姿を見せ始めた人たち(11)
「……?」
私は黙った状態で、ルーベンを見つめ返した。
まるでこちらに主導権を渡したように、彼はただ、私が何か言うのを静かに待っている。ルーベンの顔に申し訳なさそうな表情が浮かんでいるのに気づいて、私は戸惑った。
イヴォンヌの件で、スペンサー伯爵と話をしてくれた彼に、申し訳なく思う理由なんてあるのだろうか?
事情がわからず、私は何を言っても的外れになる気がして頑なに口を閉じていた。
やがて、私が困っているのを察したのか、ルーベンが優しく言った。
「アンドレア、遠慮しないで言ってくれて良いんだ。確かに伯父と話すのが遅すぎだ……。いくら君が『いつになっても構わない』と言ってくれていたとはいえ、待たせすぎてしまった。本当にごめん……」
私はびっくりして、余計に言葉が出なくなってしまった。
アンドレアとルーベンの間でどんなやり取りがあったか知らないが、私としては『イヴォンヌのことは、アンドレア自身がスペンサー伯爵に話す』のが筋だと感じていた。
それなのに間に入って話してくれたというのだから、むしろ私の方がルーベンに『わざわざごめんなさい』と言うべきだと思った。
ルーベンは視線を私からアネットに移し、彼女に説明するように言った。
「『イヴォンヌの件は、僕から伯父に話しておく』。そうアンドレアと約束していたんだ。彼女自身は話すことをひどく嫌がって、自分からは言いたくないと突っぱねた。だから『それなら僕が話す』と啖呵を切ったんだよ。彼女の心配をかけたくないという気持ちはわかるし、事実を知った伯父がどう動くか不安を感じるのも理解できる。だが言わなければ、また同じ目に遭うかもしれないじゃないか……」
アネットは真剣な表情で頷き、やや躊躇いがちに口を開いた。
「わたくしも……スペンサー伯爵に話すべきことだと思いますわ。ただ、アンドレアさまのご心配もわかる気がいたします。スペンサー伯爵は相手の身分に左右されないお方……伯爵にとっては、イヴォンヌ嬢が侯爵の娘だということは何の意味も持ちませんもの。侯爵令嬢だろうが何だろうが卑劣な言動は咎め、父親である侯爵にもしっかり物申すでしょう……」
「そうだ。アンドレアは、まさにそれを心配していたんだ。なにしろ、あの侯爵については良い噂を聞かない。身分は上だし、裕福で、人脈もある……が、彼は全く公明正大ではない。彼に楯突いた者は、陰湿な嫌がらせを受けると聞いているよ。アンドレアは父親にそんな目に遭って欲しくなかったんだ。だから、彼女は僕に『父に言うなら、手紙ではなく直接会って話して』と条件をつけた。僕がその場にいれば、伯父が怒りに駆られて動こうとしても、すぐに引き止めることができるからね。僕だって伯父が困難な立場に追い込まれるのは嫌だ。だから伯父には、侯爵を下手に刺激せず対処すべきだと進言するつもりでいた。詳細は後で話すけれど、とにかく無事に話はついているから安心してほしい。……とはいえ、ようやく伯父と会えたのがこの前の会合……つまりアンドレアとの約束から2ヶ月以上も経ってからだ! 遅すぎるだろう?」
ルーベンの声に自嘲するような響きを感じるや否や、考えるよりも先に体が動いていた。
私はやや強い口調で横から口を挟んだ。
「そんな風に言わないで……! 謝る必要もないわ。だって……本来は私が自分で父と話すべきことなのよ」
しかし、ルーベンはきっぱりと言った。
「いや、君は言いたくなかったのに、話すべきだと説得したのは僕だ。その責任がある。本当は……伯父にもっと早く会える方法を見つけるべきだったんだ」
「何を言っているの……! 時間がかかろうが、こうして父としっかり話してくれたじゃない……!」
そう言いながら、私はあることに思い至った。
(もしかして……ルーベンは私が怒っていると勘違いしているんじゃ……)
自分の態度を振り返れば、それも納得できる。
ルーベンが再会のハグをしてきても、私は返さない。
彼が「大丈夫。きちんと伯父には話しておいたよ」と告げてくれても、私の反応は薄い。
久しぶりに会えたというのに、私はほぼずっと『だんまり状態』……。
いずれも私が反応に困っていたからという理由で、もちろん怒ってなどいない。
だが、ルーベンはそんなことを知る由もないのだ。
焦った私が助けを求めるようにアネットへ視線を向けると、彼女はすぐさま期待に応えてくれた。
「アンドレアさまのおっしゃる通りですわ! この1年もの間、ルーベンさまは忙しく各地を駆け回っていらっしゃったんですよ? アンドレアさまの『いつになっても構わない』というお言葉は、その事情をよくご理解されているからですわ。ルーベンさまは責任感の強いお方ですし、アンドレアさまを大切に想われているので、お気持ちはわかります。……ですが、無理なこともあるのです。『伯父にもっと早く会える方法を見つけるべきだった』とおっしゃいますが、ルーベンさまはそれぞれ別の場所で同時に存在できるのですか?」
アネットのビシッとした言い方に、私もルーベンも目を丸くした。
彼女の話し方は明快だった。
「そうです。どんなに優秀で素晴らしい才能をお持ちでも、ルーベンさまにそのようなお力はございません。たとえ望んでも、遠方で駆け回りながら、同時にこちらでスペンサー伯爵に会うことなどできないのです」
私が何度も頷きながら『そのまま続けて』と目配せすると、彼女はそれをしっかり受け止めたように話し続けた。
「そもそも……アンドレアさまの辛いご経験を、いつお知りになったのです?」
「……4ヶ月前だ」
「4ヶ月前……ということは、スペンサー伯爵の北の領地にご滞在の頃ですね」
アネットの言葉に、ルーベンはあからさまに動揺した。




