始まりの日々(4)
戸惑いを感じながらも、私はエレノアに言われてソファに座った。そして、すぐに背筋を伸ばし、満腹のお腹を隠すようにしながら、膝の上で手を重ねる。
この時間、私の目標は従順な娘を演じることだ。「結婚に積極的な姿勢」よりも、従順さの方がまだ出しやすい。素直にエレノアの話に耳を傾けながら、嫌な要求はのらりくらりとかわす。もちろん、この客人とやらの女性に対しても、失礼な態度を取るつもりはない。
これを乗り切れば、レンと一緒に出かけることができる。屋敷の外に出るのは不安だが、同時に、外の世界を見てみたいという強い思いもあった。
私はレンの手の温もりを思い出すように、自分の手を軽く握りしめた。
エレノアが頷いたのを合図に、その派手な女性は私の隣に腰を下ろし、無遠慮に私……つまりアンドレアの顔や体をじろじろと眺め始めた。
急に不躾な態度を取られて、警戒心からか私の肩に力が入る。それでも姿勢は崩さず、目線も上げたままで、私は動揺を見せないように努めた。
この場を何事もなく平穏に済ませたいという思いと、彼女の視線から今すぐに逃れたいという思いがせめぎ合った。
やがて、彼女は気が済んだように私から目を離し、エレノアに視線を向けて言った。
「噂には聞いておりましたが、本当にお美しいお嬢さまですね」
エレノアは満足そうな笑顔を浮かべ、ようやく私に彼女を紹介した。
「アンドレア、こちらはエジャートン夫人よ。昔、大変お世話になった方なの。わたくしが伯爵夫人になれたのは、他でもない彼女のおかげなのよ」
「まぁ、奥さま……そんな……」
エジャートン夫人は、そう言いながらくすくす笑った。
その顔に悦に入った表情が浮かんでいるのを見て、私は明らかな不快感を覚えた。
(なんなんだろう? この人……)
彼女のねっとりと絡みつくような視線も、異常に甘ったるい香水の匂いも気に入らない。
エジャートン夫人は、再び私を眺めながら続けた。
「そうですわね……。あえて申し上げるのなら、ほんの少し……こう……もっとお胸元をお開けになり、化粧も濃くすると、なおのことよろしいかと……」
「そうね。わたくしも、まさにそう感じていたわ」
エレノアは目を細め、私を眺めながら頷いた。
ここは、数でいえば2対1の状態だ。だが、私の感覚では「多勢に無勢」で、強烈な圧迫感を覚えた。
「まぁ、可愛らしいお嬢さま……。そんなに緊張なさらないで」
そう言ってエジャートン夫人が手に触れてくると、私は反射的にその手を振り払いそうになった。
そうする寸前で耐えたのは、そんなことをすればエレノアからどれほど厳しい叱責が飛んでくるかと怖かったからだ。
レンに触れられた時とは全く違う。
彼の手に触れられると、私は心地良さを感じ、不安は消え、「もう大丈夫」なのだと思える。完全に守られているという安心感が湧き上がるのだ。
だが、このエジャートン夫人に触れられると、体中をぞわぞわとした寒気に襲われた。私の直観が「彼女から離れなさい、今すぐに!」と叫び声を上げたが、硬直して動けない。
彼女が、何らかの力を持っているわけではない。それは確かだが、彼女の笑顔の下に、欲望や野心、抜け目のなさ、計算高さが感じられた。
エジャートン夫人が私の手を撫でながら、こう耳元で囁いた時、彼女が人を惑わせる方法に長けている人物なのだと、私ははっきりと悟った。
「アンドレアさま、あなたが望んでいるものを手に入れられるよう、私がお手伝いいたします」
彼女は異様なまでに甘やかな声で、そう言ったのだ。
クラクラと目眩を感じたのは、彼女の術にはまったのか、それとも強烈な香水のせいか……。
けれど、彼女は物事を大いに見誤っていると思った。
アンドレアの望みに対して、この女性が何かできるなんて考えられない!
エジャートン夫人は、私が動揺しているのを一切気にせず、エレノアに向かってこう告げた。
「……あとは、お嬢さまが話術を身につけてくだされば完璧ですわ。私がお教えすることを実践なされば、心を奪われぬ男性はいないでしょう。それはローレンスさまであろうとも例外ではございません。お嬢さまを絶対に手放したくないと思われるはず……。ですから奥さま、どうぞご安心ください」
エジャートン夫人は婚約の話を知っている!
スペンサー伯爵は、外にはまだ漏らしたくないと言っていたのに……いや、今はそんなことより……。
エレノアがなぜエジャートン夫人を呼んだのかを察して、私はソファから勢いよく立ち上がった。
彼女たちのやり方に我慢がならないのか、座っていてきつすぎるウエストに我慢できなくなったのか……おそらくその両方だ。
扉に向かって猛然と突き進む私を見て、エレノアが声を張り上げた。
「アンドレア! どこに行くのです!」
「……部屋に……戻ります……!」
それを聞いたエジャートン夫人が、焦ったように声を上げた。
「お嬢さま! 心配なさらなくて大丈夫ですわ! その美貌があるからこそ、ローレンスさまはあなたを見初められたのです。あとはほんの少し……! そう、ほんの少しだけ手を加えれば、あのお方の心は完全にお嬢さまのものになります。それをお望みでしょう? 確かに努力は必要ですが、お嬢さまになら必ずおできになります!」
「……できる……ですって?」
立ち止まり、そう口にした私の声は、微かに震えていた。
そして、私は彼女たちを振り返り、予想もしていなかった振る舞いに出てしまった……。




