姿を見せ始めた人たち(1)
あらゆる方向から、レンの元へと向かう人たちがいる。
少し離れた場所に立って眺めている私には、その光景の全体が見渡せた。そのおかげで、私の目は他とは違う動きに敏感になっていたようだ。
妙な動きで私の気を引いたのは、揉めている2人の女性たちだった。
目を凝らすと、彼女たちはお互い全く違う方向に進もうとして揉み合いになっているように見えた。
金髪の女性がレンの方に向かおうとして、もう片方の女性——赤毛で眼鏡をかけている——を一緒に連れて行こうと引っ張っている。
しかし、眼鏡の女性も負けじとその場に踏ん張り、レンがいるのとは反対の方へ行こうとして譲らない。
素直に見たままを言えば、『レンに会いたい人』と『レンに会いたくない人』の小競り合いだ。
周りの人々はレンに完全に気を取られている。そんな状態では、彼女たちのことを気に留めたり、この2人を落ち着かせようと声をかける者もいなかった。
私の視線は、専ら『レンに会いたくない』側の女性に向かっていた。私はそわそわとして、落ち着かなかった。
この眼鏡の女性の表情からは「これには私の人生がかかっているんだ!」という切迫した気持ちが感じられ、それが私の心を大いにざわつかせたのだ。
そもそも私からすれば、レンに会いたくないというのが不思議でならなかった。
もちろん感じ方は人それぞれだ。
私にとってレンは魅力的で、彼には愛情しか感じられないが、他の誰かにとっては大して惹かれることもない普通の人なのかもしれない。だから、「特に会いたくはない」や「べつにどっちでも良い」なんていう反応は理解できる。
私があの“エース”の彼にしていたように、レンに嫉妬する人間だっているだろう。そんな人は、好んでレンに会いたがりはしない。それも予想できることだ。
だが、眼鏡の女性が見せている断固とした拒否の姿勢は……。
そこには何かしら特別な理由がある。
私にはそう思えてならなかった。
(なんなの、あの人……?)
私は眉をひそめた。
なかなか揉み合うのをやめないことへの心配もあるが、レンに会うのを本気で避けたがっている眼鏡の女性のことが気になって仕方がない。
レンに会うのを避ける人として一番考えられるのは、悪意や企みを持つ人間だ。彼らは自分が隠し持っている敵意を見透かされたり、魂胆が見抜かれるのを恐れて、必ずレンの目を避けようとするだろう。
だが、そんな人はこの森に入ってくることが出来ない。つまり、眼鏡の女性はそうした人間ではないということになる。
好奇心というよりも、不安な気持ちの方が強かった。
彼女がレンに会いたくない理由に、私の知らない何かが潜んでいるような気がしてしまう。
この感覚は直感かもしれない。あるいは、私の警戒心と疑い深さが引き起こした単なる“気のせい”かもしれない。
(いずれにせよ、まさかの大喧嘩に発展する前に、あの2人を落ち着かせてあげた方が良いわよね……)
それに、あの女性がレンに会いたくない理由は、「こんなすっぴん状態で会うなんて恥ずかしい」だの「他に大事な用があるから会っている暇なんてない」だの、私が心配するような内容ではないのかも……。
それがわかれば安心するというものだわ。
気がつけば、私の足は自然と彼女たちの方へ向かっていた。
いったいどこに、こんなたくさんの人が隠れていたんだろう?
そう疑問に思うくらい大勢の人々に囲まれて、もはやレンの姿は私から見えなくなっている。
歩く際にレンの頼もしい腕に触れていられないのは、思っていたよりもずっと心許なかった。
気を抜けば石に躓いたり、長いスカートの裾を思い切り踏みつけて転んでしまいそうだ。助けてくれるはずのレンは、集まった人たちに対応するので精一杯……とはいえ、彼の元から自ら離れたのは他ならぬ私だった。
(こんなことなら、レンのそばを離れなきゃ良かった……)
私は小さく溜息をつき、走ってくる人にぶつからないよう気をつけながら慎重に歩みを進めた。
人々の声が行き交って騒がしいが、それでも女性たちに近づくにつれ、彼女たちの会話が耳に入ってくる。
飛び込んできた甲高い声に、私は反射的に身をすくめて目を閉じた。




