言わない理由
「“気づいていた”から、言わなかったんだよ」
ルーベンは「これだ」というように、“気づいていた”を強調して言った。
危うく「は?」と言いかけた私は、急いで口を閉じる。
こんな反応では駄目だとわかっていた。……とはいえ「そうだったのね」と答えてやり過ごせるものでもない。
ルーベンが言った「“気づいていた”から」だけで、アンドレアなら何かを察したのかもしれないが、私にとっては意味不明だ。
私に伝わっていないのを感じ取ったルーベンは、すぐに詳しい説明を始めた。
「レンが気づいたのは、イヴォンヌの裏の顔だけではないんだ。君が『この件は誰とも話したくない!』と強く思っていることにも、彼は気づいていた。『私に何も言ってこないのは、イヴォンヌ嬢のことに気づいていないから』……君はそう思い込んでいたね。でも、レンが何も言わなかったのは、気づいていないからじゃない。むしろ気づきすぎていたんだ。君の『話したくない』という気持ちを知っていたからこそ、レンは何も言わなかったんだよ。伯父も君の気持ちを優先して、イヴォンヌの件は話すのを控えたんだ」
「そう……だったの……」
なるべく平静を装って言ったものの、レンの鋭さと気遣いに脱帽するあまり私の目はキラキラと輝いていた。そこまで考えて動くのかと、感動さえ感じている。
彼はアンドレアの気持ちを尊重して何も言わないでいながら、イヴォンヌの件を放置してもいない。すぐにスペンサー伯爵へ警告し、アンドレアが再び同じ目に遭わないようにという配慮を怠らなかった。
何も言わないからといって、何にも気づいていないわけではない。特にレンについて、勝手な思い込みは禁物だと思った。
ただ、私にはアンドレアの考えも理解できる。
あのレンのことだ。もしイヴォンヌから酷いことを言われたと気づいていたなら、何もせずに放っておくわけがない。きっと寄り添い、話に耳を傾け、包み込むような優しさで慰めてくれると、アンドレア自身も予想していただろう。
その彼が何も言ってこなければ、「気づいていない」のだと思い込んでも不思議ではない。
だが、実際の事情は全く違った。
レンが何も言わなかったのは、当のアンドレアが『話したくない』と思っていたからだ。しかも、アンドレアが話したくない理由は、そんな単純なものではなさそうだ。
もしアンドレアが『誰にも心配をかけたくないから』と遠慮していただけなら、レンは『大丈夫。話してごらん』とむしろ話す方向へ導いただろうから……。
アンドレアの心の内を知る術はないものの、“私”としてもそう簡単に話す気にはなれない話題だった。
たとえイヴォンヌが発した言葉を真に受けることはなくても、ショックであることに変わりはない。動揺はするし、気分は沈む。そして、私だったら長いこと引きずる羽目になる……。
アンドレアが、そんな私と同じではないことを願った。彼女には、イヴォンヌの言葉なんてとっくに気にしなくなっていてほしかった。
「伯父から聞いたけれど、レンは君の様子を見て『無理に話をすべきではない』と判断したそうだよ。君が拒んでいるにも関わらず強引に話をすれば、君をさらに傷つけることになるとレンは心配した。それは避けたいと、伯父にも『必要に迫られるまでは、アンドレアから話してくるのを待ってあげるように』と助言したようなんだ。まぁ……そういう気遣いを全くせずに、色々と聞き出してしまったのが僕なんだけど……」
そう言いながら目を伏せたルーベンは、どことなくシュンと落ち込んでいるように見える。
その姿を目にした私は、“とんでもない!”と慌てた。
このひたむきな青年が「アンドレアを守りたい」と思っているのは充分にわかっている。彼は遠い地にいながら、居ても立っても居られず、アンドレアのために奔走した。まさに、それが功を奏したと言って良い。
誰もが相手を気遣っていたとは思うが、互いに何も言わないでいたせいで、イヴォンヌの件について「アンドレア&ルーベン」と「レン&スペンサー伯爵」がそれぞれ別々に動く事態になった。
そこに意思疎通はないため、「アンドレアが実際にイヴォンヌから言われた言葉」をレンたちは知らないままだったし、アンドレアたちは「レンとスペンサー伯爵が既に対処しようと動いている」ことを知らなかったのだ。
だが、今やルーベンのおかげで、お互いの事情を知ることも、話し合いをすることもできる状況になった。
もう推測や隠し立ては必要ない。
私はルーベンの腕に優しく触れ、言い聞かせるようにゆっくりと言った。
「ルーベン……あなたが手紙をくれなければ、私はずっと黙ったままだったかもしれないわ。あなたが忍耐強くやり取りを続けてくれたから、私は話す気になったのよ。そして、あなたが父に話してくれたから、父とレンがイヴォンヌ嬢の件を知っていたことも、既に対処しようとしてくれていたこともわかったの。それがなければ、この先も私は一人で空回りしていたと思うわ。『誰にも話せない』、『父もレンも気づいていない』、『どうすればいいの?』ってね……」
言葉に詰まることはなかった。
ルーベンのおかげで、まるで絡まった糸がほぐれるように、あるべき状態に収まった気がする。
私は素直に気持ちを伝えようと微笑んだ。
「あなたのおかげよ、ルーベン。あなたのおかげで、もう心配はいらないとわかったの」
私がそう言うと、続いて男性の澄んだ声が響いた。
「その通りだ」




