始まりの日々(2)
「よく眠れたかな?」
私の部屋を訪れたレンは、第一声でこう尋ねた。
「は……い……。ごめんなさい。あなた……を待っていようと思っていたんですけど……眠気に……勝てなかったみたいで……」
そう言いながら、よくぞこれだけの返事ができたものだと、私は自分に感心した。
なぜなら、この時の私は、レンの姿に完全に気を取られていたからだ。
今日の彼はローブを着ておらず、白いシャツにズボンといった服装だった。特段お洒落というわけでも、煌びやかというわけでもない。だが、言うなれば、何の変哲もないこの服が、彼の魅力をより一層引き立たせていた。
瞳の青さや整った顔立ちが際立つだけではなく、レンの気高さ、聡明さ……それらが何にも阻まれることなく彼から溢れ出しているように見える。
レンがローブをまとった姿は威厳を感じさせ、彼が守護者であることを周囲に知らしめていた。だが同時に、それには彼の魅力を隠す役割もあるのかもしれないと思った。
昨日エレノアが言っていたように、確かにレンは目立ちすぎるのだ。
私が着ているエメラルドグリーンのドレスも、アンドレアの魅力を引き立たせてくれるが、当の私はお腹がいっぱいで、ウエスト周りが非常に窮屈だった。座っているよりは、まだ立っている方がマシなレベル……。
(Tシャツを着れたら楽なのに……。でも、この世界にTシャツなんてないか……)
彼はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、幸いにも椅子を勧めてきたりはしなかった。
「君が眠ってしまったのは、私のせいだ。君を安心させようと思って、そばを離れる際に力を使ったんだ。だが、力はそれだけではなく、疲労を取ろうとも試みて、君を寝かせてしまったようだね……申し訳ない」
レンの優しい目に見つめられ、私は赤くなりながら「いえ、お気になさらず……」と口走った。
彼が感覚を研ぎ澄まして、私の状態を知ろうとしているのがわかる。
要は、私が無理していないかを探っているのだ。
私は満腹で膨らんだお腹周りが目立たないよう、さりげなくお腹の前で手を組んだ。こんなにちっぽけなことでも羞恥心は出てくるのだなと、やけに冷静な自分がいた。
レンは私が大丈夫だと確信できたようだ。彼は微笑むと、安心した様子で私に手を差し出した。
「……婚約式までの3ヶ月、この屋敷の中にずっと君を閉じ込めておく気はないよ。とっておきの場所があるんだ。アンドレアにとっての避難所のようなところで、安心して過ごせる場所だ。今日は、そこに君を案内しよう」
それを聞いた私は、喜びを伝えるようにレンに微笑みを返し、差し出されていた彼の手に自分の手を重ねた。
アンドレアの大切な場所に案内するほど、私のことを信頼してくれているのだと感じて嬉しかった。
「だが今は……」
突然、レンは警戒するように目を細め、キッパリとした口調で言った。
「……私たちに残された時間はあと30秒だ」
「え!?」
レンは私の両肩に手を置くと、しっかりと私の目を見つめながら、早口で言った。
「いいかい? エレノアもそろそろ落ち着きを取り戻し始める頃だ。昨日は見逃してくれたことも、今日はそうもいかないだろう。だから、彼女の前では常に背筋を伸ばし、目線を上げるように気をつけてほしい。この姿勢は、エレノアがアンドレアに要求しているものなんだ。君の話し方は申し分ないし、仕草にも品がある。アンドレアになろうと無理に意識はせず、流れに身を任せながら、君自身でいてくれればいい」
レンが急いでいるのがわかり、私は黙ったまま何度も頷いた。
「エレノアを満足させることができれば、それだけ早く君は彼女から解放されるだろう。だから、君の負担にならない範囲で、『ローレンスとの結婚に積極的な姿勢』をエレノアに見せてくれ。……とはいっても、黙って耐えろとは言わないよ。エレノアに反論したかったら、してもらって構わない。アンドレアも、譲れない部分では驚くべき強情さを発揮したからね」
レンは言い終わると、すぐに私の肩から手を離し、少しだけ私と距離を置いた。
まさにその瞬間、部屋の扉がバタンと大きな音をたてて開いた。




