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【連載再開】眠れる君に出会うまで  作者: 里凪


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また近いうちに

「……っ! ルーベンさま! 何をしていらっしゃるのですか! 先に馬車へお戻りになるようにと申し上げましたのに……。あぁ……アンドレアさままで巻き込んで……」


 ケヴィンはそう言いながら近づいてくると、ぷりぷりした様子でルーベンの腕を引っ張った。馬車が待っている方へ向かわせたいようだが、ケヴィンがいくら奮闘したところでルーベンはピクリとも動かない。


 常日頃から鍛えていそうな逞しいルーベンに対し、ケヴィンはしばらく陽射しにも当たっていないように弱々しい。ルーベンに勝てるはずがないのは、ケヴィン自身もわかりきっているだろう。

 それでも彼はめげない。ルーベンをこの場から連れ出そうとして一生懸命だ。


 その光景を見ていた私に、自然と笑顔が浮かんだ。ケヴィンの活き活きとした姿が嬉しかったからだ。


 ヒョロリとした細身の体に、やや青白い顔。無意識に『弱い』という印象を抱いて心配したが、私が想像していたよりもずっとケヴィンは元気でエネルギーがある。

 堅苦しいと思いきや感情豊かで、丁寧な物腰でいながら親しさを滲ませ……なんとも面白い人だ。


 レンに視線を向けると、微笑を浮かべてこちらを眺めている彼と目が合った。私とルーベンがいたことに驚いている様子もない。

 背後で私たちが聞き耳を立てていることに、きっと彼は気づいていたのだ。


 ルーベンが身じろぎもせずに言った。


「わざわざ伯父の名前を呟いて、すぐにレンと内緒話か? まるで『気にしてくれ』と言っているようなものじゃないか。そもそも君が来るまで出発できないんだから、僕だけ先に向かったところで意味はな……」

「べつに内緒話をしていたわけではございません!」


 心外だと言わんばかりに、ケヴィンがルーベンの言葉を遮った。


「これは『ルーベンさまは聞く必要がない』お話です。もしも貴方が知るべきことなら、私はきちんとお伝えするとご存じのはず。私のことを訝しむのではなく、信頼してほしいですな……」

「もちろん信頼しているさ。信頼しているからこそ、君が話すことなら何だって僕も聞いておきたいんだ」


 率直に告げられた気持ちに、ケヴィンは黙り込んだ。喜ぶべきか、誇らしく思うべきか、困るべきか……複雑な表情をしている。

 少し間を置いてから、ケヴィンは口を開いた。彼の落ち着いた声には、敬意と思いやりが込もっている。


「……この件は『スペンサー伯爵が気にされていた』ことです。ルーベンさまは、まだ気にされる必要はございません。なにしろ、確かなものが何も掴めていない状況なのですから。……貴方は既に多大な責任を背負っていらっしゃるではないですか。あれもこれも抱えようとしてはなりません。少なくとも今は、噂話を鵜呑みにせず、嘘か実か見極めようという姿勢を持ってくださればよろしいのです。……貴方は立派にそう努めてくださっている。それで充分です。いきなり、全てにおいてスペンサー伯爵と同じであろうとされるのは無謀です。担う仕事も、抱える情報量も……少しずつ増やしていけば良いのです」

「彼の言う通りだよ、ルーベン。無理は禁物だ。確たる情報が得られたら君にもきちんと伝えるから、今日はもう屋敷に帰りなさい。君とケヴィンには今、大事なことがあるだろう? 安全に、無事に、屋敷へ帰ることだ」


 そう言ってレンが歩み寄ると、ルーベンの肩から力が抜けた。「この場から一歩も動かない」といった意固地さが消え、幾分リラックスしたように見える。

 ケヴィンがすかさずルーベンの腕を引っ張った。


「さぁ、馬車へ……。大丈夫です。これでもまだ旦那さまたちが『遅い!』と言うようであれば、一緒に逃げ出しましょう。間に合っても文句を言うのは、理不尽すぎますからな。……まぁ、あの方たちは理不尽の塊かもしれませんが……」


 これを聞いてルーベンは笑った。

 それから彼は力強くレンを抱きしめると、次に私の頬にキスをして、すぐにケヴィンと連れ立って歩き出した。

 その動きのあまりの素早さに、私は声を発することさえ出来ない。ただ「何か言わなくちゃ」という焦りだけを感じていた。

 本当は、ルーベンを元気づける言葉をかけたかった。


「アネット! 久しぶりに会えて良かった! 次に来た時は、また君のお店に伺うよ!」


 ルーベンが歩きながらアネットに大声で呼びかけると、アネットはそれに応えるようにお辞儀をし、二人に向かって叫んだ。


「ルーベンさま、お待ちしておりますわ! いつでも大歓迎です! あ……ケヴィンさま! ケヴィンさまも、たまにはご一緒にいらしてくださいね! サンドイッチや温かいスープ……いつもたくさんの料理をご用意していますから!」


 ケヴィンは何やらモゴモゴ言うと——かろうじて「どうも……」というのは聞こえた——、歩くスピードを速めてルーベンを急かした。ケヴィンの青白い顔が、ほんのり赤くなっている気がする。


 ルーベンは大人しくケヴィンに従い、二人は駆け足で去って行った。

 彼らの姿が見えなくなると、途端に寂しさを感じる。


『また近いうちに会おうね』


 本当はルーベンに言いたかった言葉を、私は自分に言い聞かせた。


 アネットもまた寂しさを感じているように佇んでいたが、やがて地面に置いてあった木箱を再び抱え、私とレンの元へやってきた。


「……では、わたくしもそろそろ店に戻りますわ。お二人は、この後いかがされますか?」

「そうだね……。しばらく散歩をしてから、屋敷に戻ることにするよ。早めにジェームズと話しておきたいこともあるからね……」


 アネットは何かを察したように真剣な表情になったが、すぐに気持ちを切り替えて私たちに優しく微笑んだ。


「……それでは、素晴らしい時間をお過ごしくださいませ。今度はぜひ、わたくしの店にもいらしてくださいね。旬の果物を使ったケーキやハーブティーもございますし……勉強やお仕事の息抜きになれましたら幸いですわ」


 レンと私が頷いてお礼を言うと、アネットは「元貴族」の気配を完全に消し去り、「朗らかなご婦人」の顔に戻って颯爽と森の奥へと去って行った。



 ……鳥の鳴き声、そよ風に揺れる葉っぱの音。

 そして、あの不思議な歌声が微かに聞こえている。


 集まっていた人々も皆、既にいつもの生活に戻っている。近くには誰もおらず、辺りを見回せばちらほら姿は見えるものの、私たちに関心を向けてはいない。


 久しぶりに、私とレン二人だけの時間が訪れていた。


「……レンさん、私と同じことを考えてます?」


 私が尋ねると、彼はじっと私の目を見つめた。


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