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【連載再開】眠れる君に出会うまで  作者: 里凪


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糸口

 私はレンが考えていることを確かめるように、彼の表情を窺いながら口を開いた。


「ローレンスさんとイヴォンヌ嬢の婚約話……。この噂の背後にいる人物は、私と……」


 そう言いながら周囲に視線を向け、近くに人がいないことをもう一度確認する。そして、それこそ内緒話をするようにレンの方へ身を乗り出し、彼にだけ聞こえる小さな声で続きを言った。

 その私の声に、深みのあるレンの声が重なる。


「「……アンドレアの身に起こったことにも関係している」」


 二人が全く同じ言葉を発したことで、私の目はパッと輝いた。レンも同じように考えているのなら、それは私の勘が的外れではないことを意味している。

 楽しい話題ではないものの、糸口をつかんだ気がした。


「そうですよね……!? やっぱり! だって……どちらも……こう……なんていうか……捉えがたい『何か』の存在を感じます。何が目的かはわからない……どう関連しているかもはっきりしない。でも、どちらもローレンスさんの婚約には関係していますよね。馬鹿げた噂とはいえ、内容はローレンスさんの婚約です。そして、アンドレアはローレンスさんの本当の婚約相手……!」


 レンは私の手を取って歩き出し、慎重な様子で言った。


「……まだ断定はできないが、可能性は高いと感じているよ。この噂の内容自体は特別なものではない。ケヴィンが言ったように、今までにもこうした話は数えきれないほどあったからね。これまでと違うのは人々の信じ方だ。偽りに過ぎないものが、『事実』として人々の意識に浸透している。奇妙なことだからこそ、無関係とは思えない……」


 周囲に気を配りながらも、レンがものすごいスピードで考えを巡らせているのがわかる。彼の瞳は力強く、まるで陽射しや風、空気からも何か情報を得ようとしているかのようだった。

 彼は私に教えるように、ゆっくりと言った。


「『情報』は武器なんだよ。たとえ嘘でも、広まれば物事の風向きさえ変えてしまう。偽りによって、状況がコントロールされてしまうこともあるくらいだ。だからこそ、大勢の貴族たちが警戒しているし、あらゆる情報に神経を尖らせている。何が事実で、何が嘘なのか……見極めようとね。本来なら噂自体が慎重に吟味され、誰もがそう簡単に信じはしないはずなんだ。だが……今回はそこを上手くすり抜けているようだね」


 私を不安にさせないよう配慮しているのか、レンの声はとても優しい。だが彼の表情は、わずかに険しくなっていた。


「始まりはやはり……弱い部分を攻めたのか……」


 レンはそう言って小さな溜息をついた。


「……貴族にも、噂好きな人々はいてね。残念なことに、彼らには思慮深さが足りない傾向がある。噂が事実かどうかよりも、『とにかく言いふらしたい』という思いが強いんだ。噂を広めたいのなら、まず彼らに話を吹き込むのが一番手っ取り早い。そうすれば、あとは勝手にどんどん噂を広めてくれるからね。彼らは自分たちでも更に話を膨らませ、熱意を持って周囲に語るだろう。……だが、はたして本当に上手くいくものだろうか? 普段から噂を警戒している人々が、そう簡単に信じるのか?」


 レンは目を閉じ、ローレンスの名前を呟いた。


「ローレンス……。この麗しい公爵令息について、人々はとにかく話題にしたがる。まるで噂話という形を取った“娯楽”のようなものだ。社交の場でも、彼の話で盛り上がる人々をよく見かけたよ。ローレンスの名前が出ると、目の色を変えるんだ。もしかしたら警戒心までも緩むのか……。そんな彼らに噂を刷り込むのは、意外と簡単なのかもしれないな。隙がありすぎる。……迂闊だったよ。もっと人々の様子に気を配るべきだった」


 レンの後悔している口ぶりに、私は思わず強い口調で言った。


「でも、そんなことできませんよ! レンさんはとてもお忙しいでしょう? 噂話に夢中な人たちになんか、構っていられません。そもそも……本当はみんながもっとしっかりすべきだったんです! 実際、スペンサー伯爵はきちんと見極めていらっしゃるじゃないですか」

「……ジェームズは『噂に翻弄されない』という強い意思を持っている。過去の辛い経験がそうさせているんだ。今の彼は、どんな噂であっても鵜呑みにすることはない。彼には優秀な秘書がいるが……さらに、その秘書の下で情報収集にあたる者が3人もいるんだよ。それだけ正しい情報を得ることに重きを置いている。しかし、優秀な彼らをもってしても、今回の噂の出どころは掴めていないようだね。あのケヴィンでさえも追えなかったとなると……かなり手強いな」

「あの……エレノアは……私の印象では噂話もお得意そうですけど……今回の噂を信じているんでしょうか?」


 私が尋ねると、レンは面白そうに笑った。

 彼の笑顔に私はホッとした。もちろん繋いだ手から感じる温もりも、私を安心させるのに一役買っている。


「君はそう感じたのか……。確かに『結婚』に関わる噂は気にしているようだね。しかも、それなりに分別があり、娯楽としての噂には全く興味を持たない。だから、数多くあるローレンスの噂も完全に無視していたようだ。だが、今回のローレンスとイヴォンヌ嬢の噂については、聞くに値する“噂”として彼女も認めていたのだろう。……なるほど……昨日のエレノアの様子に納得がいったよ。イヴォンヌ嬢との婚約が嘘だとわかり、『こうなったら絶対にローレンスとアンドレアを結婚させる』と意気込んでいたのだろうね」

「な……るほど……」

「ちなみに、エレノアは自分が関心のある噂しか聞こうとしない。最近ではイヴォンヌ嬢の“裏の顔”が知れ渡っているようだが、そうした噂話がいくら広まろうともエレノアには届かないだろうね。たとえ話が耳に入っても、関心がない故に意識に届かないんだ。『ご令嬢の本性』には興味がないのだろう。……とはいえ、イヴォンヌ嬢の裏の顔については、エレノア自身がしっかり気づいているようだが……」

「エレノア自身が……? なかなか侮れませんね……」


 不意にレンは立ち止まり、繋いでいる手に少しだけ力を込めた。


「此処でゆっくり過ごしたかったが、屋敷に戻らなければ……。アンドレアとローレンスの婚約で頭がいっぱいだったジェームズも、そろそろこの噂の件を思い出すだろう……」


 私は辺りを見回した。

 美しい森だ。木々の間から陽の光が降り注ぎ、まるで光のカーテンのようだった。穏やかで、暖かく、空気は澄み、安心して過ごせる場所。


 けれど、屋敷に戻ることを悲しいとは思わなかった。

 この森であっても、屋敷であっても、はたまた他の場所であっても関係ない。“レンのいるところ”が、私が最も安心できる場所だ。


「……帰りましょう。レンさんは、スペンサー伯爵と話さなければ……。私も考えを整理したいです」


 そう言って、私はレンの手を優しく握り返した。

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