“半年間”
姿を見ずとも、声を聞けば誰かはわかる。
だが、いざ彼の姿を目にした瞬間、私は嬉しさのあまり叫ばずにいられなかった。そして、それはルーベンも同じだったらしい。
「「レン!」」
私とルーベン、2人の声が元気よく重なる。
レンは、私たちからほんの数歩しか離れていないところに立っていた。会話が聞こえるほど近くにいながら、すぐには私たちに声をかけず、然るべきタイミングを待っていたようだ。
レンは私をまっすぐ見つめて微笑んだ。一人で無事に乗り切ったことへの感謝を表すように、彼は小さく頷いて見せた。
イヴォンヌの件に“熱中”していたばかりに、レンが人々から解放されても私は全く気づいていなかった。
レンの背後に視線を向けると、その場に留まり談笑している人たちの姿が見える。彼らは皆、顔をほころばせており、レンと話せたことに満足している様子だ。これ以上、レンを引き留めるつもりはないようだった。
ルーベンの反応は素早かった。
彼はサッと歩み寄ったかと思うと、力強くレンを抱きしめて喜びの声を上げた。
「レン! 会えて嬉しいよ! あの人だかりを見た時、貴方がいるんじゃないかと思ったんだ! 半年しか経っていないのに、まるで10年ぶりに会えたような気分だ!」
(私もよ)
同調するように心の中で呟きながら、私は羨ましげにルーベンを眺めた。
私がレンと離れていた時間は決して長くない。それでも気分としては、充分「10年ぶりに会えた」が通用するくらいだった。
ルーベンに先を越されて立ち尽くしていると、アネットが気遣うようにそっと私の背中に手を添えた。
そのアネットに促され、私も彼女と一緒に2人に歩み寄る。目の前では、レンがルーベンの背中を労うように優しく叩いたところだった。
「ルーベン、私も会えて嬉しいよ。この半年間、大変だっただろう」
その言葉を聞いて、ルーベンはゆっくりとレンを離し、はにかんだ笑顔を浮かべる。そんな彼の眼差しは愛情と敬意に満ち溢れ、ルーベンがレンを慕っていることがよくわかった。
「貴方と伯父の助けがあったから、乗り切れたんだ。それに、この半年間が大変だったのは僕だけじゃない。貴方こそ多忙を極めていて、大変な時期だったでしょう。忙しさのあまり、アンドレアとも会えないくらいだった……。でも、こうしてまた一緒に出かけられるようになったみたいで本当に良かったよ!」
そう言って、ルーベンはレンと私を交互に見つめた。
私は「そうなの!?」と言いかけたのを慌てて抑えこむ。代わりに私が口から出したのは「そっ……そう……そうなのよ……」という小さな呟き声だった。
(え? レンとアンドレアは、半年間も会っていなかったの!?)
突如判明した“2人が離れていた期間”に、私は面食らった。
レンとアンドレアの親密さ、“守護者”というイメージ。
それだけで、彼らは普段から頻繁に会っているものと思い込んでいた。誰から聞いたわけでもないのに、「会いたいと言えばすぐに会える」ような環境なのだと疑いもしていなかったのだ。
私が戸惑っているのを察したのだろう。
レンは私の手を取り自分の隣に優しく引き寄せると、ルーベンに向かって話し始めた。ルーベンに向かって話す姿勢を取ってはいるが、話の内容は『この半年間のこと』を私に教えるためのものだった。
「そうだね。色々なことが重なって、この半年間はアンドレアと全く会えていなかった。もちろん手紙で近況を伝え合ったり、彼女の相談に乗ったりはしていたが……。守護者であるとはいえ、常に一緒にいられるわけではない。そのことは私もアンドレアも理解していたし、『守護者がいなければ何も出来ない』という状態はお互い避けるべきだと思っていた。なかなか会えなくなるとわかっても、彼女は不安や不満を見せなかったよ。……半年前に会った時、アンドレアは『ルーベンのように領地経営の知識を身につけたい』と新たな目標を立てて張り切っていた。あれから、この森の図書館で勉強に励んでいたみたいだね」
レンは私を見つめ、私はそれに応えるように頷いた。
彼の瞳は、私を通して“アンドレア”を見ている気がした。
アネットが、アンドレアの勤勉さを保証するように言った。
「この半年間、アンドレアさまは毎日のように此処に通われていましたわ。奥の図書館に続く道で、よくすれ違うことがございました。その際にはいつも、笑顔で挨拶をしてくださるのです」
レンはアネットに微笑みかけ、それから再びルーベンに視線を戻して話を続けた。
「……だが、最近アンドレアからの手紙の頻度が減ったことは気にかかっていた。『勉強に打ち込んでいるから』『忙しいから』という理由なら良いが、何か悩みを抱えているのではと少し心配になったんだ。ついには、たまに届く手紙の文字からも違和感を覚えるようになってしまってね。なんとか時間をつくり会いに行こうと思っていた矢先に、ジェームズから急ぎ来てほしいという連絡をもらったんだ。そこで全ての仕事を中断してでも、スペンサー家を訪ねる必要が出た。おかげで昨日、アンドレアとも再会することができたよ。この機会に、しばらくはスペンサー家の屋敷に滞在して、彼女と一緒に過ごすつもりだ」
私はレンの話を聞きながら、表面上は平静を保っていた。だが本当のところは、彼の気持ちを思うと居た堪れなくて仕方がなかった。
この半年間、会えないながらもアンドレアのことをずっと気にかけていたレンは、スペンサー伯爵から『娘が公爵令息との婚約を受け入れた!』なんていう衝撃の連絡をもらい、大急ぎでスペンサー家に駆けつけてみれば、そこにいたのはアンドレアではなく“私”だった……。
ようやく会えると思った大切な人は“眠っていて”、代わりに全くの別人がいたなんて……。
たった半年間、されど半年間だ。
ルーベンにとって「10年ぶり」と感じられるくらいなら、レンやアンドレアにとっても同じだと思った。
いったい彼らにとって、どんな時間だったのだろう。
アンドレアが公爵令息との婚約を受け入れたのも、マーゴの不可解な反応も、この“半年間”の中に理由がある。
それは、今、アンドレアとして生きている“私”の勘だった。




