドレアにどう接して良いのか、わからないのだよ。それに、エレノアに避けられているのは、私やジェームズも同じだ。まぁ……完全には避けようがないようでたまに顔を合わせるが、ややぎこちないな。……彼女にとって、自分の本音と向き合う時だ。急かさずに、充分な時間をあげよう」


 エジャートン夫人が招かれた、あの日。

 放たれたレンの一つ一つの言葉が、巧みに『エレノアの変化』を導いたのだと私は思ったが、彼はこう言った。


「気持ちに向き合うきっかけは与えたが、その後のことは彼女自身が選んだことだ。彼女は感謝や尊敬といった想いに蓋をして、再び苛立ちや敵意に戻ることだって出来た。『娘を復讐に利用して何が悪い』と開き直ることも出来た。だが、彼女はそうしなかった。それはエレノア自身の力だよ」


 レンとの会話の効果は絶大で、それから私はエレノアを心配するのをやめた。心配するよりも、彼女を信じて応援することにしたのだ。

 エレノアはエジャートン夫人を使って、娘を『ローレンスを虜にする女性』に変えようとした。けれど結果として、変わることになったのはエレノア自身だ。

 本人を含め、誰も予想していなかったことだろう。


 ……さて、そんな彼女の変化に不満を持っている人物がいる。


 私は耳に入ってくる声に誘われるように、物陰から少しだけ顔を出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ