違和感
キリリと眉を上げ、真剣な表情で跪くアメリアは、さながら凛々しい騎士のようだった。
(メイド姿の騎士……)
なんだか奇妙だわ。でも、これもアリよね。
私がドレスを着てここに座っているのだって、充分奇妙なことだし……。
ぼんやりとそんなことを考えていると、アメリアが恭しく私の手を取り、改まった口調で言った。
「レンさまは、とても聡明な方ですね」
それを聞いて、私は力強くアメリアに同意した。
「……ええ! ……もちろん!」
夢うつつのような状態でも、アメリアが言っていることは理解できる。私は、レンほど「聡明」という言葉が相応しい人物はいないと思った。
アメリアは頷いて、先を続けた。
「それに、とてつもなくお優しい方です」
「……ええ! ……本当にそうだわ。……そうなのよ……。どうして、あんな風になれるのかしらね……。あの優しい目で見つめられると……私はなんだか……こう気持ちが……」
……?
私、今の口に出して言ってた?
アメリアは私をじっと見つめながら、話を続ける。
「偉大な力をお持ちですし、その上、大変ハンサムですわ」
「……ええ! ……そうね、あなたの言う通りよ。……驚いてしまうわよね。あんな人がいるなんて……」
「……ですから、お嬢さまがレンさまに恋心を抱いても、不思議なことではありませんわ」
「……ええ! そう……………………え?」
ちょ、ちょっと待って!
どうしてそんな話になるの?
私の眠気が一気に吹き飛んだ。
「ど、どうしたの? アメリア。どうして、そんなことを……?」
アメリアは悩ましげな表情で俯いた。
「私は……もっと早くに気づくべきだったのです。毎日、こうして誰よりも長い時間、お嬢さまのおそばにいながら、どうして気づいて差し上げられなかったのか……」
アメリアは一呼吸置き、それから力を込めて言った。
「今日のお嬢さまとレンさまのご様子は……いつもと違います!」
「……ち、違う?」
「……はい。最初はそれも当然と思っておりましたわ。なにしろローレンスさまとのご婚約は、非常に大きな出来事ですもの。むしろ何のお変わりもない方が不自然です。ですが……お二人が手を握り合っている光景を目にした時、違和感を覚えたのです……」
手を……握り合っていた?
どのことを言っているんだろう?
私の背中にじんわりと冷や汗が滲んだ。
「……アメリア。それは、いつのことかしら?」
「今日のお昼過ぎのことでございます。お二人を呼びにこちらの部屋に参りましたら……」
え……えっと……えっと……。
思い出して……! 思い出すのよ!
「あ……お父さまが呼んでいると言って、この部屋に駆け込んで来た時ね……!」
「左様でございます」
たしか……たしか……その頃は……。
そう……たしかレンがアンドレアの状態を探ろうとして、私に手を差し出した……のよね。
そして、私はその両手を握って……。
そうか……アメリアが部屋に飛び込んで来た時も、私たちはまだ手を握り合ったままだったんだ……。
そういえば……あの時、ほんの一瞬だけどアメリアは「見てしまった!」という表情を見せたわ。
アメリアは顔を上げて、私を心配そうに見つめた。
「その時のお二人の雰囲気は、明らかにいつもと違いました! ただ婚約が決まったという話では説明がつかないような……もっと深い何かがあるように感じたのです」
まぁ、それはそうよね……。
さすが侍女なだけに、アメリアはアンドレアに関する変化にとても敏感だ。
「それに……今日のお嬢さまは、ことのほかレンさまに頼られていらっしゃいます。そのお嬢さまのお姿は、か弱く、ひどく心細そうで……まるでレンさまに縋っていらっしゃるようですわ……」
うっ……。
それは……「私」に大きな打撃よ、アメリア……。
そんなに縋っているようだった……?
結構ショック……。しっかり立ち回れていると思っていたのに……。
「そして今は……先ほどレンさまの手が重ねられたことで、まるで夢見心地のご様子ですわ。以前から、似たようなご様子を拝見したことは何度かございます。うっとりと、まるで愛しい人を想うような表情をされて……。これまではずっと、何がお嬢さまをそのようにさせるのかわかりませんでしたが……謎が解けたのです。その表情の理由は、レンさまだったのですね」
「あ、あの、これは……」
「ですから、私は確信したのです! お嬢さまはレンさまに恋心を抱いているのだと……。それなのに私は婚約話に舞い上がり、なんて無神経なお願いをしてしまったのでしょう……」
アメリアは悲痛な声でそう言うと、私の手を握りしめた。
「お嬢さまには恋するお方がいるというのに、ローレンスさまを愛してほしいと望むなんて……。随分と身勝手な真似をしたものです……。お嬢さまはいつも私に優しくしてくださるのに……こんな……私は恩知らずですわ……」
こ、これは……思い込みで周りが見えていないわ……。
私は深呼吸をしてから、優しくアメリアの手を握り返した。
そして、かなりゆっくりと言葉を発した。
彼女にきちんと状況を理解してもらいたかったのだ。
「アメリア、どうか落ち着いて……。私が今、こう……夢見心地に見えるのは、うっとりしているというよりも……ただ……眠いのよ。つまり、レン……の手は温かくて、優しくて、とても安心するの。自分は絶対大丈夫だと思えるし、安全だと感じられるわ。今日はもう朝から本当に大変で……気が張り詰めていたから……安心したことで急に眠くなってしまったの。だから、ほら、こんな感じに……」
しかし、アメリアは全く納得できない様子だった。
「……お嬢さまが、どれだけレンさまをお慕いしているか……充分にわかっております! ……お嬢さまは、私に色々と話してくださいましたもの」
「そ、それなら……! わかるでしょう?」
「確かに今までは、レンさまに対する愛情は兄に対するものだと感じておりましたわ。お嬢さまご自身も、『血が繋がっていなくても、私にとっては本当の兄』と仰っていましたもの。……ですが、ローレンスさまと婚約された途端に、お二人のご様子が変わられて……。お嬢さまがレンさまを見る目も、どうにも今までとは違うように思うのです」
私は心の中で盛大に呻いた。
アメリアは、わずかな違和感をそう解釈したのか……。
私がアンドレアではないと気づかれたわけではないが、誤解が生まれるのは非常に困る。
まさかこんな風に問題が出るとは思わなかった。
何か起こるとしたら、エレノアが発端になるとばかり考えていたのだ。
アメリアの誤解を絶対に解かないと……。
私は全神経を集中させて、彼女を納得させる答えを探し求めた。




