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眠れる君に出会うまで  作者: 里凪


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始まりの日々(3)

 誰がこの部屋にやって来たのかを知って、私は瞬時に体を強張らせ、急いで姿勢を整えた。


 私たちの目の前に、背筋を伸ばし、胸を張り、上から見下ろすようにして視線を送る女性が立っている。

 この屋敷でそんな姿を見せるのは一人しかいない。

 美しいが尊大な……エレノアだ。


 伯爵夫人ともあろう者が、こんな乱暴に扉を開けるとは驚きだった。しかも、ノックさえせずに……!


 エレノアは私を見つめながら、満足気に口元に笑みを浮かべている。

 淡いエメラルドグリーンに身を包まれたアンドレアの可憐な姿が、大層お気に召したのだろう。


 彼女の背後から、アメリアの慌てた声が聞こえた。


「奥さま……! お嬢さまは今、レンさまとお話し中だと申し上げたはず……」

「あら、アンナ。こちらには客人が見えているのよ。悠長に待ってなどいられないわ!」


 アンナ? いったいどこからその名前が出てきたの?

 彼女の名前はアメリア。アメリアよ!


 私は眉間に皺を寄せた。

 思わず口を挟もうとしたが、エレノアは私にその隙を与えず先を続ける。


「レンさまも事情をわかってくださるはず。そうですわよね、レンさ……」


 そう言いながらエレノアはレンに視線を向けたが、一瞬怯んだ様子を見せ、その後、みるみるうちに彼女の耳と頬が赤くなっていった。


 それを目にした私は、ささやかな勝利の感覚を味わった。

 地位と財産が全てというエレノアにも、確実にレンのハンサムぶりは通用するのだ。何かというとレンに失礼な態度を取る彼女も、ローブで隠されることなく見せられる彼の魅力には抗えないようだった。


 レン自身はエレノアの反応を全く気にしていない様子だが、私は優越感を覚え、エレノアにこう言いたくなった。

 何を企もうとも、どれだけ邪魔をしようとも、結局のところ『私たちの方が有利』なのだと。


 私はエレノアが求める姿勢を維持していた。背筋をまっすぐ伸ばし、目線を高く上げる。今の私の場合、そこに見えるのは尊大さではなく、勝ち誇った笑みだった。

 エレノアに見られたら確実に叱責されるが、今は気づかれる心配がない。彼女には私の表情よりも、自分の赤くなった耳と頬の方が一大事だろう。


「客人とはどなたですか? アンドレアと面識のある方でしょうか?」


 レンが問いかけると、エレノアはすぐに彼から視線を逸らして捲し立てた。


「妙な詮索はなさらないで! 単なるわたくしの知り合いです。アンドレアとの面識はないわ。せっかくいらしてくださったので、娘に会わせたいのです。さぁ、アンドレア! 今すぐわたくしと一緒に来なさい!」


 そう言うや否や、エレノアは逃げるように部屋を出て行く。その後ろ姿に向かって、レンの凛とした声が飛んだ。

 落ち着いた声だからこそ、そこには有無を言わせない力強さがあった。


「アンドレアをなるべく早く返してください。彼女には、私と出かける予定がありますので」


 それを聞いたエレノアはピタリと立ち止まったが、頑なにレンを振り返ろうとしない。何か言い返してやりたくても、それができないのだろう。


 このままエレノアは、私がついて来るのを待つつもりだわ……。


 私が意地を張って部屋に留まれば、それだけレンと出かける時間は遅くなる。

 仕方なく、私はエレノアの後を追うことにした。

 それを伝えるためレンの目を見つめて頷くと、彼の目が「無理はしないように」と返してきたように感じた。


(ここはスマートにこなすしかないわ。エレノアを満足させるために、何をすればいいのかはわかっている。彼女が求めているのは……)


 結婚に積極的な娘……


 結婚に積極的な娘……


 結婚に積極的な娘……


 でも、それをどうやって示せるのだろう……。


 私が追って来たのを横目で確認すると、エレノアは廊下を歩き始めた。同時に、私について来ようとするアメリアに厳しい声で告げる。


「アンナ! お前がついて来る必要はないわ。下がっていなさい」


 だから、アメリアだってば……。


 私は申し訳なく思いアメリアを見たが、彼女はエレノアに名前を間違われたことを何とも思っていないようだった。むしろ「アだけでも合っているので、すごいです」と言っているように見える。

 アメリアはその場で立ち止まったまま、私を気遣うように見つめてからお辞儀をした。


 私は一人、大人しくエレノアについて行ったが、彼女がぶつぶつと文句を言うのが耳に入った。


「まったく……お前ときたら朝からレンさまにベッタリなのね。だから、隣の部屋なんて嫌だったのよ! 婚約式までの3ヶ月間は大事な時だというのに! 本当にお前は自覚が足りないわ」


 私はムッとしたが、言い返しはしない。

 それどころか、彼女の機嫌が良くなるような言葉を懸命に探し始めた。エレノアから早く解放されるためには、必要なことだ。

 しかし、それは難しい作業だと認めざるを得なかった。


 そもそも私は嘘をつきたくないのだ。

 婚約を破棄する以上、「ローレンスさまとの結婚が待ち遠しい」なんてことを、平然と口にすることはできない。


 私はエレノアに気づかれないように、そっと溜息をついた。



♦︎♦︎♦︎



 エレノアに連れて行かれた部屋では、一人の女性が私たちを待ち構えていた。


 彼女はエレノアよりも年配の女性で、くすんだ金色の髪を結い上げ、妖艶な微笑みを浮かべている。彼女の化粧はかなり派手なもので、赤い口紅の色が特に目を引いた。耳には大きなルビーのイヤリングをつけ、胸元では巨大なエメラルドのネックレスが光っている。


 彼女は私に向かって、優雅な仕草で深々とお辞儀をした。


(そ、そうだった! お客さんがいるんだった……! エレノアの機嫌に気を取られて、すっかり忘れてた……)


 ……この人……誰なの?

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