侮れない人
「……まさかイヴォンヌ嬢の取り巻き……」
アネットが心配そうに呟くと、ルーベンはそれを一笑した。
「まさか! もちろん彼女たちのことじゃないよ」
「……じゃぁ、誰なの?」
そう尋ねる私の口調はつい強くなる。
今日はエジャートン夫人に続いてイヴォンヌ……となかなか強烈な人物を知ることになった。ここで更に、イヴォンヌ以上の手強い存在を匂わされてはナーバスになるしかない。
気が急く私に対し、ルーベンはどこか達観したような様子で答えた。
「レンだよ」
……。
……レ……ン……?
……レン!?
予想外の答えに驚き、“私”はつい抗議の声を上げた。
「どういうこと!? わ……私はレンを侮ってなんかいないし、もちろん忘れてもいないわ……!」
ルーベンはわずかに眉を上げたが、なだめるように私の腕をポンポンと優しく叩いて説明を始めた。
「君は手紙に『イヴォンヌ嬢のことは、父やレンも気づいていない』と書いていただろう? 彼らは知らないと確信しているみたいに、『もし気づいていたら、とっくに私と話そうとしたはず』だと言い切って……」
「え? え……えぇ……」
「僕はその言葉を素直に受け入れた。確かに伯父もレンも気づきようがないと思ったんだ。なぜって、例の夜会が開かれたのは、今のようにイヴォンヌの所業が知られていない時だ。誰もが、あの『美しく優しいイヴォンヌ嬢』というイメージを信じ込んでいた頃だよ。当然、彼女は警戒すべき人物として認識されていなかっただろう。その上、伯父は招待客の対応で忙しく、レンも大勢に囲まれて君とずっと一緒にいられるわけではない。そんな状態で、どうやって気づける?」
「それに……父やレンの前では、イヴォンヌ嬢はことさら善い顔を見せていたはずだわ……」
「その通り。本性を見抜けるとしたらレンだけど、彼が今まで相手にしてきたのは……そうだな……言いがかりをつけて伯父を窮地に追い込もうとする連中とか……君を手に入れようと企むような……そんな奴らだ。それは欲望や魂胆にまみれた、一筋縄ではいかない相手なんだよ。だが、イヴォンヌはそれとは質が違う! ただの……と言っては語弊があるが、彼女はただの『性根が悪い令嬢』に過ぎない。そんな人物なんて、到底レンの意識には引っかからないと思ったんだ……」
ここまで聞いた時点で、私には話の流れがどうなるか察しがついた。そして、ルーベンが次に発した言葉は、まさに私が予期していた内容だった。
「……でも、それは僕の完全なる思い込みだった」
「……つまり……レンは気づいていたのね? ……イヴォンヌ嬢が私に何かしたと……」
「……つまり……そういうことだ。彼は何でもお見通しだよ。イヴォンヌが君に言った具体的な言葉は把握していないみたいだけど、それがどういう類いのものかは間違いなく勘づいている」
「「……」」
私は目を閉じて溜息をついた。
(もうっ! レンに会って間もない“私”でさえ、彼ならイヴォンヌのことを見抜くと思えるのに……長い付き合いのアンドレアとルーベンがそう思わなかったなんて……!)
「……アンドレ……ぃぇ、私もあなたも……レンの力を侮っていたのね」
私が弱々しく微笑むと、それに応えるようにルーベンも困ったような微笑みを浮かべた。
「そうだね……。レンの力に勝手な限界を作って、彼も気づかないだろうと思い込んでいた。『令嬢同士の問題』なんて、レンの扱う領域ではないと決めてかかってたんだ……。まるで『私のことは見抜けない』とレンを甘く見たイヴォンヌのように、僕たちも彼を侮っていたようなものだ。最も頼りになる人物を忘れて、僕と君は2人でずっと不毛な話し合いを繰り広げていたんだよ……。話すべきも何も、結局は僕が話すよりも前に伯父は知っていたんだから……! 実は夜会の後すぐに、伯父はレンから警告されたそうだ。『イヴォンヌ嬢には、我々に見せない裏の顔がある。アンドレアに彼女を近づかせない方が良い』とね。だから、僕が今回したことといえば、そこに詳細を付け加えたくらいなんだ。実際に君が何を言われたのかとか、君が穏便な対処を望んでいるとか……」
「『くらい』だなんて……そんなことないわ。あなたは厄介なことを引き受けてくれたのよ。私に代わって色々としてくれたの。本当にありがとう……。大変だったでしょう?」
「いや、大丈夫だよ。……君がイヴォンヌから言われた言葉は酷いものだ。それを自ら口にするのは辛すぎるだろう。レンには及ばないが、僕も役に立てて良かった。……それにしても、あんなに怒った伯父は初めて見たよ……。僕の話を冷静に聞いてくれたし、声を荒らげたりもしないんだ。でも、周りの空気が怒りで震えているみたいだった。君が穏便な対処を望んでいなければ、伯父はこのまま侯爵家に乗り込むかもしれないって本気で頭をよぎったからね……」
スペンサー伯爵……。
私は彼の思慮深い瞳を思い浮かべた。私——アンドレア——を見つめる眼差しは、とても優しく愛情に満ちている。
(愛する娘が酷いことを言われたら、それは穏やかではいられないわよね……)
そうして伯爵に思いを馳せた時、私はふと疑問を感じた。ごく当たり前の疑問だが、答えは見当もつかない。
「でも……レンも父も……気づいていたなら、どうして私に何も言ってくれなかったのかしら……。言ってくれたら話は早かったのに……」




