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【連載再開】眠れる君に出会うまで  作者: 里凪


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屋敷の外へ

 ……。


 ……。


 〜っ……!


「……レンさん、もう大丈夫です! 心配しないでください!」


 私がついに悲鳴じみた声を上げると、ようやくレンは「わかったよ」と優しく微笑み、アメリアを呼びに部屋から出て行った。


 すぐに屋敷の外へ連れ出してくれるという予想に反して、レンは私をまずアンドレアの部屋に連れ帰った。そして、かれこれ30分以上もかけて、私の混乱した気持ちを落ち着かせようとした。


 カオスのような私の心境も、屋敷の外に出さえすれば“なんとかなる”と自分では思っていたが、レンはそれを得策だとは考えなかったようだ。

 この状態で私が外に出るのは良くないと、彼は判断したのだ。


 確かに、その通りかも……と私は思った。


 エジャートン夫人への不快感が再び押し寄せ、彼女に対する反論が頭の中を駆け巡っていたうえに、エレノアを見る目は変わり、彼女の義母や親戚には憤りを感じ……と、私の心はまさしく混沌状態だった。

 

 レンは、私が混乱や嫌な感情を引きずっているのなら、どれだけ些細なものであろうとも見逃さないという強い意思を持っていた。

 彼は私の気持ちを無理に変えようなどとはしない。ただこちらを見つめながら、時々質問をしてきたり、私が呟いた言葉に優しく答えてくれて、気持ちが落ち着くように助けてくれた。その過程はまるで、絡みに絡みまくった糸を丁寧にほどいていくかのようだった。

 そして、二人の間に沈黙が流れている間も、彼の目はずっと私を見つめたままだった。


 その状況は、私にとってなかなか居た堪れないものだった! 彼の澄んだ瞳に見つめられて、平然としていられるわけがない。

 エジャートン夫人は不快な人物で、あっという間に私を嫌な感情の渦に巻き込んだ。だが、それよりもレンの瞳の方がはるかに強い影響力を持っている。今の私がソワソワとしているのは、夫人ではなく彼が原因だった。


 私を見つめるレンの目は力強く、そちらの方に気を取られて、もはや夫人が何を言ったのかさえあまり思い出せなくなっていた。それを考えると、レンがしてくれたことは功を奏したのだ。彼の存在が、夫人との嫌な記憶を脇へ追いやってくれた。

 それでも彼の目力に圧倒されて、最終的には「もう大丈夫です!」と叫び、この状況から逃れようとしてしまったが……。


 矛盾しているが、「レンは心配しすぎだ」と思いながらも、彼が気遣ってくれることを私はとても喜んでいた。

 今まで、こんな風に誰かに気持ちを気遣われた経験などなかった。


 レンに呼ばれて部屋にやってきたアメリアが、手早く私を外出用の服に着替えさせる間、自分の心が思った以上に冷静になっていることに気がついた。

 ほんの少し前まではカオスの状態だったのに、私が引きずっていた嫌な感情の多くが、レンと過ごしている間に静まったようだ。「さすが」としか言いようがなかった。



 私が身につけた外出用のワンピースは、フリルがついているものの、それほど華美な服ではなく控えめな印象を受けた。そして、やはりこれまでのドレスと同様にスカート丈は地面につくほど長い。

 昨日から、歩くたびに裾を踏みそうで不安を感じていたが、今は外出するのだから尚更だった。


 廊下で待っていたレンは、アメリアから部屋に招き入れられると私に歩み寄り、当たり前のように優雅な仕草で腕を差し出した。

 私は若干はにかんでから、その腕に手を添えてレンと一緒に歩き出した。

 

 これなら、たとえ裾を踏んでよろけたり、つまずいたとしても転ばずに済むだろう。

 レンの腕の逞しさを感じながら、私はホッとした。


「いってらっしゃいませ」


 アメリアの朗らかな声が、後ろから響いた。



♦︎♦︎♦︎



 屋敷の外に足を踏み出した途端、目に入った光景の美しさに私は歓喜の声を上げるところだった。

 緑豊かな芝生と木々、そして、色とりどりの花が咲き誇る庭園が一面に広がっていた。


 そこで私たちを待っていたのは……馬車だ!

 4頭の馬は焦茶色の体に陽射しを浴びてのんびりと佇み、御者は私たちに気づくと笑顔で挨拶をした。


(馬車になんて乗ったことがない! ……なんて綺麗な馬なんだろう……!)


 私は心の叫びを押し隠し、御者に挨拶を返すと澄ました表情で馬車に乗り込んだ。


(アンドレアは当然、美しい庭園にも馬車にも慣れているから、私が歓声を上げると、きっと変に思われる。ここは落ち着いて、いちいち反応しないようにしないと……)


 ただ、馬車が走り出してからも、私の口角は上がりっぱなしだった。

 美しい景色を見ながら馬車に心地良く揺られ、隣にはうっとりするほどの優しい微笑みを見せてくれる人が座っている。

 この状況に幸せを感じるのは自然なことだと思った。


 レンは私が景色を眺めるのを邪魔しないように黙っていたが、やがてゆっくりと言った。


「……聞きたいことが、たくさんあるのだろう?」


 私が隣を見上げると、レンがじっと私の目を見つめた。


 彼の言う通りだ。私には質問が山ほどある。

 守護者のこと、この世界の貴族のこと、女性の立場、スペンサー伯爵夫妻のこと……。


 この夢のようなひとときを過ごしていると、質問など先延ばしにしたくなるが、いずれはしなければならないことだ。


 私は小さな微笑みを浮かべて頷き、まず最初の疑問を口にしようとした。


「守護者というのは……」


 しかし、レンはそれを優しく遮って言った。


「いや、まずは君の世界についての気がかりから解決していこう。ずっと気にかかっていることがあるだろう?」


 彼の言葉に意表を突かれ、私はパチパチと瞬きした。

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